第8話 鮮血の薔薇
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アイフルはベッドの上で寝転んでいた。自分の過去を思い出し、涙が溢れていた。両親とはいつも喧嘩をしていた。些細なことで注意をされて、その度に反抗していた。部活動など中途半端でいいから勉強に集中しろと父親に言われた時には半狂乱になった。
弟は二歳程度しか歳が離れていないのだが、自分と比べて勉強が出来ないので、正直にいって見下していた。家に帰ると居間でゲームばかりやっている奴を見て、鼻で笑っていた。きっと弟にストレスを与えていたのだろう。
学校では入学当初から仲の良いグループと一緒になり、教室の隅で本を読んでいる連中を馬鹿にしていた。授業中も少しでも先生の気に入らない点に文句を言い、学校行事の面倒な所や日々の掃除などはスクールカースト最底辺のいわゆる陰キャに任せていた。先生に手伝えと詰め寄られると全力で笑い転げた。
部活動はハンドボール部に所属していた。部長、副部長などの役職があるものはしなかったが、それなりに戦力だと思って貰えた。先輩の指示には従わなかったのに、自分が上の学年になれば後輩に最らしい理由で文句を言った。
あまり素行が良くない男子と付き合った。特別顔がいい訳では無かったが、柄が悪く誰にも従わない姿勢がカッコよく感じた。愛している、死んでも守る、ずっと一緒に痛い。誰が発しても気持ち悪いと思えるような言葉を毎日のように呟いてくれた。まあ、半年で浮気されて、その後すぐに分かれたが。
今思い出すと楽しかった。生活に不安が無かった。誰かに痛みを押し付けていただけ。何も手元には残っていない。ただのつまらない学校生活。自分を大きく見せかけただけ、自分が特別扱いされて当然だと思いたかっただけ。
そういえば自分が苛めていた奴が途中から学校に来なくなったのだが、アイツは何をしているのだろうか。大人しそうにしていた気持ちの悪い奴。どうして自分がこんな災難に合わないといけないのだろう。ああいう奴がこの世界に来ればいいのに。なんで私が……。
「おうおう。なかなか荒れているじゃん。そこの少女よ」
窓の外から声が聞こえた。ラピアじゃない。まるで幼女のような可愛らしい声。慌てて布団を蹴り立ち上がる。窓の外を見ると人間が空中に静止していた。紅いドレスに真っ赤な口紅をした女の子。ラピアに負けずとも劣らずの痛々しい服装だ。外がすっかり暗くなり、月明かりが彼女を照らす。金髪で真っ白な肌、真っ赤な目玉に長い爪。魔女のようなトンガリ帽子。周囲には蝙蝠の群れ。
「なんなの……」
女の子はドロップキックで窓を突き破り、部屋の中へと侵入してきた。窓が割れる音が響く。背中に羽織っているマントを翻す。
「今宵は良い月だ。日中はよく眠れただろう、冒険者よ。さぁ、冒険へと旅立とうではないか」
自信満々にカッコいい台詞を言うも、あまりの幼女のような声に貫録を感じない。
「お前、誰だよ」
「これは失礼。我が名はシャルハ。この背に罪を背負いし吸血鬼」
駄目だ。この世界で会った人間の中でダントツに気味が悪い。
「勝手に人の部屋に入って来るなよ! 出て行け!」
近くに飾ってあった花瓶を掴んで花ごと投げつける。真っ赤な薔薇が地面に激突する前に異変を起した。シャルハが手をクルリと回しただけで、その花が急成長を遂げて巨大化する。茨の部分が花瓶を受け止め、花弁がアイフルの目の前で砕け散った。
「これも魔法……」
「吸血鬼とは言ったが、吾輩はいわば魔法使いポジションだ。役職名ではウィザードで登録している。偉大なる古代の魔法を使う魔法使い。楽しんでくれたかね」
いや、だから偉い貴族の男が使いそうな言葉遣いをされても、お前の声は愛らしさしか感じないし、容姿は幼女にしか見えない。ちょっと腹立たしく感じて来た。
「この世界には山ほど勇者がいるって聞いた。アンタが実力者なら、もっと別の勇者の所に行けばぁ?」
「ふん。出来ればそうしている……」
彼女は悲しそうな目線で下を向いた。花瓶と薔薇を元の状態に再生して飾りなおす。アイフルはベッドを出て、部屋の隅に移動した。
「吾輩は魔物の家系である為に教会に入れないのだ。だから……公式には魔法使い登録が出来ていない」
「はぁ?」
幼女は歯医者の時に医者に見せるように小さな口を開いた。そこには人間よりも大きな犬歯がある。確か体力の回復は教会でしてもらえると、ラピアが言っていた。しかし、それが出来ないとなると。
「回復手段などいくらでもある。しかし、問題はそこではない。日が昇っている内は行動が出来ない。焼け焦げて死んでしまう。それに、聖なる女神の加護を受けている人間は、女神が吾輩の事を嫌う。やっと仲間にして貰えそうなパーティを見つけたら、幼女とは、ほ、ほ、ほにゃらら出来ないから却下だって!」
察するに彼女は凄い魔法の達人なのだろう。しかし、吸血鬼としての弱点である、女神との相性の悪さ、夜行性、協会に入れない、それに加えてこのロリ体系。そりゃあ誰も仲間に入れてくれないだろう!
「魔王を倒す覚悟はある! それなのに、誰もパーティに入れてくれない! だから吾輩はこうやって陰のオーラを持つ人間を棺桶の中で待ち続けたのだ!」




