第4話 魔王と女神
「気持ち悪いぃぃ」
後ずさりするアイフルを見て、ラピアはほくそ笑む。三匹に取り囲まれて逃げ出せない。下級でも構わないので炎系の魔法を使えれば簡単に突破できるのに。ちゃんと序盤で準備を整えないからだ。冒険に十分過ぎる準備をするのは勇者として当然。こんな序盤で躓くはずがない。
「ラピアがどうにかしてよ」
「私は非戦闘員の女神ですから。自分でどうにかして頂かないと」
と、言い終える前に彼女は芋虫の顔面を思いっきり回し蹴りで吹っ飛ばした。緑色の芋虫は泡を吹いて転がっていく。睡眠ガスを吐き出す前に緑色は気絶してしまった。さほど経験値も稼げてないし、攻撃力も上がっていない。倒せるはずがないのだが。
いや、違う。攻撃を繰り出す瞬間に攻撃力が飛躍した?
「あぁ、イライラする!」
精神的な力が働いている。確かにこの世界は精神的な影響が魔力に影響する。憤り、腹立たしさが力に変換しているのだろうか。
「いや、それだけで説明がつかない……」
芋虫たちも戦闘する意思がはっきりしたらしい。アイフルに向かって毒のガスを発射する。真面に受けてしまった。膝をついて咳をしだす。奪っていた薬草で回復するも、今度は麻痺のガスが飛んでくる。
「逃げましょう。ここまでです」
「逃げるのはいいけど、それじゃあ魔王が……」
「今晩中には不可能です。このまま死んでしまってもいいのですか?」
「死んだら、元の世界に帰れる?」
「戻れる訳ないでしょう。蘇りもしません。死ぬだけです。痛いだけですよ」
立ち上がれないアイフルに芋虫たちが這い寄ってくる。ラピアは嬉しそうな顔をしながら、アイフルをお姫様だっこした。ここまでだ、これで彼女もこの世界の恐ろしさを分かってくれただろう。本当に死んでしまっても困るので、引き上げ時だ。
「おい、なんだよ」
「勇者を死なないようにするのも私の仕事です。今日はここまでにしましょう。宿も探さねばなりません」
「くっそ!」
「そう簡単に魔王は倒せません。着実に強くならなくては。少しは経験値も稼げたので、今日はよしとしましょう」
そう言うと、ラピアは芋虫たちに背を向けてゆっくりと歩き出す。いくら回復薬でHPは元に戻ろうとも、毒の効果が消えない。苦しそうに項垂れてしまった。そんな顔を見て『ざまあみろ』と思いつつ優しく彼女と歩く。
残された芋虫が怒り狂ってラピアに突進してくる。ラピアはゆっくり振り返り、強く睨みつける。次の瞬間に二匹の身体を火柱が包み、芋虫を一瞬で灰にしてしまった。
★
『マチルダ』へ帰ってきた。最初の町であり、比較的に安価なものが手に入る。世界一巨大なギルドが存在し、仲間を集めやすく、様々な武器が簡単に手に入る。商店街も多くあり、治安もよい。宿屋も探しやすい。まさに初心者にとって理想的な街だ。
戻ってくるや医院にて治療を受け、晴れて全回復をした。しかし、別の勇者から奪った金は諸者に使ってしまった為に、殆ど無くなっていた。宿屋を借り、広いベッドにアイフルを寝かせる。アイフルは毒の影響で苦しんでいるのか、すぐに眠りについてしまった。
「ご無沙汰しております。魔王さま」
彼女をベッドに寝かせて小さな照明だけをつける。そして黒紫色の水晶から映像を映し出す。そこには魔王の姿が現れた。アイフルが狙う命であり、ラピアが付き従う主である。
「勇者の召喚に成功致しました。ついでに召喚された勇者のリストなども手に入れております」
「そんなことは良いのだ、ラピア」
魔王の野太い威厳のある声が響く。それを聞いてラピアは溜息をついた。
「あの……奥さんと別れるから。ほら君と一緒にこの世界を支配していきたいていうか。もう戻ってきて欲しいんだよね。えっと、今どの町にいるの? 迎え出すよ? 私の膝の上にいてくれないかなぁ」
絶対に殺してやる、と心に誓いつつも怒りを抑えて営業スマイルをキープする。
「私が召喚した勇者の件なのですが」
「えっ、大丈夫? ソイツに変なことされてない? なんなら刺客を送り込もうか? 君の気持ちを踏み躙る奴なら、僕が軍勢を率いて押しかけても」
「今、我々がいるのは最初の町『マチルダ』です。隠居した勇者が多くいますし、神殿に控える女神も多い街です。こんな場所を襲撃しては全面戦争になりますよ」
「それでも! 君の為なら!」
「結構です。お気持ちだけ受け取っておきますわ」
女神の仕事を買って出たのは、この鬱陶しい魔王の監視下から逃げ出す為である。そして秘密裏に勇者を鍛え上げ、魔王を打ち滅ぼすため。奴と距離を置くにはこの作戦を取る以外になかった。
「大丈夫? 不自由していない? いつでも戻って来ていいんだよ? 任務のことなんか忘れて。僕はいつでも君の味方だからね。愛しているよ、ラピア」
「ご冗談でも嬉しゅうございますわ」
これは魔王からの人心掌握術ではないか、と疑いたくなるのだが、おそらく本気だろう。魔王城にいた事は酷かった。毎日贈られるプレゼント、モニターによるストーカー行為、過保護に心配され、何度も他の幹部のいる前で求婚を迫る。相手は魔王だ、不遜な態度はとれない。文句を言おうにも魔王には通じない。
「ご好意承ります。これからも潜入捜査と情報収集を邁進致しますわ」
「頑張らなくていいからね。危なくなったらすぐに帰ってくるんだよ。あと、近いうちに食事とか……」
大事な定期報告だったのだが、我慢の限界が来て通信を切ってしまった。




