第20話「焚き火とミルクスープ」
日が傾き始めた頃、俺たちは街道脇の開けた場所で足を止めた。
首都ヘンデルを出てから初めての野営だ。
街道から少し外れた場所には背の低い草が広がっていて、近くには小さな林もある。水場こそ見えないが、道から離れすぎてもいない。野営するには悪くない場所に思えた。
「今日はここで休むか」
「うむ。日が落ちてから無理に歩くのも面倒じゃしの」
ティアはそう言うと、荷物を下ろして大きく伸びをした。
白い髪が夕日に照らされ、少しだけ赤く染まっている。
俺は周囲を確認しながら、荷物の中から折り畳み式の簡易テントを取り出した。首都を出る前に買っておいたものだ。二人で使うには少し狭いが、別々に寝るなら十分だろう。
「ほう。手際がよいの」
「まあ、前世でも一人暮らしだったからな。身の回りのことは一通りできる」
「料理もできるのか?」
「最低限はな」
そう言いながら、俺は火を起こし、鍋を用意する。
乾いた枝を組み、火種を移すと、ぱちぱちと小さな音を立てて炎が揺れ始めた。
鍋に水を張り、買っておいた鹿肉を切って入れる。次に野菜を適当に刻み、塩と香草を加えた。煮立ってきたところでミルクを注ぐと、白く濁ったスープからやわらかい香りが立ち上る。
「……おぬし、本当に料理ができるのじゃな」
「だから言ったろ」
「てっきり、肉を焼いて終わりかと思っておった」
「俺をなんだと思ってるんだよ」
「鍛冶しかできぬ男」
「失礼すぎるだろ」
俺は苦笑しながら、別に用意しておいたパンを火で軽く炙る。
表面が少し固くなったところで切れ目を入れ、そこに焼いた卵と葉野菜を挟んだ。こっちは簡単なものだが、スープと合わせれば十分な夕食になる。
「そういえば、夜は魔物も出るだろうし、交代で見張りした方がいいよな」
「見張りなどいらん」
「いや、いるだろ。野営だぞ?」
「妾がおるのじゃぞ?」
ティアは当然のようにそう言うと、指先を軽く振った。
次の瞬間、俺たちの周囲に薄い膜のようなものが広がっていく。
空気がわずかに揺れたかと思うと、焚き火の明かりが外へ漏れる感覚がすっと薄れた。
「今のは?」
「結界じゃ。周囲からは妾たちの姿も火の明かりも見えぬ。大抵の魔物なら、結界内に入るどころか破ることもできん」
「それは便利だな……!」
思わず感心する。
これがあれば野営の安全度が一気に上がる。見張りの負担も減るし、煙や明かりで魔物を呼び寄せる心配も少ない。
「ただし、長く張れば魔力は食う。油断してよいという意味ではないぞ」
「そこはちゃんと制限あるんだな」
「当然じゃ。万能ではない。まあ、妾が使う分にはだいたい何とかなるがの」
「結局すごいんじゃねえか」
そんな話をしているうちに、スープが良い具合に煮えてきた。
器によそい、焼いたパンと一緒にティアへ渡す。
「ほら、できたぞ」
「うむ!」
ティアは早速スープを一口飲む。
その瞬間、琥珀色の瞳がぱっと輝いた。
「……うまいのう!」
「大げさだな」
「大げさではない! これは旅の野営で食べられるものではないぞ!」
「そうなのか?」
「普通は干し肉か硬いパン、それに簡単な出汁だけの薄いスープじゃ。こんなにちゃんとした飯が出ることなど滅多にない」
「それは嫌だな……」
俺は自分の分のスープを飲みながら顔をしかめた。
干し肉と硬いパンだけの旅。想像しただけで気分が沈む。
「飯くらいはちゃんとしたいだろ」
「おぬし、そういうところは贅沢じゃの」
「今だからこそ思うけど、食って結構大事なんだと思う。お腹も心も満たされる感覚っていうか」
「ふむ。わからんでもない」
ティアは頷き、今度はパンをかじる。
焼いた卵と野菜を挟んだだけの簡単なものだが、気に入ったらしい。もぐもぐと頬を動かしている姿は、どう見てもただの年相応の少女だった。
「なんじゃ。見つめるでない」
「いや、魔王って言うわりに幸せそうに食うなと思って」
「美味い飯の前では魔王も勇者も関係ないのじゃ」
「おー、なんか真理っぽいな」
食事を終えたあと、俺たちは焚き火のそばで温まっていた。
カップには買っておいたコーヒーのような飲み物が入っている。味は少し違うが、香ばしくて悪くない。
夜の森は静かだ。
焚き火の弾ける音と、遠くで鳴く虫の声だけが聞こえる。
そこで、ふと気になっていたことを思い出した。
「一つ疑問なんだが」
「なんじゃ」
「ティアって結構強いだろ? あの貴族に捕まった時、正直どうとでもできたんじゃないのか。なんで逃げなかった?」
問いかけた瞬間、ティアの表情がわずかに曇った。
少しの沈黙。
焚き火の明かりが、ティアの横顔をゆらゆらと照らす。
「……確かに、やろうと思えばできた」
「だよな」
「じゃが、おぬしを人質に取っておると言われてな。それを真に受けたことと、もう一つ。妾が魔王だから、その選択肢は取れなかったのじゃ」
「選択肢を取れなかった?」
その言い方に引っかかる。
ティアはカップを両手で包み込み、静かに続けた。
「立場上、妾は人族との休戦協定を結んだ身じゃ。大抵の者は、妾が魔王だと言ったところで信じぬ。じゃが、上の者なら一目見れば本物だと気づく」
「……」
「その妾が、理由はどうあれ人族に手を出せば、再び戦争が始まる火種になりかねぬ」
そうか。こいつは本気で、人と魔族の共存を望んでいる。だからこそ、自分自身がその願いを壊す火種になるわけにはいかなかったんだ。
たとえ自分が傷ついても。
たとえ屈辱を受けても。
それを守ろうとした。
それが、ティアなりの信念なんだろう。
「まっ、流石に盗賊のような賞金首は手にかけてもよいんじゃろうがな」
急に空気を変えるように、ティアが指でお金の形を作り、にやりと笑った。
「お前、ほんっとそういうとこ変わんないよな」
「おぬしは知らんからそういうことが言えるのじゃ」
「何がだよ」
俺がそう言うと、ティアはコーヒーを一口飲み、得意げに口を開いた。
「指名手配されるほどの盗賊の懸賞金は、最低でも金貨二十枚じゃぞ?」
「はあ!? そんなに出るのか!?」
思わず身を乗り出してしまった。
金貨二十枚。普通にかなりの額だ。
「くくっ、目の色が変わったのう? おぬしも妾と同じ側じゃの? 旦那さま」
「旦那言うな」
「いたっ!?」
すかさずティアの額へデコピンを入れる。
ティアは涙目でおでこを押さえ、こちらを睨んできた。
「うう……妾が魔王だと知っておりながら、そんな風に接してくるのはユウマぐらいじゃぞ」
「よかったじゃねえか。対等な存在が人族にできて」
「……」
何の気なしにそう言うと、ティアは少し驚いた顔を浮かべた。
しばらくして、彼女は小さく鼻を鳴らす。
「……おぬし、そういうところじゃぞ」
「何がだ?」
「ずるいのう」
そう言って、ティアは俯いた。
けれど、焚き火に照らされたその横顔は、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
見て下さりありがとうございます!
手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!
続きが気になると思ったら、
評価、ブックマーク、リアクション等
よろしくお願いします!
――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――




