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第5話 戦いの女神

 ★


 アイフルは借家に戻る前にギルドに再来し、鹿の討伐報酬をもらった。完全に生態系を取り戻したので、その報酬価格は甚大だった。取り合えずドロップした鹿肉はエーデルにプレゼントしよう。欲しがっていたし。残る角なのだが、まだ売らずに残している。これを売れば確かにまた大金が手に入るのだが、ここは欲を出さなかったようだ。


 借家に帰宅する前に、何度もチンピラに声を掛けられる。それもナンパ感覚で。アイフルはウンザリだと言わんばかりに凶暴化を使用し、立ちはだかる敵を瞬殺した。特に武器は使わず拳でねじ伏せていく。武器を持ったら、また芸達者が発動しかねない。圧勝したから良かったが、その代償に身体が重い。芸達者も凶暴化もどっちも危険だと思い知らされた。アイフルは具合が悪そうな顔をする。


 ギルドでの換金作業など、あのちびっ子三人が手伝ってくれるはずもない。一足先に借家に帰ると言い残し建物の屋根の上を飛んでいった。夜明けが来れば危険な三人だ、仕方ない部分はあるのだが。ラピアは真横で勇者が辛そうにしているのを、気まずそうに見ていた。肩を貸したりしないが。


 「ラピア。やっぱり回復薬は必要じゃないかな。アイツらには必要ないけど、私には欲しい」


 「そうですねぇ。パーティに僧侶か宗教家でもいれましょうか。まあ、あの三人と衝突する可能性が否めませんが」


 グランドシャットという町は広い。中心に巨大な闘技場があり、それを取り囲むように奴隷市場、闇ルートの魔道具を売る店、危険な魔物の幼体が檻に入れられている店が立ち並ぶ。明け方なので彼らも撤収している様子が伺える。深夜営業とはご苦労なことだ、いや私も深夜営業なのだが。


 「はぁ。昼夜逆転で仕事をしているから、なんか生活リズムが狂うなぁ。この気怠さは加護の影響や、仕事のキツさだけじゃないと思う」


 「これも現実世界に戻るキッカケを手に入れる為ですわ。頑張りましょう……」


 借家に戻ると旅館の方が深夜営業のパーティということを考慮して、大浴場を準備してくれていた。どうも、この宿には他にも深夜に働いている人間が多く宿泊しているらしい。シャルハ、エーデル、スティルルは主人を先置いて、さっさとお風呂に行ってしまった。荷物を置いて武装を解除し、ラフな格好になる。


 「えーっと我々も行きますか?」


 「行けるわけないだろうが! 私はもう男でも女でもないんだぞ! どっちの湯に入っても変態扱いされるわ!」


 誰のせいだと思っていると言わんばかりの発言に呆気を取られる。いつもの営業スマイルで誤魔化すと、ラピアは小さく手を振って自分だけ行くことにした。個室にもシャワーはある。問題はないだろう。


 ★


 大問題だった。ラピアが浴場に行くと一番会いたくはない相手がいた。戦いの女神アテナ。


 事の顛末を説明しよう。頑なに大浴場に行かないと言い張るアイフルを放置して、ラピアは着替えを持って廊下を歩いていた。その先を餓鬼三人が駆け足で先に出て行ってしまう。夜中にあれだけ暴れ回ったのに、随分と元気な奴らだ。不死身の怪物共め。


 「そんなに走ると転びますわよ」


 一足先に帰った三人は各々好き勝手に行動していた。エーデルは早速鹿肉を平らげ上機嫌である。雑に丸焼きにして、何の味付けもせず頬張っていた。骨までへし折って食べ尽くす。長年お世話をしたお花畑が咲いた時のような笑顔だった。あれだけ食べたのに体形が全く変わっていない。羨ましい限りである。


 スティルルは自室に一人で籠り、自分の身体を器用に縫い付けていた。大技を使ったおかげで服の一部が破れてしまった。その欠損を裁縫道具で縫い合わせている。シャルハは行方を晦ました。唯一、その動きが分からない。風呂に出かけようとした瞬間に、他の二人と一緒に帰ってきた。どこへ行っていたと聞いても、曖昧な返事しかしない。


 「女神殿。この宿屋の湯舟は素晴らしい。吾輩にピッタリな仕立てだ」


 黄金に包まれたゴージャスな大浴場だ。とにかく広い。おそらくアテナの考え方が、ここに反映されている。戦いを癒し、また次の日の戦いに備える。浴槽の壁にはペンキ絵が飾ってあるのだが、筋肉質の屈強な男が西洋の甲冑を纏って巨大な槍を持ち、巨大な龍に挑みかかるイラストだ。風呂にまでこんな汗臭い物を見せるなと言いたい。金遣いの荒いことで知られるアテナ、脳内までプロテインで構築されているのだろう。


 物の価値が分からない女神め。なんて悪口を考えていると、本当に目の前に現れるのだから驚きである。先に湯舟の中にいて、汗を流していた。他に利用者はいない。


 お湯に入る前までの三人はとても嬉しそうだった。十代の娘らしく無邪気な笑顔を浮かべる。ラピアも緊張を解いて朗らかな笑顔になった。冒険者にとってゆったりと身体を癒す時間は少ない。几帳な休憩時間だ。それなのに……。頭に稲妻が奔るような感触がした。


 「待っていたぞ。邪悪の女神よ」


 出たよ……戦いの女神……。先ほどまで楽しそうにしていた三人が真っ裸で完全に固まっている。彼女たちも会いたくなかった相手のようだ。驚きを禁じ得ない。最上級女神がこんな宿屋にいるなんて。


 神々しくて直視できない程の金髪。黄色ではなくゴールド色の髪型。その頭の上には、桃色の花冠を乗せている。ギルドで会った時も薄着だったので、全裸で湯舟に入っていては、あまり変化を感じない。自信の漲った真顔が此方を一直線に見ている。女神としては可愛らしさの欠片もない男勝りな姿。浴槽で腕を広げて胡坐をかいているだけで様になっている。


 「ふふふ。お前に少し興味があってな。邪悪の女神とやら……。貴様とは裸の付き合いがしたい。私の横に座れ」


 「お断りしますわ」


 アイフルの加護を解除して貰う為に合いに行こうとは思っていた。しかし、向こうから会いに来てくれるとは。前の三人が固まってしまっているので、ラピアは先んじて風呂へ向かう。


 「そう邪険にするな。共に魔王を打倒すべく戦う女神ではないか」


 「私は誰にも媚びない事を誇りにしていますの。立場的な優位には屈しませんわ」


 ラピアは睨みつけ、アテナは高飛車に笑う。


 「この町に来る女神などいない。この私が怖いからだ。女神の世界も実績が全てだ。女神の責務において魔王を打倒すること程の名誉は無い」


 その鼻っ柱をへし折ってやる。現魔王を抹殺してな! と思う心をいさめてゆっくりお湯の中へ身体を付ける。シャルハ、エーデル、スティルルの三人はいなくなってしまった。


 「芸達者……恐ろしい加護ですね」


 目線を合わせないように横を向く。アテナは勢いよく立ち上がると、水飛沫をあげてラピアへ近づいていく。そして、目の前に立つと水の中に勢いを立てて沈んだ。大波がラピアの顔面を襲う。自慢の黒髪が水浸しだ。アテナは楽しそうに大笑いしているのを見て、怒りが静まった。ラピアは呆れ顔で俯く。


 「いわば達人となる加護だ。どんな戦いにおいても、武器を使いこなさなければ面白くない。魔法が栄える現代において、武芸など必要ないという考え方もあるが、私はそうは思わない。筋力や身体能力で上回る魔物を倒すには……武芸しかない」


 要するに漫画の読みすぎだ。そう感じ取れた。派手なアクションが好き。コマが多い漫画が好き、カットが多い動画が好き。所謂、カッコいい動作を花だと思っている女神なのだろう。


 「貴様の加護は凶暴化だったな。個人的には好みな能力だが、それでは駄目だな。もっと動きをきめ細かにしなくては」


 偉そうに胸を張ってふんぞり返った。まるで指南を加えるように。


 「お前の勇者にも私の加護を与えてやったから安心しろ」


 「副作用はなんです……」


 ラピアは低い声で囁いた。アイフルはただ強くなった訳ではない。明らかに常軌を逸していた。


 「よくある話だ。自分より強い奴と戦いたい。もっと強くなりたい。そんな主人公ならば誰もが持っている純粋な感情の値が高まる。どうだ、素晴らしいだろう」


 加護は女神から一方的に与えられるものだ。勇者が制御して操るものではない。確かに今の発言だけを考えれば勇者らしい発想なのだが、あの魔鹿が狂生物と化した姿を見るに手放しで安心できない。


 「今度の『殺し合う』もとい『コロシアム』は打って付けの舞台だろう。アイツより強い勇者がやって来る。死線を潜り抜けることで勇者は真に成長していく。そういうものだ。何より世界を救う勇者は本来一人。この世界には数が多すぎると思わないか?」


 今度は勢いよく立ち上がる。またも水飛沫が滝のように頭に降り注ぐ。真っ黒な自慢の髪が水に塗れて萎れてしまう。またも俯く体制になってしまった。


 「勇者は世界に一人のみ。冒険者が複数いる世界など、面白みがない。世界を救う勇者は常に一人なのだ! ふはははは」


 女神アテナは胸が大きくて、健康的な体系の金髪美女なのだが、その攻撃性と男勝りな性格が災いして、それはもう女性らしくない。まるで山賊のように豪快に笑い腹を叩く。腹を反らして高笑い。何が面白いのかさっぱり分からない。


 そして、分かった事がもう一つ。


 「アテナ様も……転生者ですか……」


 「ん?」


 勇者は一人のみ。この世界を生きていて、この思考は思いつかないはず。きっと別世界の住人から植え付けられた思考だ。それこそゲーム創成期の冒険譚のような。


 「おお。よく分かったな」


 「いえ、以前に神様から女神には別世界からの転移者が多いと聞いたもので。もしかしたらと思っただけですわ。私も別世界の住人でしたし」


 ここ最近の神殿にいる若い女神は、神様によって転生されている。アテナが転生された時代は随分と前だろうから、転生者ではない可能性も十分あると思った上での発言だったのだが。


 「そうだ。私は一度殺されている。生前の記憶は薄れているが、覚えていることもある。こんな魔王に支配された世界じゃなくて、本当に平和な世界だった。面白みのない世界だった」


 この世界に来て良かった。そう思っている女神……そういう意味ではラピアと共通点がある。


 「過去は過去だ。未練も思い入れもない。私は今を生きているのだ。お前もそうだろう。その野心に満ちた目は……現状に満足していない女の目だ。私と同じ覇気を纏う女神は少数でな。お前は……生き残れば私のようになれるぞ」


 笑えない冗談を言うな。お前と一緒の地位で満足などしない。神様も魔王も殺す。ラピアが目指している目標は……この世界の覇権の全てを握ることなのだから。

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