第28話 一時の休息
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一同は戦いの後にマチルダへ戻っていた。ブネが隠していた服の中に、特定の場所へ戻るアイテムを奪い返したのである。四人の名残惜しいという顔を無視してアイフルは元の弓兵の衣装に着替えなおした。到着してからブネとの戦闘で得られた経験値と資金を確認する。アイフルはレベル15にまで上がっていた。そして、大量の『竜の鱗』を手に入れた。普段のブネを討伐した際に落とす量とは比べ物にならない。換金したお金も高くついた。
お供の三人にも経験値は分配されているのだが、三人は凶暴化の後遺症でぐったりしていた。日に当たらないように借家まで連れて帰り、ベッドに寝かせてあげた。三人ともベッドに大の字になって倒れ込み、すぐさま就寝する。可愛い寝息が聞こえた。不死身の三人組だ、すぐに復活してくれるだろう。
成長した証、十分な報酬、仲間の無事、RPGの世界が一番楽しいと感じる瞬間だろう。
だが、アイフルは……楽しそうにはしていなかった。借家の一室でアイフルは椅子の上に座り窓の外の景色を見ている。やり切った顔でもあり、どこか悲しい顔。傍らで三人が寝息をかいていた。ラピアが部屋にお菓子と紅茶を持って現れる。丸机に皿を並べる。
「お疲れ様でした。紅茶でもいかがです?」
「ありがとう。頂くわ」
仲間と共に困難を切り抜けた勇者の顔ではない。人間を自分の価値観や正義感だけで殺してしまった罪人。そんな顔だった。まさかブネに同情しているのか。そう聞くのは流石に野暮だと思い止めた。アイフルはお菓子を手に取り、少しずつ齧る。ラピアは対面の椅子に口を開いた。
「あの戦いで少しだけ疑問が残りました。貴方はどうしてブネが転生者だと思ったのですか?」
食べかけの焼き菓子を口の中に放り込んで一気に紅茶で流し込む。ティーカップをゆっくりと机に置いて、口を開いた。
「最初に戦ったモンスターは言葉を喋らなかった。ずっと疑問に思っていたんだ。どうしてここは異世界なのに日本語が通じるのだろうって」
「え?」
そんなことは疑問に思う事ではない。触れる必要のない事象だと思うが。
「この世界に識字の概念を生んだ奴がいる。それってたぶん転生者。きっと多くの死人がこの世界に来ているから、日本語が通じるとか、通じないとか、そんな疑問すら無くなっているんだと思う」
言葉を話せる。それは誰かに文字を習った……いや、転生前の記憶があり、言葉を話すことが出来て、平気で使っていた。そう考えるべきだと。
「それにブネってあんまり魔物らしくなかったじゃない。女の子と遊びたいって、魔物の発想じゃないでしょ?」
「そういう理由なら理解できました」
では誰がブネを転生させたのか。考えられる対象は一人しかいない。ラピアは少し考えていた。この世界の人間はどれくらい転生者がいるのだろうか。神殿の女神は転生者であり、勇者は須らく転生者、魔物の中にも数体は転生がいる。ラピアを転生させたということは、恐らく魔王も……。
この世界の仕組みを、まだ理解出来ていないのかもしれない。
「どんな勇者が挑んでもブネの完全消滅は不可能でした。これは快挙ですよ」
「嬉しくない。私が達成感を得られるのは元の世界に帰った時だけだから」
この世界は地獄だ。転生という概念を軸に多くの人間の汚い部分が渦巻いている。
「だから女神ラピアの天罰はしっかり受け入れようと思う。受け入れた上で前に進む」
この世界で死ねば元の世界に帰ることが出来る。いや、まだその情報は教えてあげないでおこう。いつか彼女自身で気が付くかもしれない。それでも……。
「さぁ、今日は何をしましょうか。折角良い素材が手に入ったので、次の町に行って武器を新調してもらいましょう。私が生成するのには限界があります。やはりプロに任せてみるべきです」
「いや、ちゃんと第一のステージを攻略した訳じゃない。凶暴化に頼って反則勝ちしたようなものだから。これから多くのレベルの高い敵が来たら、あの作戦は使えない。まずはレベルを上げないと」
随分とこの世界の概念が分かってきたようだ。微笑ましい顔を浮かべる。口元に手を当てた。
「でも……ちょっと疲れたから……私も寝かせて……」
椅子に座ったままアイフルは目を閉じた。そんな彼女を抱きかかえて三人が寝ている横に並べる。そして、髪を少し撫でた。よく頑張りましたと言わんばかりに。本当にラピアの介入なしでブネを倒し切ってしまったのだから。
そして……自分の行動を振り返ってみる。本来の趣旨を見失っているような。アイフルを絶望させて、闇落ちさせて、その力を持って魔王を圧倒する計画だった。それが今回の一件で有耶無耶になった感じがする。
あれ? 私ってこんな性格だったっけ?
「……邪悪の女神。そうだ、私は邪悪の女神なんだ。何をしていますの!」
慌ててアイフルから離れて、いつものクールな顔に戻る。だが、少し冷や汗が垂れていた。女神の仕事を得て、勇者を召喚して、自分自身が少し変わってしまった。そんな焦りが彼女を襲った。
「アイフル……邪悪の女神の本領発揮は……ここからでしてよ」
そんな似合わない台詞を誰にも聞いてない部屋で言い放つ。人差し指を真っすぐアイフルの方に向けて。そして、少しだけ笑って部屋を後にした。
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ブネに通信用の水晶を破壊されたので、市場にて水晶を購入した。それなりに値段の高い代物なのだが、これはラピアにとって魔王と通信を可能にするための必須アイテムだ。水色の水晶に魔王をかけて黒紫色に変色させていく。定期報告をしなければならない。
「ご無沙汰しております。魔王様、私は無事ですよ」
「ラピアたん。良かった……心配で眠れなかったよ。ブネから逃げ切ったんだね」
相変わらずフランクな声。今回の服装は魔王らしくタキシードに真っ赤なマントを羽織っているのだが、相変わらず顔はのほほんとしている。
「あの……奥様と別れたと耳にしましたが……」
「あーうん。慰謝料と養育費で……ちょっと笑えないんだよね」
魔王が余所見をしながら苦笑いをしている。どこか気まずそうな顔つき。人差し指で側頭部の髪をいじる。浮気などしていない、一方的に好意を寄せられているだけだ。正確には上司としての立場を利用したストーカーなのだが。まあ高級料理を食べに連れていって貰ったことや、強力な魔法を伝授してもらったには感謝しているが。
「嫁がさぁ。本当に般若みたいになって。包丁を振り回して大喧嘩だよ。はっきりお前の事は愛していない。僕にはもう別に愛する人がいる、お前も別に愛する人を探せって言ったんだよ。」
「すいません。魔王様が奥様とご喧嘩される姿など想像も出来ませんわ……」
相変わらず魔王の発言はどこか会話としてズレている。奥様に名前を知られていたり、命を狙われていないといいが。心の底から不安である。まさか下手な勘違いが発生していないといいのだが。やはりしばらく魔王城には帰れそうにないな。
以前はブネのせいで通信が途切れてしまった。なので、あの後からラピアの様子が分からなかった。魔王は立ち上がって安堵の表情を浮かべる。一部始終を細かく説明した。ブネの反逆、陰のオーラ、闇魔法強化と凶暴化についてなど。仲間の三人については、具体的な名前と能力は伏せて会話を繋げた。
「そうか。僕が手を下さずとも、ブネは消滅したのか。まあ、僕のラピアたんに手を出そうとしたんだ。当然の報いだな」
「最後を看取りました。最後まで生きることに拘っていました」
魔王は黒いカーテンに覆われた大広間にいた。おそらく勇者が魔王城に攻め込んだ場合に最終決戦を繰り広げる場所である。あの部屋にいることは珍しいのだが。造形が仰々しい椅子に腰を掛けてワイングラスを片手に持っている。目を瞑り何やら楽しそうな顔をしている。
「彼は……私と同様に魔王様が異世界から召喚なさった魔物なのですか?」
「…………流石はラピアたん。よく気が付いたね。その通りだよ。僕が向こうの世界から召喚してあげた。可哀想な奴だったからね。反転したらいい素材になると思った。彼には手厚くしてあげたんだよ。竜の雌を散々見繕ってあげたのに」
そうじゃない。彼は人間としての女性を欲していた。毎回思うが、魔王の優しさはどこかズレている。魔王自身は本気で愛情を注いでいるから始末が悪い。おそらく自分も昔は人間だっただろうに、どうして他人の気持ちをここまで理解できないのか。
そしてブネが転生者だと気が付いたのは私じゃない。勇者アイフルだ。
「それよりもブネがラピアたんを連れて行ったせいで、魔王城に戻ってきてくれなくなったよ……。ちょっと寂しいな。今度はちゃんとした迎えの者を寄越すから」
「いいえ。魔王様。大丈夫です。自分の力で戻ってきます」
そう自分の力で戻る。お前を倒す力をしっかり蓄えた上で。
「そうか。それは……悲しいな。僕はずっとラピアたんが膝の上にいてくれることを望んでいるから。女神のお仕事って僕にはよく分からないけど、なるべく早く帰って来てほしいな」
「最善を尽くしますわ」
魔王は何かを憂いていた。きっと気がかりは勇者アイフルのことだろう。まだ単なる勇者で遜色ないはずなのだが、どこか魔王には特別な感情があるように感じる。
「あの……勇者。ブネを倒すか。じゃあいずれ僕の元にも来る可能性がある訳だ。くくく……いいだろう。僕の前に現れた勇者は殆どが死んでいった。しかし……アイフル。お前は死ぬこと許さない。死ねない身体にして、生き殺してやろう。徹底的に絶望させてね……」
魔王が……怒りの感情を持って笑った。持っていたワイングラスを握りつぶす。
「まあ、その前に君は僕の配下に殺されるだろうが……」
そうだ。冒険はまだ始まったばかりなのである。まだ……魔王の元に辿り着くなんて、そんな段階ではない。序盤も序盤なのだから。恐ろしくて質問出来なかった。どうしてそんなにアイフルを毛嫌いするのかを。
「ラピアたん。とにかく無茶をしないでね。もうあんな勇者と一緒に行動する必要ないんだから。とにかく僕の元へ帰ってきてくれ。それだけを期待しているよ」
「はぁ……」
初めてかもしれない。魔王の方から通信を切った。聞いたこともないような苛立った声。ラピアが魔王城に戻ってこないのもあるだろうが、それだけではない。アイフルのことを話し始めた瞬間に目に見えて分かるほど苛立っていた。あんな感情的な魔王は見たことが無い。
魔王は……何かを知っている。




