第6話 旧魔王の逸話
あの金髪の戦闘狂女神アテナは高笑いをして去っていった。その姿を邪気を帯びた目で眺めていると、逃げていた三人が近寄って来た。洗い場にてボディーソープを泡立てて身体にまとい、羊のようにして隠れていたらしい。逆に目立つだろと言いたかったが、口を噤む。
「あの女。髪色が吾輩と被っているではないか。忌々しい……」
安心しろ。体形はお前とは似ても似つかない。
「やっぱり目つきが怖いよう……。うわ! まだいる! 更衣室でストレッチしている!」
入口の扉を注視すると確かに黒い影が見えた。腕を大きく伸ばして全身を動かしている。恐らく全裸のままだ。一緒に風呂から出なくて良かった。危うくあの奇妙な踊りまで強要される所だった。恥ずかしくて表を歩けなくなる。
「今なら……やれる!」
「浴槽にまで包丁を持つこむな! あと絶対に斬りかかるなよ」
ちぃ、とスティルルの舌打ちの音が鳴る。アテナの神々しさは元魔族三人組と相性が悪い。彼女の全身から垂れ流される魔力は、それだけで三人の毒である。存在するだけで魔物を払う。頭のネジが何本抜けていても、上級女神の実力は計り知れない。
「あの胸が大きいだけの筋肉馬鹿め! 我が魔力にてひき肉にしてやる!」
「美味しい鹿肉を食べた私は無敵なのだー! 上級女神なんて怖いもんかー!」
「その色白の肌を真っ赤に染めてやろう。切り刻んでやる!」
立ち去った相手に対し負け犬の遠吠えを浴びせる三人を横目に、呆れ顔でラピアはお湯につかりなおした。頭までお湯に浸かり目を閉じる。そして言葉を思い返す。
(過去は過去。未練も思い入れもない。貴方はそうおっしゃいましたけど……私は過去の記憶すらないのですよ……。貴方とは違う……)
★
部屋に戻ると寝巻姿のアイフルがいた。どうやら彼女も風呂からあがり、髪を乾かしていた所のようだ。日光が部屋に差し込まないように、窓のカーテンは全て締め切っている。部屋に到着すると、ロリ三人がベッドの上に飛び込んだ。数秒後には寝付けるのだから子供は羨ましい。
アイフルに話しかけようと近寄ると彼女も眠そうにしていた。芸達者と凶暴化の影響で二重に疲労が溜まっている。三人が椅子の上でうたた寝している彼女を抱き抱えて横にさせた。前髪を優しく撫でる。すると、すぐに寝息をたてた。
「さて、私には……まだやるべき事がありますわ」
懐から黒紫色の水晶を取り出すと魔方陣を書き込む。少し魔力を加えるとすぐに魔王と交信することが出来た。筋肉質な身体、漆黒に輝く二本の角。髪色に対して映える真っ黒なマント。この大男こそ魔物の頂点に坐する人物……現魔王である。
そんな魔王が朝から……バーベキューしていた。
「ラピアたん! おはよう! 素晴らしい朝だね! 本当はこの朝日を一緒に見たかった」
恭しく頭を下げながら「阿保か!」と思いつつも、大得意な営業スマイルを向ける。
「おはようございます。ご機嫌麗しゅう。ご無沙汰しておりますわ」
「あっ、お前……俺の肉串を取っただろ! それは俺のだぞ! 野菜でも喰ってろ! それで? 今日はどんなお話が聞けるのかな?」
魔王は品がなくワイルドに、肉棒を横から齧り付く。よく水晶の中を凝視すると魔王城の中に思える。しかも、魔王が勇者を迎え撃つ大広間だ。そんな大事な場所で、巨大な金網を広げて部下たちと肉を頬張っている。炭の煙や臭いがカーテンに沁みつかないといいのだが。
傍らには魔王軍最高幹部たちのシルエットが垣間見える。
「ほぉーら。美味しいお肉だよ~。ラピアたんもお腹が減ってきたんじゃいかな~。そろそろ魔王城に帰ってきて欲しいなぁ~」
「本題に入ってよろしいでしょうか……」
餌で釣ろうとは馬鹿にされたものだ。このまま魔王に会話の主導権を握らせると、腹が立ち通信を切ってしまう。もう直球で質問を投げかけることにした。
「旧魔王についてお聞きしたいのです」
「アイツ? あぁ、僕を召喚した奴ねぇ……。なんで知りたいの?」
朝っぱらから酒樽を浴びるように飲んでいる。魔王というより山賊に見えるから不思議だ。
「召喚……ということは、魔王様も……」
「あぁ、言ってなかったっけ? 僕も転生者だよ。魔王に転生したんだ。それよりも……旧魔王について知りたいってことは……女神アテナにでも遭遇したかな」
衝撃の真実をあっさり教えてくれた魔王に驚愕するも、更に畳みかけてくる。まだ状況など一切説明していないのに、アテナの名前を言い当ててしまうとは。酒に酔っていても魔王は魔王ということか。
「おい! お前たち。ふざけるなよ! 誰だ! 僕の皿に野菜を盛り付けた奴は!」
辺りは馬鹿話に花を咲かせている。魔王城というより大学のサークルのような光景だ。仲間たちと腕を組んでバカ騒ぎしている。酒樽を一気に飲み干しては地面に叩き付けて割り、大笑いしている。真っ赤なカーペットに沁みが広がる。魔王の待ち構える大広間が台無しだ。
「お察しの通りです。女神アテナを打倒する為に動いております。その為にも、旧魔王との争い件について教えて頂きたいのです」
魔王は嬉しそうに首を縦に振る。頼られることが嬉しいのだろうか。
「旧魔王はね。厳密には魔物じゃないんだ。思念体というか集合体というか。液状の物体なんだよ……。転生という呪いを生み出した、この世界の概念そのものなんだ」
よく分からない。魔王が液体とは……スライムとか、そういう事だろうか。
「よく分からないよね。僕にも正直分からないんだ。調べようにも、もう死んでいるし」
千鳥足でふらつきながら魔王の椅子に座った。頬杖をついて畏まった顔をする。足を組んで目を瞑り……ん? 何をしている。
「ま、魔王様っ!」
「あの人お酒弱いのに一気飲みするから……」
「おい! 誰か水を持ってこい。宴は中止だ」
魔王城が騒がしくなる。魔王が椅子に座ったまま寝込んでしまった。慌てて小悪魔たちが毛布を運んでくる。幹部たちもいつの間にか消え去ってしまった。メイド服を着た人形たちが残った焼肉の後始末をしている。随分と早いお開きである。
「すみません、すみません……ラピア様……」
最後に残ったのは最高幹部の一人……『ブエル』だった。
「魔王様……。お気を確かに……」
弱々しいか細い声だ。それでいて高音質の耳に刺さるソプラノボイス。しかし、見た目は獅子そのものである。車輪のような足を持ち、転がりながら移動する。まるで玩具の人形だ。
「ブエル……どうして魔王城に? 貴方は第二のボスでしょう」
「はい……。しかし、魔王様が盛大な宴を催すとおっしゃいましたので。強制参加ですから無視する訳にもいかず。あぁ、忙しい、忙しい」
機械の人形らしくカタカタと不気味な音を奏でて動く。魔王を背中に担ぎ、トコトコと歩きだした。ブエルは魔王軍幹部でありながら、唯一の治療能力を有しており、魔王城では重宝されている。どんな薬草でも育てることが可能であり、また治療も的確だ。
そんな重要な能力を持つ彼だが、下から二番手に収まっている。魔物が基本的に治療を必要としないこと。魔力が足りれば無限の命を約束されており、不死の獣たちだ。だから治療を必要とされない。しかし、痛みは素早く治すに限る。よって、この微妙な番付なのだ。
「まだ聞きたいことは山ほどありましたのに……いいでしょう。出直しますわ」
「魔王様はラピア様に戻って来て欲しい一心なのです。だから、ラピア様からの通信が来るまで、この宴の用意をして皆で待っていたのですよ」
何という有難迷惑。愛が重たくて潰れてしまいそうだ。相変わらず優しくあろうとも、人の気持ちが理解出来ない奴だ。
「他の幹部も乗り気ではなかったのですが……。ブネの後釜となる第一のボスを選定する会議と名売って集められたのです。まあ、真っ赤な嘘でしたが……」
「魔王に帰らないし、帰れないと、はっきりお伝えくださいまし」
「はい……」
歯切れの悪い返事。困り果てた顔だ。ラピアは細い目をしてブエルを睨む。次なるターゲット。魔界病棟に住まう第二のボス。グランドシャットを抜け出して……廃屋を進んだ先に、この怪物が待ち構えている。廃病院らしくアンデット系のモンスターが多数出現する。また奇病に感染した怪物も多く出現し、不意打ちを狙うギミックが多く存在する。
また、ブエルは解剖学にも精通している。幾多の魔物を組み合わせて合成獣を生み出してきた。そんな実験の産物が山ほど溢れている。病院の中は凶悪なキメラだらけだ。ブエル自身の身体にも多数の怪物を練り込んでいる。玩具の姿は見せかけだけだ。
(次はお前の首を頂くぞ……ブエル……)
「魔王様はご家族と離れて以来、以前より不機嫌になる場合が多いのです。毎日、毎日ラピア、ラピアと魘されておりまして……。専門医としても心苦しい限りです。どうか……どうか……」
「戻りません!」
断固とした強い意思で言い放った。だって……魔王が寝たふりをして、厭らしい目でコッチをチラチラ見ているのが伺えたから。
「魔王さまと通信出来ないのであれば仕方がありません。私はこのまま任務を続行します。また改めてご連絡致しますわ」
そう言ってラピアは通信を切った。ただの黒紫色の水晶に戻る。眠い目を擦って連絡したのが馬鹿みたいだ。そう思い苛立ちを隠せないまま、布団の中に潜り込んだ。
「あぁ、ブエル。寝たふりがバレてしまったね。ははっ」
「魔王様……旧魔王の噂は本当だったのですね。液状の物体だという噂は……」
「噂じゃないよ。事実だよ。ただの異世界転生装置だよ。輪廻転生に横やりを入れた悪魔的な……邪悪の液体……」
魔王とブエルの視線の先には……人間がいた。先日、ブエルの病棟を訪れた不届きものである。グランドシャットの町を抜けて第二のステージに挑んだ生え抜き勇者と、その仲間。武器はおろか身包みを剥がされている。泣き顔で震えながら、身を寄せ合っている。
「今宵の貢ぎ物でございます」
「アイツらを串刺しにしてバーベキューにしようって……お前は本当にグロい奴だなぁ。ラピアたんはスクラップ駄目な女の子だから、見せられないじゃないか。あーでもバーベキューは飽きたし……アイツらハンバーグにでもしようか!」
「はい。通信が終わった今なら……」
魔王城に絶叫が鳴り響いた。




