第7話 陰のオーラ
天界に人間が行くことなど不可能である。入場が許されるのは一部の上級女神と神様のみ。あとは、神の遣い程度だろうか。ラピアもまだ一度も天界には踏み入れたことがない。まだ見習の女神という扱いなのだ。
「天界に行くなど不可能ですよ。元に戻るには魔王を倒すしかありませんわ。問題は一気に解決はしないのです。もう一度ギルドに戻って勇者の登録をいませんか?」
一応、煽ててみるも返事はない。怒った顔でドスドスと音を立てながら真っすぐ歩いていく。この町の外観も知らないくせに。この世界に到着して混乱している。魔法のある世界、レベルの概念、勇者という使命を全て投げ捨ててしまいたい。この世界から逃げ出したいと思っている。そんな顔だ。
彼女の目に多くの物が映った。武器を持った男が大きな武器を持って楽し気に話している様子、怪しげな葉っぱやアクセサリーが売っている店、奴隷を売る市場。あの世界に生きていた人間からしてみれば、何もかもストレスだったのだろう。
どこに向かっているかと思えば、寝泊まりしていたホテルに到着した。そのまま二階に上がり部屋に籠ってしまう。部屋に鍵をかけてラピアを入れないようにしてしまった。
「アイフル。何をしているのです! ここを空けてください!」
「私はアイフルなんかじゃない! 死んだ次の日から外になんか出たくない!」
この言葉を最後に何も話さなくなってしまった。部屋から何も聞こえない。
ここまで彼女の精神が弱いとは思えなかった。水晶を使って彼女を観察していたが、彼女が引き籠る様子など無かった。学校では横柄に振る舞い、部活では立場的にも頂点に立ち、家族や仲間にも恵まれていた、ヒエラルキーの頂点。だからこそ、私は彼女を召喚に選んだ。
この世界の人間的なステータスは、前の世界のものに反比例をする。だから彼女を選んだのだ。最弱の勇者を世界に絶望させて、その絶望の精神を持って巨悪を生み出す計画。でも、その前に部屋からも出られなくなるほど、心が折れてしまうとは。
不慮の事故、元の世界に戻れない恐怖、変わった常識、魔法の概念、死への恐怖。
ようやく彼女はこの世界で生きていくことを自覚したのだ。そして心が耐えられなくなった。
「失敗だったのでしょうか……」
彼女をどうにか部屋から出そうと優しい声をかけたが、全く返事をしてくれない。
「どうしたものでしょうか……」
ラピアは頭を抱えて項垂れながら一階に降りて来た。少し頭痛がある。まさか引き籠ってしまうとは。絶望を与える前に……何も強さが進展しないまま役立たずになるなんて。完全なる作戦失敗、やはり勇者の適正のある彼方の世界でダメダメな人間を召喚すべきだったのだ。自分がノリで行動したことに少し反省をしている。
二階は宿屋として、一階はレストランとして経営している。ラピアは窓際の小さな席に座り、豆のサラダだけ注文した。すぐに注文した品が皿に置かれるも食欲がわかない。食器に手をつけることもしない。手を膝の上に置き、料理をジッと見つめている。
店の中では他の冒険者たちが楽しそうに取り巻きの女の子と話をしている。まるで順風満帆といった顔。きっとこの世界にいる勇者は現実世界では駄目人間だったのだろう。そんな人間を狙えばこんな面倒なことにはならなかったのに。
「こんなはずでは……」
彼女が朝食を取った席で分かりやすく頭を両腕で支えて両目を隠していた。
「どうにかしてアイフルを部屋から出さなくては。そのあと、ギルドに行って勇者の登録、武器の確保、仲間を集めて……」
こんな一時間もかからずに完了しそうなチュートリアルがキツイ。溜息をついて背中を少し倒し横目で幸せそうな勇者の連中を眺める。
「おや、女神様。お困りのようですねぇ」
店員が話しかけてきた。初老の男性がニッコリを笑う。何も持っていない。
「冷やかしに来たなら帰ってくださいまし。追加の注文などなくってよ。私は虫の居所が悪い」
男性はそんな言葉に臆さず、何も言わずに向かいの席に座った。
「あの角部屋から凄まじい陰のオーラを感じます。魔物のそれとは違う。長年、冒険者様の寝床を預かっていますが、こんな異質な物は始めてた」
何を言っている。このお爺さんはアイフルが寝ている部屋の方を向いて両手を重ねた。恐怖に怯えるように、祈りを捧げている。
「陰のオーラは陰のオーラと惹かれ合う。きっと彼女にはこの先、苦労なさるでしょう。今まで見えていなかった何かが動いている……」
その男性は意味深な発言だけを残して去っていった。部屋の方を振り返るもラピアは何も感じない。アイフルが一体何を引き付けているというのだ。他の客たちは何かに怯えていえる仕草などない。それなのに……。夜更けが近づいている。
「彼女に何が起きますの?」
「分かりません。しかし、この世の中には冒険家業をしたくとも誰からも必要とされなかった、そんな連中が動き出している……気がする」
「気がするってあなた……」
「聞いたことがあるのです。名前のみを知られた冒険者不在のパーティ。その名も『冒険者から選んで貰えず冒険に出れない:冒険者被害者の会』」




