第18話「旅立ちの日」
屋敷を出てギルドへ戻ると、そこにはルイスやグレンをはじめ、何人もの冒険者たちが待っていた。
血だらけのティアを背負った俺の姿を見て、空気が一瞬で張り詰める。だが次の瞬間には、誰かが治療師を呼びに走り、別の誰かが担架を持ってきて、まるで示し合わせたみたいに動き出した。
「こっちだ! 寝かせろ!」
「傷が多い、すぐ止血しろ!」
「この症状は毒だ! 解毒薬もってこい!」
怒鳴り声と足音が飛び交う中、俺はようやくティアを床へ下ろした。
そこから先は、もうあっという間だった。
治療師たちが薬と魔法を使い、傷を塞ぎ、毒の進行を抑えていく。俺には見ていることしかできなかったが、その背中を見ているだけで、少しずつ胸の奥の強張りが解けていくのが分かった。
やがて、ティアの呼吸が落ち着く。
傷跡もほとんど残らず、顔色も目に見えてよくなっていった。
「ここ……は……?」
弱々しい声が漏れた瞬間、周囲の冒険者たちからどっと安堵の声が上がる。
「ギルドだよ。ったく、心配かけやがって」
そう言いながら、自分の口元が緩んでいるのが分かった。
ちゃんと意識が戻ったことが、どうしようもなく嬉しかった。
聞けば、鞭には毒が塗られていたらしい。
傷そのものより、そっちのせいで衰弱が進んでいたのだという。
助けてくれた皆には、本当に頭が上がらない。
「っ! ユウマ! おぬし、また刀を抜いたであろう! どこか身体に異常はないのか!? 記憶はどうじゃ!?」
半身を起こしたティアが、顔色を変えて俺を見る。
「落ち着けよ。人のこと心配してる場合か」
「妾は、ただの外傷じゃ。じゃが、おぬしのは……取り返しのつかぬ……」
そこで言葉が止まる。
ティアなりに思うところがあるのだろう。自分のせいで、俺がまた《黄泉》の代償を払ったと思っているのが表情だけで分かった。
「大丈夫だ。今回のことで、こいつ……《黄泉》のことが色々分かったんだ」
「色々?」
「まずは、もう少し静かな場所に移ろうぜ」
ギルドの取り計らいで、俺たちは仮眠室を借りることになった。
今の俺たちから色々聞き出したいことは山ほどあるはずなのに、誰も無理には踏み込んでこない。その気遣いがありがたかった。
仮眠室に入ると、ティアはまだ少しふらつく足取りでベッドへ潜り込み、布団を胸元まで引き上げた。俺は向かいのベッドへ腰掛ける。
「それで、ユウマよ。さっきの“色々”というのは、なんなのじゃ?」
俺は少しだけ息を吐いてから口を開いた。
「ああ。実は《黄泉》の使用条件には、隠された項目があるんだと思う」
「隠された項目?」
「今まで俺が気持ち悪くなったり、記憶を持っていかれたりした時ってのは、誰かを助けようとして《黄泉》を使った時なんだよ」
「……ほう」
「でも今回は、代償を払わずに済んだ」
ティアが目を細める。
「口実としては、おぬしが妾を助けようとしておったのは確かじゃろう?」
「そうだな。けど、本質的には違った」
あの時の自分を思い出す。
助けたい気持ちはあった。だが、それ以上に強かったのは、あの貴族を殺したいという感情だった。
「俺があいつを斬った時、頭にあったのは“助ける”じゃなくて、“殺す”だったんだと思う」
「……なるほどの」
ティアはそこで一瞬だけ考え込み、すぐに顔を上げた。
「助けようとして使うと代償が必要で、純粋な殺意で使うと代償がいらぬ……ということか?」
「たぶん、そういうことなんだろうな」
俺はそこで、自分のステータスウィンドウを開いてティアへ見せる。
黒い板に浮かぶ文字列。その中の一つを、ティアがじっと見つめた。
「これは……なかなか凄まじいのう。ん? なんじゃ、この“女神の寵愛”というのは」
「それだよ」
俺は頷いた。
「最初は俺もよく分かってなかった。けど、俺のいた世界には一つの神話みたいな話がある。死の世界、つまり冥界を治める女神の話だ」
「ふむ」
「その女神の名は、黄泉津大神」
ティアの眉がぴくりと動く。
「……その刀の名の由来、じゃな?」
「ああ。たぶん、この刀は冥界と現世を繋ぐ門みたいな役割を持っているんだと思う」
もちろん、証拠があるわけじゃない。
だが、今のところ一番しっくりくる答えだった。
「鞘から抜いた時に、冥界と繋がって“死”が流れ込んでくる。使用者は代償を払うことで、その力を借りることができる。たぶんそういう仕組みだ」
「なるほどのう……」
ティアは感心したように頷く。
「では、今回おぬしに代償がなかったのは、あの黒髪の女が現れたからじゃな?」
「正しく言うと、力を行使したのが俺じゃなくて、黄泉自身だったからだろうな」
自分で言っていても突拍子もない話だ。
だが、それを裏付けるように“女神の寵愛”という加護がここにある。
「つまり、その加護の女神とは黄泉津大神のことを指しておる、と」
「そう考えるのが一番自然だろ」
「しかし、だとすれば何故おぬしを寵愛しておるのじゃ?」
そこだけは俺も困る。
「さあな。俺にもそこが分かんねえんだよ」
「くくっ」
ティアが喉の奥で笑う。
「途中までは凄い話じゃと思っておったが、最後で一気に台無しじゃの」
「うっせえ。俺はただの鍛冶師だぞ? 神様に好かれるような心当たりなんて……」
言いかけて、口を噤む。
ない。
……いや、ない、はずだ。
「なんじゃ、思い当たる節でもあるのか?」
「ねえよ」
「今の間は怪しいのう」
「気のせいだ」
ティアはまだ疑わしそうにしていたが、それ以上は追及してこなかった。
そのことに少しだけ救われた気がした。
◆
――翌朝。
目を覚ますとすぐに、俺はギルドマスターに呼ばれた。
案内された別室で話したのは、カイルたちのこと、ティアが攫われた経緯、裏で糸を引いていたのがグラディオ・アルノルト伯爵だったこと、そして俺が屋敷でやったことだ。
一通り聞き終えたギルドマスターは、深々と頭を抱えた。
「……お前、よくもまあ、とんでもねえところに首を突っ込んだもんだな」
「俺だって好きで突っ込んだわけじゃない」
「結果的には突っ込んでるだろうが」
もっともだ。
ギルドマスターは盛大にため息を吐いたあと、机を指で叩きながら言った。
「アルノルト伯爵がやっていたこと自体は、王国法にも明確に違反してる。そこを暴いたって点だけ見りゃ、お前が責められる筋合いは薄い」
「じゃあ問題ないのか?」
「問題ないわけがあるか。伯爵以外にも死人が出てる以上、面倒が面倒を呼ぶ」
そりゃそうか。
「……ただな」
ギルドマスターは俺を真っ直ぐ見た。
「死んだ連中は、妙な話だが、外傷らしい外傷もなく死んでいた。少なくとも、剣や槍で切られた痕はない」
「…………」
「いいか、俺は何も知らん。お前が屋敷で伯爵を斬った。それだけだ。その他のことは分からんし、聞く気もない」
庇ってくれている。そう分かる言い方だった。
「……助かる」
「礼ならさっさと街を出てから言え。どう転ぶか分からん以上、一度この国を離れた方がいい」
俺もそのつもりだった。
元々、俺もティアも旅をするのが目的だ。路銀も十分集まっている。
だったら、ここが潮時だろう。
◆
というわけで、俺たちはさっそく宿へ戻り、荷造りを始めていた。
「まさか、こんな形で旅立つことになるとは思わなかったな。もっとこう、気分よく出発し――」
バンッ!
俺の部屋の扉が勢いよく開かれ、思わず肩が跳ねる。
「ユウマ、いつまでやっておるのじゃ! 妾はもう終わったぞ!」
「だから何回、勝手に入ってくるなって言えば分かるのかなぁ!?」
俺が抗議すると、何故かティアは顔を赤くし、妙にそわそわし始めた。
「そ、そんな気遣いは要らぬであろう?」
「はあ?」
「だ、だって、おぬし言っておったではないか! 妾は“おぬしの女”なのじゃろう……?」
言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になる。
何を言ってるんだこいつ、と思った。
だが思い返してみれば、確かに言った。言ってしまった。伯爵邸で、完全に頭に血が上った勢いで。
「い、いや、あれは違う! その場のノリというか、ほら、先生のことをお母さんって言ってしまうみたいな、そういうやつだ!」
「おぬしは何を言っておるのじゃ……」
ティアは半眼で俺を見たあと、くるりと踵を返す。
「なんでもよいが、早く降りてくるのじゃぞ? 旦那さま」
「おい待て、絶対面白がってるだろそれ!」
「さて、なんのことやらのう?」
扉の向こうから聞こえてきた声は、完全に笑いを堪えていた。
くっそ。
あの顔、しばらく絶対いじる気満々だろ……。
そんなことを思いながら荷物をまとめ、俺もようやく宿を降りる。
外へ出ると、そこにはルイスとグレンの姿があった。
「やっぱり、街を出ていくんだな」
「ああ」
俺が頷くと、ルイスは少しだけ視線を落とした。
それを見て、俺はカイルの件が頭をよぎる。
「カイルたちの件……改めて、すまなかった」
「いや、お前が謝ることじゃないだろ」
グレンが低く言う。
「お前が敵を討ってくれたおかげで、少しは気が晴れた。カイルも、少しは報われる」
「……そうだといいけどな」
その言葉に、俺もティアも少しだけ詰まる。
二人が俺たちを気遣ってくれているのが分かったからだ。
「ユウマ、ティアちゃん」
ルイスが口元に笑みを浮かべる。
「俺たちは冒険者だ。またどこかで会うこともあるだろう。それまで元気でな」
「次に会う時は、互いに今より強くなっていよう」
ルイスとグレンの言葉にティアが目をキラキラと輝かせて口を開く。
「おお、それはよいのう! ではその時はドラゴン狩りにでもいこうではないか!」
「オーガの次はドラゴンかよッ! 勘弁してくれ……」
そう言うと、ルイスたちは思わず笑った。
俺たちも釣られて笑いが零れる。
重いものを全部忘れられるわけじゃない。
カイルたちのことも、この街で起きたことも、消えることはないだろう。
けれど、それでもこうして笑えるなら、きっとまだ前へ進める。
「ユウマ、ティアちゃん。また会おう」
「うむ。次までにもっと腕を磨いておくのじゃぞ」
「そっちもな? 特にユウマな?」
「うっせえ」
笑いながら短い別れを交わし、俺たちは街の門をくぐった。
カイルとリナのことは、きっとこれからも忘れない。
この街で見たものも、知ったことも、全部だ。
世界はたぶん、俺たちが思っているよりずっと残酷で、理不尽なことが多いんだろう。
それでも、その中にある小さな幸せや希望を拾い集めていけたなら。
ティアが願うように、人と魔族でさえ共に歩める世界に、少しでも近づけるのなら。
そんなことを考えながら、俺は隣を歩く白髪の少女へ視線を向ける。
彼女はこれから先も、きっと多くの理不尽や、理解できないことを知るのだろう。
それでもなお、人と魔族の間を取り持とうとするなら。そして、そんな未来が叶うのなら――。
俺はそんな未来を、少し見てみたいと思った。
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