第6話 勇者の登録
格闘。最も危険なスタイルであり、技術を問われる戦い方である。身軽さが求められるため、重い鎧を身に着けられない。武器を持たないとは防御を捨てるということ。相手の攻撃を全て避けることが前提となる。異世界から転生してきた人間は絶対に格闘家を選ばない。だって危険だから。なんか怖いから。そういう泥臭い真似は絶対にしない。
「まあ、いいでしょう。瞬発力は現実世界で鍛えている様ですし。誰も手を出していないだけで、悪くない選択肢かもしれませんわ」
魔王で打撃を強化、装着するグローブで属性変化に対応、身軽な分、他の荷物は持ちやすい。
「ラピア。ねぇ、ラピア」
「はいはい、すぐに行きますわよ」
と、受付の窓口へ駆け寄っていく。もう武器と衣装を選び終えている所だろうか。
「あの、お客様。困ります」
「困っているのはコッチなの! いきなりこんな頭のおかしい世界に連れて来られて、魔王倒せとか強要されているの! そこの黒い服を着た女神に!」
んー? 何をしているのー?
「はい。女神様とのご契約で召喚された勇者様ですよね。ですから、勇者様として登録を……」
「だから、勇者なんかしないって言っているでしょ! あんた、この世界の公務員なら元の世界に帰る方法とか知っているんじゃないの!」
「いえ、私は存じ上げません……」
「じゃあ知っている奴を連れてきなさい。神様でも女神でもいいから! 今すぐ私を元の世界に返せって!」
「そうおっしゃられましても」
武器を選ぶとか、戦う衣装を決めるとか、そんな段階の前だ。クレーム入れているよ! クレーマーだよ、このヤンキー! 受付の女の人、押しに負けて泣きそうだし。
「勇者だの、女神だの、魔王だの、もうウンザリ! 私は元の世界に帰るの! とっとと神様を連れてきなさい!」
あまりの怒鳴り声に一気に周りの注目の的となる。その場にいる全員から凝視される。現実に戻りたい、そんな言葉を言う人間など今までいなかったから。
それはさておき、ラピアは心の奥底でこんなことを考えていた。んー? なんで私に直接文句を言わないのー?
遂に眼鏡をかけた初老の男性が奥の部屋から出て来た。この場の最高責任者だろうか。
「お客様。我がギルドは勇者様の登録と初期の武器を支給。また、クエストの受注のみをしております。異世界への生き方や神様との交信は、本店のすべきことには含まれません」
まあ、ギルドを統率する上級女神が存在し、神様から貰ったお金をここで働く人間に分配しているので、無関係という程でもないのだが、とラピアは少し離れた所で高みの見物をしている。
「それに、そのようなご質問は担当されております女神様にご相談されては」
「いや、アイツ使えないから」
使えない? え? あの小娘、何を言った? 昨日、死にかけてたのを誰が助けてやったのは誰だと思う。宿屋探して、病院探して、料金を代わりに支払って、朝食まで用意してやったというのに。本来ならば女神は監視の役目を果たせれば、傍に付き添う必要はない。水晶で暇な時間に眺めていれば、それでいいのだ。それを不慣れだろうと思い、我慢してやっていれば……。
使えないだと! 魔王の寵愛を受け、女神と魔族の両方の資格を兼ね備える、魔王の軍勢として神や女神のスパイをしている、この邪悪の女神ラピアを? 使えない奴? 長く生きてきたが、こんな侮辱は初めてだ。
「上から目線だし、着ている服がオタク受けしそうな服で気持ち悪いし、ついでに喋り方も気持ち悪いし、何も手伝ってくれないし、タクシー呼んでくれないし! あんな無能に神様に合わせろって言っても、『できませーん』って言うだけよ。魔王にも合わせてくれないんだから」
ほう、公衆の面前でそこまで愚弄するか。本当に魔王に合わせてやろうか、出来るんだぞ本当は! まあ、こんな駆け出し勇者なんて、瞬きする間もなく瞬殺されるのがオチだろうがな。
「では、どうしようもありません。勇者の登録をしないのも結構ですが、あなたが魔物を討伐しようとも、我々は一円も配当しませんからね!」
「あっそ、別にいいよ。私は元の世界に帰るんだから。誰が勇者なんて気持ちの悪いことするか! 私は私で勝手に生きていくから。じゃあな!」
まさかの勇者登録失敗。武器も衣装も貰えず、クエストも受注出来ないなんて。いや、確かに召喚した際は、この世界に馴染めずに苦しんで欲しいと願ったが、まさか苦しむ前に勇者にすらなれないとは。
「おい、ラピア。駄目だ、この世界の人間は日本語が通じないらしい」
「いえ、通じてます。それよりも勇者をしないとなると、この世界でどうするおつもりですか?」
「元の世界に帰る方法を探すって言っただろ。取り合えずお前の言う神様に会わないとな。ソイツなら何か知っているかも」
「神様なら女神にストライキを受けて、天空のお城に引き籠っていますわ」
「なんだ知っていたのかよ。そういう情報はもっと早く言えよ。よし、魔王城に行くのは面倒みたいだから、神様のいる城へ向かうぞ」
ポケットに手を入れて、わざと大きく足音を鳴らしながらギルドの外へ出ていこうとする。
大人になれ……。私は邪悪の女神ラピアだ。下等生物たる人間風情が何やらアホなことを言っていたが、怒りを見せては女神の恥だ。相手と同じレベルに下がってどうする……。私は無能じゃない。私は無能じゃない……。
「何だよ、気にしているのかよ」
「いいえ。何とも思っていませんわ」
「プライドないやつ」
この小娘、本気で人間の血肉を餌とする魔獣の前に差し出してやろうかぁ! と、声が出そうになるのを我慢、我慢。瞼をピクピクさせて、拳を握りしめながら、直立不動で耐え凌ぐ。




