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第4話 魔鹿の暴走

 神獣としての面影は無くなっていた。ただ暴れるだけの怪物である。


 「まて、コイツまさか。闇と光の両方を無効化するのでは……」


 シャルハは両手を前に出し魔方陣を展開する。その色は紅い。中から炎の柱が飛び出した。闇属性の攻撃は無効化される可能性を考慮し、炎属性の魔法に切り替えた。火柱が魔鹿の顔面に直撃する。顔面が真っ黒に焦げてしまった。しかし、すぐに汚れが消える。


 「自動回復か……」


 本来ならば人前に姿を現さない魔物の中でも特殊な部類。人を襲わず、ただ森林の奥地で暮らす。穏やかな生態である。しかし、その魔鹿は得体が知れない。アテナの加護により完全に暴走している。攻撃を加える相手も見定まらず、暴れ回っている。その衝撃は凄まじい。


 レベル35と表示された。アイフルどころか、残りの三人のレベルも上回る。


 「なるほど。気が狂っていても、体力をすぐに取り戻し、傷は自動回復により簡単に戻る。なかなか強い能力じゃないですか」


 スティルルとエーデルが飛び込むも角を振り回すだけで簡単に吹き飛ばされてしまう。動作が大きい為に狙い撃ちが難しい。奴は止まらずにずっと動き続けている。それだけで命中率が格段に下がる。


 「ジタバタするから狙い辛いよー」


 「近づきにくい……」


 苦戦している三人を見て、木陰で腰を屈めて座り込んでいたアイフルが起き上がった。今度は弓ではなく、ランタンフィッシュという魚の魔物から生成した双剣を取り出した。雪洞と行灯という名前がついている。


 顔が熱い、真っ赤に染まる。遂にアイフルは武装していた鎧を脱ぎ捨ていた。地面に鉄の塊が落ちる音がする。ラピアがそんな姿を見て、駆け寄って来た。何も言わず顔を触ると、すぐにその手を引っ込める。引き止めたい気持ちはあるのだが、それと一方でラピアにはもう一つ感情が芽生えていた。この姿のアイフルの戦う姿を見てみたい。


 ゆっくりと目を虚ろにして魔鹿へ近づいていく。同じ加護を受けているのに、その症状は対照的だ。双剣を逆手に持ち、顔の高さで構える。魔鹿は周辺の樹木を全て薙ぎ払い、アイフルへと突進してきた。三人が主人を守ろうと前に立とうとする。しかし、アイフルの双剣が光った。


 次の瞬間、魔鹿の右の角と左前足が……彼方へと飛んで行った。一撃で二か所に致命傷を与えた。魔力を多く消費する代わりに、殺傷能力抜群の赤色レーザー。それを互いの双剣から放った。巨大な魔鹿は顔面から地面に激突する。


 今までのアイフルが出来る芸当じゃない。このレーザーを大事な局面で何度も外してきた。多く魔力を消費するので、練習の機会が少なかった。だから、まだ未習得の技だったのだが。常軌を逸した精密さだ。狙った部位を的確に跳ね飛ばした。やはりアテナの加護の影響だ。


 「何だろう……いつもの自分じゃないみたい」


 アイフルは走り出した。縦横無尽に残った方の角を振り回して大暴れする大鹿の目の前まで。片足を失ったので、ある意味その場に固定されてしまった。痛みによってその動きが更に激しく乱雑になる。そんな鹿の錯乱を華麗に躱していく。目線を逸らさずに、状態を屈めたり、短剣を樹木に突き刺して空中に留まって。


 短剣を投げ飛ばして眉間に突き刺す。即座に枝から枝へ乗り移り、背中に飛び乗った。額の上から体重を上手く乗せて押し込んでいく。痛がって顔を振り回し暴れるも、アイフルは振り落とされない。両側の腕で短剣を左目に突き刺し、今度は視力を奪う。側面から地面に崩れ落ちる。巻き込まれないように、飛び上がって太い枝に飛び移った。立ち上がろうとした瞬間に、両腕からの光線で角を焼く。徐々に魔鹿の動きが悪くなっていく。


 アイフルはいつもより動作に無駄がない。まるで長年に渡って武芸を極めてきた熟練の双剣使いのようになっている。実際はそうではないのに。


 「身体が……熱い……」


 アイフルはにやけた顔になった。戦いを喜ぶ残酷な顔。


 「勇者殿は……何をしている……。運動神経が良いなんてレベルじゃないぞ……こうも動きが予測できないと加勢しにくい。巻き込んでしまう……」


 「私たちの出る幕はなさそうだねー」


 「ご主人様が……私のような鬼の様な動きをしている」


 感覚だけで攻撃を躱し、手触りだけで威力を調整する。反射神経が向上し神経が研ぎ澄まされる。簡単に言うならバトルセンスが格段に向上している。あっという間に魔鹿の全身が傷だらけになった。自動回復が間に合っていない。


 「アイフル……」


 そんなアイフルの姿を見て、ラピアは考えを巡らせていた。加護は無敵の能力じゃない。どんな加護にも欠点は存在する。例えばラピアの凶暴化は、確かに一時的に腕力や魔力を向上させるが、その後に途轍もない気怠さに襲われ、使っている最中は感情のコントロールが難しくなる。では、アテナの芸達者アルティメイトの代償は……。


 「勝たなきゃ……倒さなきゃ……コイツを」


 勝利への執念、異常なまでの焦り、勝ちに拘るが故の精神的な崩れ。戦うこと、それ以外の何もかも見えなくなる。魔鹿が暴れている理由は、戦う相手を見失ってしまったから。戦う相手を探していたのだ。自分より強い相手を。アイフルはステータスで言えば、魔鹿よりも格下だ。だから、戦う相手と認識されない。人里にまで降りてきた。ここが魔鹿が移動できる限界地点。もう戦う相手が消滅してしまった。だから、加護が呪いに変貌した。


 「もうお止めなさい! アイフル!」


 その言葉にも耳を傾けない。アテナの加護の効力はよく見れた。これ以上は……危険だ。エーデルが、即座に近寄り両手の短剣を叩き落とす。そのまま彼女を抱き抱え、ラピアのいる所へ戻って来た。虫の息である魔鹿に対し、上空からシャルハが炎の柱を落とす。全身が燃え上がった。炎属性の魔法ならば無効化出来ない。


 「もう朽ちろ。火葬してやる」


 あまりに惨めに見えた。可哀想に思えた。それでも神様の加護に憑りつかれた怪物を放置するわけにはいかない。魔鹿は全身が業火に炙られながら、何とか立ち上がろうとする。しかし、前足を片方失っている為に、それは叶わない。ようやく、炎が燃え散ると、今度は殺人人形が動き出した。


 「スキル発動『指が千切れた人形劇(パペットバーキングパーティ)』」


 スティルルが一瞬の間に金属糸を魔鹿に巻き付けた。魔鹿の暴れる動作と同じように、スティルルの身体が回転する。両手に逆手に持った料理包丁が魔鹿の身体を切り刻んでいく。また、全身に引っ掛けられた金属が身体に減り込み、傷口となって広がる。


 徐々に身体を動かす権限がスティルルの方が大きくなってきた。スティルルの動きを魔鹿が真似る形になった。しかし、脚がないので、地面に仰向けに横たわり動くしかない。身体がアンバランスなので羽を失った昆虫のようだ。全身が傷だらけの血塗れになる。魔鹿の両目から涙が溢れた。


 遂に決着がついた。スティルルにいくら引っ張られようと抵抗しない。死んだことを悟り、スティルルのは能力を解除した。魔鹿が黒ずんだ火傷の跡から粉々となる。同時に周囲に大量に出現していた魔鹿は地面に倒れ込み動かなくなる。大量繁殖ではない、この巨大な魔鹿の能力だったらしい。


 「勝ったな……まあ四人で囲めば楽な相手だったか」


 「そんなことないよ。アイフルが謎のパワーアップが無かったら勝てなかったかも」


 「魔鹿はどうでもいい。それよりも、ご主人様が……」


 戦うべき相手は消失したことで、アイフルの加護は一時的に消える。地面の金色の魔方陣が消えて、アイフルは膝から倒れ込んだ。呼吸の荒さが治らない。凶暴化とも違う身体の疲労が襲う。両手は短剣を強く握り締めていたことで、真っ赤に腫れあがっていた。


 「勇者殿。お怪我はないようですが……その加護は頂けない」


 「うん。これじゃあ身を滅ぼしちゃう」


 「楽に強大な力を手に入れれば、その代償は破壊しれない」


 アイフルは言葉を返せない様子である。小刻みに首を縦に振り同意する。エーデルとスティルルでアイフルの両肩を支えて立ち上がった。


 「ラピア。どうしよう……」


 「あの金髪女神の言う通りに、闘技場コロシアムで優勝するしかないのでは? 私としても不本意極まりないですが、その力は危険だとよく分かりました」


 「そっか、やっぱり闘技場に出るしかないのかぁ」


 ラピアの心が揺れていた。自分の野望の為にも、アイフルに芸達者の加護を持っていて欲しい気持ちもある。戦うことに縛られる力は、彼女が絶望するに相応しい能力だ。しかし、それでいいのか。上手く説明できないが、アイフルにこの力を使って欲しくないと思う自分がいる。


 腕を胸の下で組んで俯いている。自分の加護や用意した試練で絶望して貰うのはいい。その為の準備はしている。しかし、他人からの横やりで計画が進むのは気持ちが悪い。少し考えたが、はやり気に入らない。


 「アテナに合って、話をしてみましょう。加護を解除して貰うように交渉する」


 その言葉を聞いて三人が安堵の表情を見せる。しかし、すぐに不安そうな顔になった。


 「女神殿。お気持ちは痛い程分かりますが、そう上手くいくだろうか。相手は最上級女神だろうに」


 「あのお姉さん、滅茶苦茶怖かったよねー」


 「お姉さんという歳じゃないはず」


 立場上歯向かうことは許されないだろうが、お願いしてみるくらい許容範囲だろう。アイフルの冒険に支障が出ているのは事実なのだから。シャルハは顎に手を当てて首を傾げる。即座に走り出し、担がれているアイフルの前に立ち、魔方陣を両腕に展開する。マントが風に揺られてはためく。優雅に数歩進むと鉄球を放り投げた。


 「そこで何をしている……そこのお前」

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