第22話「天剣の魔女」
次の瞬間、山肌の近くの地面が盛り上がり、岩と土を撒き散らしながら、巨大な何かが飛び出してくる。
それは、竜だった。
ただし、翼はない。
太い四肢。岩みたいに硬そうな鱗。大地を掘り進むためなのか、前脚には巨大な爪が生えている。全身は土色で、動くたびに周囲の岩が砕け、地面が抉れていた。
「地竜ってやつか!?」
「うむ。なかなか大きいの」
「なかなかで済む大きさじゃねえだろ……」
軽く見ても、家よりもずっと大きい。まるで小さな建物がそのまま動いているみたいだった。
あんなのに踏まれたら、人間なんてひとたまりもない。
だが、驚くべきは地竜だけじゃなかった。
その巨体の前で、一人の少女が戦っていた。
ブロンド色の髪は前髪がまっすぐ切り揃えられ、背は低い。けれど、身に纏う雰囲気はただ者じゃない。華奢に見える身体で、自分の身長ほどもある大剣を軽々と振り回している。
しかも剣だけじゃない。
少女が地を蹴るたび、火の矢が地竜の鱗を叩き、氷の槍が足元を縫い止め、風の刃が土煙を切り裂いていく。次々と属性の違う魔法を使い分けながら、大剣で地竜の攻撃を受け流していた。
「すげえな……」
思わず声が漏れる。
その隣で、ティアが露骨に嫌そうな顔をした。
「うっ……なんであやつがおるのじゃ……」
「知り合いか?」
「知らぬ。見なかったことにしようぞ」
「いや、今かなり知ってる反応だったよな?」
地竜が咆哮を上げる。
巨体が地面へ潜るように沈み、次の瞬間、少女の足元から岩盤を突き破って飛び出した。
少女は咄嗟に大剣を構えるが、間に合いそうにない。
「助けに入るぞ!」
「放っておけばよかろう」
「いや、駄目だろ。ほら、行くぞ!」
「ええい、面倒な!」
俺が駆け出すと、ティアも渋々といった様子でついてくる。
少女の頭上に、地竜の爪が振り下ろされる。
その寸前、ティアが片手を向けた。
「吹き飛べ」
赤黒い魔力弾が地竜の横腹に直撃する。
轟音と共に巨体が横へ弾かれ、爪の軌道が逸れた。少女のすぐ横の地面が抉れ、土と石片が派手に飛び散る。
少女がこちらを振り向いた。
「あっれー? 魔王ちゃん、なにやってんの?」
「やかましい。さっさとこやつを片付けるぞ」
「微力ながら加勢します!」
俺が声を張ると、少女は一瞬だけ俺を見て、にぱっと笑った。
「そっちの子は分かんないけど、助かるよ! すぐ終わらせるから、動きを封じてくれる?」
「分かりました!」
「ユウマ、足じゃ。あやつの足を崩すぞ」
「ああ!」
俺は《鍛冶》を発動する。
周囲の岩片、鉄混じりの鉱石、荷馬車道に落ちていた金具の欠片が浮かび上がる。
地竜が首を振り、こちらへ突進してくる。
速い。巨体に似合わず、加速が鋭い。
「右へ跳べ!」
ティアの声に合わせて、俺は横へ飛ぶ。
直後、地竜の突進がさっきまで俺のいた場所を削り取った。
「でかいくせに速すぎるだろ!」
「文句を言う暇があるなら足を狙うのじゃ!」
ティアが地竜の前脚へ魔法を撃ち込み、俺はその反対側へ回り込む。
長剣を低く構え、膝裏に相当する関節へ叩き込んだ。
硬い。手応えは岩を叩いたみたいだった。
だが、ティアの魔法と合わせて衝撃が重なったのか、地竜の体勢がわずかに崩れる。
「効いてる!」
「もう一度じゃ!」
俺たちは地竜の足元を狙い続けた。
ティアが魔力で動きを止め、俺が関節へ長剣を叩き込む。地竜は怒り狂って尻尾を振り回すが、ティアがそれを魔法で弾き、俺は足場を変えながら食らいつく。
その間に、少女は大きく距離を取っていた。
大剣を地面へ突き立て、両手を空へ掲げる。
少女の周囲に、七色の光が浮かび上がった。
頭上に巨大な魔法陣が展開される。
一つ、二つ、三つ。
三重に重なった魔法陣がゆっくりと回転し、その中心へ七色の光が収束していく。
それを見たティアの顔色が変わった。
「ユウマ! 離れるぞ!」
「え、そんなにやばいやつなのか!?」
「やばいに決まっておろうが!」
ティアに襟首を掴まれ、俺はほとんど引きずられるようにその場から離れる。
少女は俺たちが距離を取ったのを確認すると、満足げに笑った。
「よーし、いくよ!」
魔法陣の中心で光が膨れ上がる。
眩い七色の輝きが、一瞬だけ空を白く染めた。
「七煌剣雨!!」
少女が叫んだ瞬間、収束した光が周囲へ弾けた。
光は空中で無数の剣へと形を変える。赤、青、緑、金、紫。色とりどりの光の剣が、地竜の頭上を埋め尽くした。
少女が振り上げた手を、一気に振り下ろす。
無数の光剣が雨のように降り注いだ。
地竜の鱗が砕け、岩のような肉体を光の剣が貫き、地面ごと抉っていく。
「グォオオオオオオッ!!」
地竜の悲鳴が山間に響き渡った。
そして数秒後、巨体はぐらりと傾き、地響きを立てて倒れ込む。
土埃が舞い上がり、やがて静けさが戻った。
「……倒した、のか」
「見れば分かるじゃろ」
「いや、規模が派手すぎて現実感がないんだよ」
少女は地竜が動かないことを確認すると、こちらへ駆け寄ってきた。
「いやー、二人とも助かったよ! この子、身体硬い上に魔法耐性も高いから、強力な一撃を叩き込みたかったんだけど、僕一人じゃなかなか手ごわくてさ~」
「よく言うわ。おぬしのことじゃ、どうせ面倒くさいと思ったら四肢を一本ずつ落としていくつもりじゃったろ」
「えへへ~、流石魔王ちゃん! 分かってるねえ!」
……なんだろう。
ものすごく昔から知っているような口ぶりだ。
「二人は知り合いなのか?」
俺が問いかけると、ティアが小さくため息をついた。
「戦争時代、ことあるごとに妾に粘着して攻撃してきおったストーカーじゃ」
「ストーカー呼ばわりするとか酷いよ! 停戦協定を結ぶ時に協力してあげたじゃん!」
「あれは勇者の小僧が父上との戦いで戦線離脱したから、“仕方がなく”おぬしに協力“させてあげた”だけじゃ」
「言い方ぁ!」
二人は顔を突き合わせるように張り合っている。
仲が良いのか悪いのかよく分からないが、似た者同士というのは分かった。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。俺はユウマ。えっと……」
「あ、ごめん! 自己紹介まだだったね!」
少女は大剣を肩に担ぎ、明るく笑った。
「僕はエイネシア・フランベル。世間じゃ、“天剣の魔女”って呼ばれている冒険者だよ」
天剣の魔女。
二つ名持ちか。
この世界に来て、初めて会ったな。どうりで、ティアが放っておけばいいと言うわけだ。
「で、ユウマ君と魔王ちゃんはなんで一緒にいるんだい?」
「ああ、実は――」
俺が答えようとした瞬間だった。
エイネシアの目つきが変わった。
直後、大剣がノーモーションで俺の首目掛けて振り抜かれる。
速い。
そう思った時には、もう反応できなかった。
だが、刃は俺の首に届かなかった。
ティアが片手で大剣の刃を掴み、首に当たる寸前で止める。
「手癖が悪いぞ、小娘」
ティアの声が、低く沈む。
珍しいほど露骨な殺気が、その小さな身体から滲み出ていた。
「“また”死にたいか?」
静かに言い放たれたその言葉に、エイネシアは笑みを消し、ゆっくりと目を細めた。
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