第0話 プロローグ➁
薄暗い場所だった。綺麗な絨毯の上に魔方陣が展開されていて、その場に寝かせられいた。目を覚ますと、酷く頭痛が襲う。立ち上がろうにも身体が重い。部屋に灯りが付いた、眩しくて両手で目を覆う。呼吸が荒い、肩が大きく上下する、心臓も激しく伸縮している。身体が熱い。
「こんにちは、お嬢さん。僕はこの世界を支配している魔王だよ」
「ぅ…………」
何やら声がした。恐る恐る見上げると、何かが偉そうに椅子に座っている。
「怖がらないで。僕は君の味方だよ。君は前の世界で死んでしまっただろう。だから、この世界に転生したんだ。分かるね?」
その少女は何も覚えていない。何も分からない。過去の記憶が頭の中から完全に消し飛んでいる。物の名前は分かる、先ほどからの魔王という人間の言葉も分かる。しかし、自分の名前すら思い出せない。
そこは大広間だった。分厚い真っ黒なカーテンがこの部屋全体を覆っており、床は紅い線の入ったカーペット。その上にラピアは仰向けで寝転んでいた。天井には豪華なシャンデリアが飾ってある。声が聞こえた方向を見上げると、そこには頭に角が生えた男性がいた。金髪の若き社長といった出で立ち。
「ここは……」
「死後の世界だよ。君は前の世界で死んでしまった。だから、今から新しい生活を始めるんだ。この僕と一緒にね」
魔王は何やら金箔で塗り固められている巨大な椅子から降りて、ゆっくりと階段を降りてくる。立ち上がると分かるがかなりの高身長だ。スーツをよく着こなしている。身体に羽織った黒いマントが、風の吹いていない部屋なのに翻る。足を進める音だけが部屋中に鳴り響く。腕を大きく開いて胸を見せ、懇親の笑顔を向けた。
「この魔王の配下になるんだ。可愛らしいお嬢さん」
その言葉を素直に受け止められなかった。記憶は無いが感情はある。落ち込んだ感情、どこにも行き場のない怒り。心を汚していた何かが、まだラピアを縛り付けていた。どうにも声を出す勇気が持てない。
「そうだ。名前をつけてあげないと。悪魔『デカラビア』からとって、ラピアって名前はどうかな。今日から君はラピアと名乗るといいよ」
「はぁ……」
ようやく身体を起すことに成功した。立ち上がって辺りを見回してみると、本当にカーテン以外に何もない。まるで本当にRPGで魔王と戦う最終決戦の間のようだ。
「ラピア。その可愛い顔をもっとよく僕に見せてくれ。こっちにおいで」
少し歩くと魔王の目の前まで来た。広げていた腕を丸めてラピアを包み込む。力強く抱きしめた。頬と頬を重ね合わせて、喜びを表現する。嫌悪感を感じたが声を出す勇気が出ない。次に大きな手で頭を撫でてくれた。数分間ずっと変わらぬ笑顔で愛情を注ぎ続ける。よしよし、と小さく声を出して。
「ラピア。可愛いね。とっても可愛いね。僕は君が大好きだったから助けてあげたんだよ。ずっと、君の世界を見ていた。そして、君が死んだ後にどこかへ行ってしまわないように。この世界に呼び止めた。これから僕は君を永遠に愛する。君はずっと……僕の傍で可愛らしく座っていればいいんだ」
怖かった。その優しさが。本来ならば喜ぶべき状況なのだろうが。まるで、嬉しいという感情が沸いてこない。あるのは純然たる恐怖だけ。肌で魔力を感じ取った。この男を中心に何か得体の知れない物が渦巻いている。
しかし、魔王は優しい人間だった。死んだ直後の記憶の無いラピアを優しく介抱してあげた。食事を部下に用意させ、住まう場所を用意し、この世界の魔法の概念や使い方を教育した。何故か召喚した瞬間から魔王はラピアに気があった。
異世界に転生して視力が上がり眼鏡を捨てた。ドレスをプレゼントしてもらい制服を捨てた。大好きだった本を読むことを止めた。魔導書など読み込まなくても魔王に習って実践する方が早い。高ランクの勇者が別の魔物と戦っていると聞くと、即座にそこへ馳せ参じる。あと一歩で死ぬという状況にて割り込みをし、魔王の権限で経験値を奪い取った。そうやって誰よりも急速に強くなった。
ラピアには魔物でありながら、女神としての才覚が備わっていた。それに気が付きラピアは悪用を開始する。ラピアは転生したままの姿である為に、人間に取り付きやすい。魔物に捕まった人間を言葉巧みに洗脳して恐怖を与えていく。そうして自分を女神だと信じ込ませ、縋りつく信仰の対象とさせた。恐怖で人間を支配していた。いつしかラピアは邪悪の女神と呼ばれるようになった。
これはこの世界が始まった上でも異例のことらしい。闇属性魔法を主軸にする女神など存在しない。女神は神様に召喚された者。闇属性が付与されることなどない。だが、魔王が召喚した女の子に女神としての力が宿ったのだ。
教室の隅で目立たないようにしていた地味な女の子はどこにもいない。そこには露出の高い真っ黒なドレスを着こなした女がいた。膨大な魔力を持ち、魔王の無償の慈愛を受けた、女神の才能のある少女。そんな彼女を気に入らなかった者は山ほどいる。




