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転生鍛冶師は異世界を往く。魔王の少女が旅に同行することになったが、たぶん俺のスローライフを邪魔しているのはコイツだと思う。  作者: 烏羽 楓
第一章

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第17話「黄泉、完全抜刀」

 《黄泉》を抜き放った、その瞬間だった。


 世界が、すうっと暗転する。


 部屋の輪郭も、壁の色も、灯りの明るささえ意味を失い、空間そのものが夜より深い闇へ塗り替えられていく。肌を刺すのは冷気じゃない。もっと根源的な、命あるものが本能で拒む死の気配だった。


 ――黄泉、完全抜刀。


 刀身から黒い(もや)が溢れ出し、ゆっくりと俺の周囲を漂う。

 その(もや)の中から、すうっと色白の手が現れた。


 冷たい。そう感じた次の瞬間、その手は背後から俺の胸元へ絡みつくように抱きついてきた。

 振り返ると、そこに立っていたのは一人の女だった。


 漆黒(しっこく)の長い髪。隙間から覗く深紅(しんく)の瞳。白磁(はくじ)みたいに透き通った肌に、薄っすらと笑みを浮かべるその顔は、息を()むほど美しい。なのに、その存在そのものがあまりにも不気味で、見ているだけで背筋が(あわ)立つ。


「ようやく、会えたわね……ユウマ」


 耳元で(ささや)く声は、甘く、冷たい。

 (ほほ)へ添えられた指先から伝わる感触で、理屈じゃなく理解した。


 今まで俺に何が起きていたのか。

 あの声が誰だったのか。


 そして、この女こそが――《黄泉》だということを。


「な、なな、なんだ! そいつは!? いったいどこから現れた!?」


 アルノルト伯爵が恐怖に顔を(ゆが)めて叫ぶ。

 それも当然だろう。現れたのが圧倒的な美貌(びぼう)を持つ女だったとしても、その正体は美なんて言葉じゃ片付かない。死そのものが女の形を取って(あらわ)れたみたいな存在だ。


 しかも《黄泉》を完全に抜いた今、俺自身も妙に冷えていた。


 怒りはある。

 殺意も確かにある。

 なのに、それを燃え上がる熱としてじゃなく、凍りつくような冷たさとして感じている。


 人としての感覚が、少しずつ遠ざかっていく。

 ここはもう人の世界じゃない。この屋敷ごと、黄泉の(ことわり)に塗り替えられているのだと、本能で理解していた。


「黄泉。この屋敷で、俺たちに敵意を向ける者だけ殺せ」


 驚くほど冷静な声が、自分の口から出た。


 その命令に、黄泉は今にもとろけそうな表情で微笑む。


「ふふっ、わかったわ。じゃあ、そこの変態は()らなくていいのかしら?」

「いい。こいつは――」


 俺は怯えきった伯爵を見下ろす。


「こいつは、俺がやる」

「あら、素敵。なら、他は私に任せて」


 黄泉がそう告げた瞬間、死の気配がさらに濃くなった。


 それだけでアルノルト伯爵は腰を抜かし、尻餅をついたまま震え出す。股の下からじわりと染みが広がっていくのが見えた。好色貴族だろうが何だろうが、死の恐怖の前じゃただの(みにく)い豚でしかない。


 その直後だった。


 屋敷のあちこちから悲鳴が上がる。

 廊下の向こう、階上、庭の方。苦しむ声、助けを求める声、何かが倒れる音。それが次々と響き、やがて不気味なほどの静けさへ変わっていった。


 敵意を向ける者だけ。


 その条件通り、黄泉の能力が命を狩り取っているのだと分かる。

 分かるのに、止めようとは思わなかった。むしろ当然だとすら感じてしまう自分がいる。


 その感覚が、ぞっとするほど人間離れしていた。


「ユウマ、終わったわよ」


 黄泉の声が後ろで弾む。


「ああ。あとはこいつだけだ」


 俺の視線は、床へ崩れ落ちたアルノルト伯爵から外れない。


「わ、わしはなんも悪くないッ! そこの女がわしをたぶらかしただけだ!」

「……は?」


 この()(およ)んで、何を言ってるんだ、こいつは。


 どこまで性根(しょうね)(くさ)れば気が済む。


「お前、今まで散々、女や子どもをいたぶって殺してきたろ。カイルたちの一件もそうだ」


 話しながら、一歩ずつ距離を(ちぢ)めていく。

 伯爵は後ずさるが、部屋の端までもう逃げ場はない。


「俺は渡り人で、この世界の常識ってもんがイマイチ分かってない。だからこそ、“郷に入っては郷に従え”ってことわざにならって、色々呑み込んできた。だがな――」


 俺は伯爵の髪を鷲掴(わしづか)みにし、無理やり顔を上げさせる。

 眼前(がんぜん)へ引き寄せると、ぶくぶくと震えながら情けない悲鳴を()らした。


「俺の女に手を出していい道理は、存在しねえんだよ」

「ひぃッ!」


 言ってから、自分でも一瞬だけ何を口走ったのかと思った。

 だが、今はそれすらどうでもよかった。喉の奥から出たのは(まぎ)れもない本音で、止める気も起きない。


 伯爵は俺の手を振り払い、半狂乱で出口へ向かって走り出す。

 だが、この闇の中に出口はない。


 扉の形だけがそこにあっても、実体のない壁に阻まれている。叩いても蹴っても、音すら響かなかった。


 まあ、仮に響いたところで意味はない。

 この屋敷に、もう伯爵の味方は残っていないのだから。


「なぜ出られないっ! だ、誰か、助けてくれッ!」

「無駄だ」


 俺は静かに言い放つ。


「この暗転した空間は、《黄泉》の絶対掌握領域(テリトリー)だ。今この屋敷を含む敷地において、お前が逃げ出すことは絶対にできない」


 不思議な感覚だった。

 抜刀している間だけ、この領域のどこで何が起きているのかが手に取るように分かる。どこに誰がいて、誰が死に、誰が怯えているのかまで、全部だ。


 狂ってる。

 自分で打った刀がこんな代物だったなんて、笑うしかない。


 ただし、今回はあの時みたいな吐き気も、魂を削られるような感覚もない。

 代わりに、俺自身が少しずつ“死の側”へ寄っていく。人としての温度が失われていく。助けるためじゃなく、純粋な殺意で振るう今の《黄泉》は、本来の在り方に近いのだと、嫌でも分かった。


「く、くそう! だったら、お前を殺すまでだぁあああああ!!」


 伯爵は半狂乱で壁に掛けられていた剣を掴み、こちらへ突っ込んでくる。


 遅い。

 

 伯爵の動きがまるで止まって見えた。


(おの)が罪、その命をもって(つぐな)え――」


 一閃。


 俺が《黄泉》を振り抜くと、漆黒(しっこく)の斬撃が空間を裂いた。

 伯爵の身体が、胸から斜めに断ち割られる。次の瞬間にはその肉体が八つ裂きになり、肉塊(にくかい)となって床へ転がった。


 血が飛び散る。

 なのに、何も感じなかった。


「よかっ、た……」

「ティア!?」


 背後から、か細い声が聞こえた。


 振り返ると、安堵(あんど)したのか、ティアの身体がぐらりと(かたむ)く。

 俺はすぐさま駆け寄り、倒れ込むその身体を抱き留めた。


「おい、ティア! しっかりしろ!」

「……だい、じょうぶじゃ。ちと、つかれ……ただけ、じゃ……」


 全然大丈夫そうには見えない。

 身体は熱く、血も流している。意識も飛びかけていた。


「あらあら、限界だったみたいね。その手錠も邪魔かしら」


 黄泉がそう言って、軽く指を鳴らした。


 ぱきんっ、と甲高い音が響く。

 すると、ティアを壁に繋いでいた手錠が、鎖ごと粉々に砕け散った。


「ありがとう。なぁ、黄泉……」

「いいのよ。なにも言わなくても分かっているわ」


 黄泉は微笑む。

 その深紅(しんく)の瞳には、俺しか映っていなかった。


「いずれ、その時は来る。それまで待つわ。……愛してるわ、ユウマ」


 甘く、けれどぞっとするほど深い声だった。


 その言葉を最後に、黄泉の姿は黒い(もや)となってほどけ、空間の闇と一緒に消えていく。

 屋敷を(おお)っていた死の気配も、ゆっくりと薄れていった。


 人としての感覚が戻ってくる。

 同時に、張り詰めていた怒りの熱だけが身体の奥でくすぶり続けていた。


 俺は《黄泉》を(さや)へ納め、背中へティアを()ぶう。


「帰るぞ」

「……うむ」


 返事は弱々しい。けれど、生きている。

 今は、それだけで十分だった。


 俺は血と死臭の残る部屋をあとにし、ティアを背負ったまま屋敷を出る。


 冷めやらぬ怒りの熱を、胸の奥に抱えたまま。

見て下さりありがとうございます!

手探りながら、自分の好きと読者様の好きが重なるそんな境界線上の物語を目指してます!


続きが気になると思ったら、

評価、ブックマーク、リアクション等

よろしくお願いします!


――誰かの心に刺さる、そんな物語を貴方に――

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