第1話 勇者の苦悩
平和な朝である。長閑な朝日が昇り燦々と照り付ける。そんな朝日を浴びて優雅に朝のコーヒーを飲む可憐な女神がいた。彼女の名をラピア。邪悪の女神として名前が通っており、女神としては珍しく闇属性の魔法を操る唯一無二の存在。
そして、彼女は異世界より勇者を召喚した。勇者は必ず男性なのだが、その男は見た目は完全に美少女である。長い茶髪に背が高く目鼻立ちがくっきりとしている。弓使いの防具を身につけており、弓をひく際の邪魔にならないように、胸の防御に左右の違いがある。動きやすい身軽な防具だ。勇者としてポテンシャルが優秀であり、第一のボスを消滅させた実績を持つ異例の勇者だ。
「ラピア。戻ったよ……」
しかし、その素顔は曇っていた。疲れ切った顔に、パンダのような眼のクマ。折角の美しい髪が、焼け焦げた跡と泥臭さで汚らしくなっている。装備も防具もボロボロであり、本人も苦しそうだ。自然と猫背になり、椅子に座るや腕を伸ばして倒れ込んだ。
「ふふふ。可愛らしいこと」
「眠い……トコトン眠い。十分に眠れない……」
彼女の仲間は三人いる。ロリ体形の吸血鬼と腹ペコ獣人、また言葉遣いが変な殺人人形だ。
三人とも戦闘面では優秀な部類であり、自立した回復手段を持つ点は、どのパーティも持たない美点だ。しかし、問題点も多くある。まず、彼女たちは夜行性だ。日が昇っている時間帯は行動出来ない。これが原因でアイフルは今や昼夜逆転に悩まされている。彼女たちは主人が戻るより前に、ラピアが待つ借家へと戻っていた。今回も骨が折れるクエストだったが為に、朝日が昇るギリギリの時間まで戦闘を続けていた。おかげでアイフルは一人でギルドへ向かい、換金をすることになった。
この三人は決して冒険初心者が手をつけて扱いやすい人材ではない。
三人はアイフルが寝るはずだったベッドに三人で大の字で横たわり、腹を見せて無防備に寝ている。空いているスペースはなく、アイフルは仕方がなく椅子の上で寝るしかなかった。可愛らしい寝顔を拝むチャンスだったのだが、そんな体力は残っていない。三人の年齢は定かではないが、主人の寝床を占領するほど彼女たちの精神年齢は物凄く低い。
魔法使いポジションのシャルハ。貴族として育ったが為にプライドが高く、自分の気乗りしない役割は嫌煙しがち。十分な活躍を与えないと不貞腐れる子供である。弱い魔物にも平気で大技を使ってしまう。おかげで魔力は簡単に底を尽きてしまう。魔力の残り残量を考えて貯蓄するという、いわば節約という概念が頭にない。これは初心者であるアイフルも苦手としており、すぐに冒険中に用意が足らなくなる。
次に接近戦担当のエーデル。温和な性格なのでシャルハ程の人格に問題はない。しかし、彼女の能力である大狼への変身は、基本的に月光の当たる場所でないと発揮されない。つまり、洞窟や建物の中に行くと、途端に切り札を封じられる。また、食べる量が尋常ではなく、とにかく食費が嵩む。お金の管理もアイフルは下手だ。おかげでパーティのお財布事情は火の車である。
最後に殺人人形のスティルル。彼女は感情表現を苦手としており、また連帯行動も苦手だ。冒険中に勝手に姿を消したり、目的ではない魔物にも平気で切り掛かる。あまり言葉も通じていない場面も多い。行動は機敏なのだが、迷いがないが故に罠に嵌り易い。アイフルは生前にRPGゲームの経験が皆無だ。だから、罠のある位置を予測することも不得手である。お陰で余計な戦闘に何度も巻き込まれた。
ハッキリ言おう。この三人は上級者向けの仲間なのである。初心者がパーティを組むならば、もっと性格や能力に凹凸の無いメンバーを選ぶべきだった。
「困り切った顔……楽しいですね。人間の苦難というのは何よりも価値がありますのよ」
「じゃあお前が代わってくれよ、ラピア……」
椅子に座ったままアイフルは力尽きるように眠りについた。また、随分と可愛くない顔で寝ている。苦しそうな、それでいて達成感のある顔で。
「そんな熱血野球少年みたいな顔をされても困るのですよ。私の目的は貴方を闇落ちさせて手籠めとすることですから……」
そうは言っても彼女は起きない。文字通り力尽きている。アイフル一行はオフィーリアの洞窟を抜けた先にある、とある町へと足を進めていた。
グランドジャット。通称『決闘の町』。この町は闘技場を中心に町が展開されている。広い町の至る場所で多くの決闘が行われており、所要物の奪い合いが盛んにおこなわれている。血で血を洗う殺し合いの町。戦うに相応しい人間かどうか、選ばれた人間かどうか、それをハッキリと分断する拠点。
ここで勇者を諦める者を多く輩出している。女性を多く引き連れてこの町に入ると、その女性たちが狙われる。ここで仲間を守り抜くことが出来て、雑魚を蹴散らせるならば、華々しい勇者伝説の一ページになるだろう。それが出来なければ破滅するだけだ。
この町にもギルドや神殿、教会がある。勇者としての活動は出来るのだが、以前に滞在していたマチルダと違って、魔道具を売る出店や武器や防具を新調してくれる店はない。この町はとにかく治安が悪いのだ。特に夜は街中に盗賊や荒くれ者が多く出現する。魔物ではないので相手にすることに意味はない。しかし、襲い掛かって来るならば戦うしかない。弱肉強食がモットーであるこの町ならではだ。
女性だけのパーティは特に狙い撃ちされる。この町を訪れた時の洗礼は酷かった。大人数パーティに囲まれての混戦となる。第一のダンジョンを潜り抜けてきた瞬間を狙われた。唯一、好機だったのは、まだ夜が続いていたこと。闇夜の吸血鬼、獣人族、殺人人形の本領発揮は伊達ではない。夜目が効き、闇魔法の威力が上がり、凶暴化が炸裂する。随分と手惑いはしたが、何とか撃退に成功した。それから日夜連戦に続く連戦。疲労するのも無理はない。しかも、人間を何人倒した所で経験値とはならない。
こんな町はさっさと逃げ出して次に行きたいのだが、そうも言ってられない。アイフルのレベルが著しく低い。現在でもレベルは20。この辺一帯に出現する野生の魔物のレベルと大差ない。これで次の町に行ったら、経験値不足で死ぬかもしれない。迂闊に次の町に行くにはアイフルはあっさり死んでしまうかもしれない。
今ここですべきこと。それは、この町で冒険を繰り返し、地道にレベルを上げるしかない。
★
アイフルとラピアは夕暮れにグランドジャットにあるギルドへ来ていた。身体中に傷を負った筋肉質な男性たちが立ち並ぶ。女が部屋に入るだけで睨みつけ、不遜な面持ちで見つめる。昼間から樽に酒を注ぎ、バカ騒ぎを起こしている。山賊のような姿の下卑た大男が此方へ近づいてきた。
「おっと、足が滑ってしまった」
と、酒に酔った勢いで真上からラピアに倒れ込んでくる。彼らはアイフルが勇者であり、ラピアが女神だと気が付いていない。アイフルはラピアの加護である『凶暴化』を使用。大男の身体の泥臭い服を掴み、そのまま窓の外まで投げ飛ばしてしまった。
これを見て周りの取り巻きは大喜び。自分たちの仲間が大怪我したというのに、それを気遣う人間など一人もいない。
「ありがとうございます! 勇者さま!」
「自分でどうにか出来たくせに。お前……あの男を殺すつもりだっただろ」
「私は非戦闘員の女神ですから。戦えませんわ」
そんな事を甘い声で言いつつ、冒険の内容が記されている掲示板の前まで来る。しかし、背後からの様々な目線が気になって仕方がない。
「なんで、こんな暴挙が許されるのよ! この町は狂っているわよ! 毎日、喧嘩の話題ばっかり! この世界は神様とか女神が統率しているんじゃなかったっけ? 全然、治安が守られていないじゃない!」
「いや、そんなことを私に訴えられても……」
こんな町だから店も繁盛していない。荒くれ者共が店を破壊して駄目にしてしまう。武器屋も道具屋も営めない。その一方で、奴隷市場や闇オークション。捕獲した危険な魔物の売買や闇市などは盛んに経営しており、ここは完全に無法地帯だ。辛うじてギルドが営めているだけ奇跡である。ギルドは女神の直轄なので、さすがにここは襲えないという理由なのだが。
「ねぇ、次の町に行こうよ。ここは危険すぎる。魔物に殺される前に、ここの住民に殺されるわよ」
「人間は適応が全てですわ。この場を楽しめばよろしいのです。表舞台では手に入らない豪華な品物も流通していますわ。女神の監視下にない店を回るのも楽しいですよ。何なら奴隷を買ってみます?」
「冗談でもそういうこと言うな」
「如何わしいお店なども……」
「それ私が行くような場所じゃないだろ……」
夕暮れになり、アイフルは活動を再開する為に冒険の用意をしていた。薬草やポーションを買い揃ええて補充したいと考えていたが、店がない以上は購入できない。自分たちで合成するにも技術がいる。そう簡単じゃない。取り巻きの三人はまだ寝たままだ。まだ日が落ちていないので起こさない。彼らには今日も頑張って貰わないと困る。なるべく多くの経験値を獲得して、早く強くなる。それしか生き残る道はない。
「この地は先代の魔王と神様が戦った地と呼ばれています。戦いの女神ルドラの加護を持って現神様が勝利を収めた場所。だから、神様に敬意を評して古臭い女神はこの地を訪れないのですわ。まあ、それを現魔王に逆利用されて、魔王城との溝を深めているのは皮肉な話ですが」
この地には戦いの女神がいるという。最も高貴な女神の一人。信仰を持つ怪物。その習わしは『力こそが全て』『強さこそが正義』『勝者のみが権利を得る』。戦いを好み、争いを愛する、女神のくせに無茶苦茶な戦闘狂。男同士が戦う姿に至上の喜びを感じる変態。
ラピアも名前のみしか聞いたことが無い。お目にかかりたいとも思わないが。
「前から言おうと思っていたけど、本当に神様も女神も無能よね!」
「一寸の曇りもなく同意します」
だが、文句を言っても仕方がないのである。今やるべきことは愚痴を零すことではない。経験値の獲得と資金の貯蓄、とにかく次の町に行くために作戦を練ることなのだ。
「お金が欲しいなら町の中心にある闘技場に挑むのもいいでしょう。しかし、人間をいくら倒そうが、殺そうが、経験値にはなりません。技術云々は上がるかもしれませんが、肝心の魔力の上昇は狙えないでしょう」
「だったら……少し危険でも冒険に挑むしかない」
魔物を倒し続ける狩猟や財宝を盗む仕事。とにかくリターンの大きい物を狙うしかない。




