第2話 最初の戦場
「お待ちくださいまし。勇者さま。どちらに行かれます!」
「決まっているでしょ。魔王を殺すのよ。どこにいるの、そいつ」
地下室から抜け出すと女神が住まう神殿を飛び出した。辺りには田舎古い光景が広がる。木造建築の家に汚らしい服を着た住民。身体中に怪我の跡を持つ屈強な半裸男。一世紀前の恰好の人々に呆気に取られていた。いや、目立っていたのは彼女の方である。学生服を着ている人間などこの世界にはいないのだから。行く人々にチラチラ見られる。
「ここは初心者が集う始まりの町『マチルダ』。ここで駆けだしの勇者は経験を積み、武器を手に入れ、仲間を募り、旅に出る準備を整えますの」
追ってきたラピアに優しい声で諭される。だが、そんな言葉は彼女には通じない。
「そういうのいいから。欲しいのは魔王の居場所。魔王城ってどこにあるの? ここから何分くらい?」
「戦闘になったら殺されますわ。今のあなたでは一撃粉砕でしょう」
手のひらに紋章のような魔方陣が現れ、湧き出るようにカルテが姿を現す。【勇者:アイフル】という見出しで、古谷愛の顔がプリントされている。これにはアイフルも驚愕した。
「そういう世界観なんだ」
「あなたはレベル1です。経験値は0。攻撃力も魔力も最小値。防御に至っては貧弱そのもの。これで勝てる相手など存在しません」
「うわっ、気持ち悪い。なにそれ、オタク用語?」
これにはラピアも苦笑いする。さほど異世界用語やRPG常識を語ったつもりはないのだが。ゲームをやっていれば誰でも理解できる範疇だろうに。
「まず雑魚を倒す。そして経験値を積み上げる。集めた資金で武器や防具、薬草や道具を揃えます。また、力強い仲間を揃えることで陣形を形成する。そして、準備が揃った上で、より複雑な試練や冒険に挑戦する」
「あー蕁麻疹だわ。そういう気持ち悪いの駄目なんなんですけど」
いや、基本中の基本を解説したつもりだ。まだ冒険の心構えや、属性の概念、パーティ構成など複雑な話はしていない。召喚された直後で困惑しているのは分かるが、彼女にはもっと根幹にゲームに対する毛嫌いを感じる。
「魔王って言っても所詮は人間でしょ? 背中から刃物で刺すとか、毒が入った者を喰わせるとか、殺す方法なんていくらでもあるでしょ。あと、アンタが殺しなさいよ。私は協力するだけだから」
魔王という概念も分かっていない。魔王の背中に回り込むなど不可能だし、魔王の食事に毒を盛るなんて発想をする勇者がこの世にいないだろう。
ラピアは思った。大成功だと。この世界と全く相容れていない。これでいい、彼女はここでの生活で絶望するだろう。今のような考え方では簡単に破綻する。その度に何度でも蘇生魔法をかけてやろう。何度も死を繰り返して成長するがいい。そして悟るのだ、二度と元の世界に帰れないと。
「そこまでいうなら、魔王城への道を案内しましょう。口で説明するより、実際に戦ってみる方が勉強になるでしょうし」
ラピアが不気味に笑った。そんな顔を見向きもせずに、さっさと歩き出してしまう。普通ならギルドに行って勇者の登録をして、初心者用の武器と防具を頂いて、少しのお金をもらって、神父に祈りを捧げて貰ってから第1のダンジョンに向かうのだが、無防備に草むらに飛び込むのも、また一興。
「戦う? なんだよ、戦うって」
★
どこの店にも寄らず、何の準備もせず町を出た。服は制服のまま。武器も無ければ、防具のない。持ち物は一切なし。完全に無防備な状態でモンスターが跋扈する第1のダンジョンに続く道へ足を踏み入れた。辺りはどんより曇っている。薄暗く地面を照らし、静けさが漂っている。
「さぁ冒険の一ページですわ」
「なあ、駅とかないの? タクシーとか。歩くの嫌なんだけど」
長旅になるのが察せたのか、アイフルが不平不満を言う。もう相手にしても仕方がないので、ラピアは営業スマイルで正面を向き続け無視した。この世界で日本円など使い物にならないと、考えてもいないのだろうと思いつつ。
「おや、あそこで戦闘が行われていますね」
目線の先には大狼に向けて大剣を構えている冒険者がいた。取り巻きには無数の美女がいる。その青年、顔は満点、身長も高く、髪型は金髪だ。防具はまだ薄い印象。まさにこれぞ勇者って恰好をしている。
「おお、イケメン! いいじゃん、異世界」
「えーあーはい。でも、あれは此方の世界に来る時に姿を変えたのでしょうね。現実世界の時の写真ありますけど、見ます?」
「…………見る」
アブソリュート・マキシマム・ボルケーノぉぉぉぉ!!
青年は何やらカタカナの多い必殺技を叫び、刀を振り下ろした。たった一撃で大狼は粉微塵になってしまう。刀を頭上で振り回し、カチャという音で鞘に戻した。取り巻きの美女たちが彼に駆け寄る。大狼からお金や宝石が落ちて地面に散らばった。
「ありがとう、君たちのおかげだよ」
カッコいいイケメンボイスで女性たちの頭を順々に撫でまわしていく。
その背後に忍び寄る影。アイフルは拳を握りしめて、狂気のオーラを放ちながら集団に近寄った。




