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第26話 ラピアの加護

 ★


 ブネとは現魔王が召喚した魔物である。その強さは凄まじく、物事を雄弁に語り、高い富や知識を持っていた。この魔物も元は人間だった。だが、数百年前の転生なので、ブネ自身も自分の過去など覚えていない。しかし、これだけは心に刻み込んでいる。金も地位も名誉もいらない。ただ、美人な女性と一緒の時間を添い遂げること。これは死ぬ前も死んだ後も成就しなかった。


 「僕は……僕は……」


 ブネの生前は少し顔が悪かった。話し声をあげるだけで悲鳴をあげられた。人間の頃から魔物扱いだった。世の男達から虚仮にされていた。転生してそれは逆転した。誰にも届かない領域の強さに達し、他の魔物から崇められ、圧倒的な暴力を手に入れた。


 これでようやく夢が叶うと思った。魔王も応援してくれた。


 「なのに……どうして……僕は君を愛していたのに……」


 ブネはラピアが好きだった。一生懸命話しかけて、なるべく同じ時間を過ごせるように努力した。本当は無口な生き物なのに、多弁になって。雄弁な声質なのに、おどけた声を出して。魔王の愛人だと知った時には心が壊れた。自分の愛する人が自分の上司の愛人だった。それでも……彼女を愛していた。


 だって、魔王城にはラピアしか女性という女性がいなかったから。


 ★


 「ぶぇ」「おヴぉ」「うわ」


 オフィーリアの泉の前に連れてくると、背中を蹴飛ばしてお湯の中に放り込んだ。三人は何を言っているか分からないくらい怒り狂っていたが、すぐに落ち着きを取り戻す。体力と魔力が回復していることに気が付く。しかし、濡れてしまった服はどうにもならない。


 「だから服を脱げって言ったのに」


 「突然、服を脱げって言われたら驚くわ!」


 「あぁ、暖かい。気持ちいい。眠くなってきた……」


 「魔力が……溢れる……おおおお!」


 水浸しであることなど気にすることではない。それよりも、考えるべきはブネを倒す方法だ。作戦をラピアに説明して見たのだが、帰って来た返事は芳しくなかった。


 「そんなに上手くいくでしょうか。歯車が一個でも間違えば……負けますよ」


 「大丈夫。きっと上手くいく。絶対に上手くいく」


 最悪はラピアが戦えばいい。魔力を遠慮なく使えるならば、十分に戦える。女神が少しでも参入すれば、冒険者たちに経験値は分配されない。経験値も大事だが命が優先なので、今回はそんなことを言っている場合じゃないのだが。


 「来たよ。全員、集中して。エーデル寝ないで! 起きて!」


 緊張感のないエーデルを両隣の二人が叩き起こす。遂にブネが岩陰から姿を現した。その姿はまさに怪物。凶鳥、狂戌が不気味に唸り声をあげる。真ん中の竜の目玉がグルグル回転している。橙色の甲殻に長い爪、筋肉質の腕と脚。魔王の幹部に相応しい怪物。気が狂いそうになるような雄叫びをあげた。目の前にゲージが表示される。勇者カルテに『エンカウント』の表示が出た。


 「我が花嫁よ。この愛を受け止めてくれ……」


 「女なら誰でもいいのかよ。そんなだからモテないのよ」


 「綺麗な女の子なら誰でもいいんだ。僕は長い長い人生の中で、ようやくその結論に至った。相性とか、愛情とか、一途な気持ちとか、そんな細かいことを考えていたから、僕は失敗した」


 奴の声は落ち着いたいた。三匹の顔は下卑た笑いを浮かべている。


 「世の男どもを見てみろよ。モテる男は女の子を大事にしない。モテる男ほど浮気をする。セクハラをしても怒られない。世の中強引な奴が勝つ社会なのさ。近頃の勇者を見てみろよ。何人も何人も肩に女の子を抱いて。あれが聖人君子のすることかよ……」


 あまりのブネの気迫に少しずつ後退りしていた。言葉は無茶苦茶だが、その威厳と放っている魔力の量は尋常じゃない。まさに魔王城直前の全開状態でのブネ。たかが第一のボスでは収まらない。


 「君が僕を愛さなくていいさ。僕が君を愛していればそれでいいのさ」


 ラピアが岩陰からこの言い合いを見ていた。アイフルの作戦は取り合えず聞いたが、やはり勝てると思えない。後ろから不意を突いてブネを抹殺するしかない。もうブネの経験値は諦めるしかないと思っていた。しかし、アイフルは真っすぐ自分と、自分の仲間を信じている。


 「愛してやるぞ、女よ」


 そう言って腕をぬっと前に出した。それと同時に後ろを向いて走り出す。頭につけていたベールだけが奴に奪われたが、どうにか逃げ切ることが出来た。走った先には三匹が浸かっている温泉がある。オフィーリアの泉。魔物を寄せ付けない女神の泉。勢いよく水飛沫が飛び散った。


 「何だと……」


 「ここには入って来れないでしょ」


 背中から弓と矢を取り出した。一本、矢を射る。しかし、腕で簡単に弾かれてしまった。何のダメージにもならない。毒が塗ってあったのに、奴の皮膚を貫通しないなら意味はない。


 「ふん。作戦成功だな。やはり奴はこの地には踏み入れられない。代わりにコッチは魔法を打ち放題だ。一方的に攻撃を浴びせられるなら、どんなに強い相手でも勝てる!」


 シャルハは岩場の地面を鉄柱の姿に変えてブネに投げ飛ばす。だが、狂戌の顔が巨大化して柱を噛み千切ってしまう。次に素手を真っすぐ伸ばして、炎を巻き上げる。しかし、凶鳥が炎を喰らってしまった。シャルハは魔術師としては優秀なのだが、やはりレベル差が決定的だ。少しも体力を削れていない。エーデルとスティルルは近距離戦しか出来ない。彼女たちには戦う術がない。


 「もう終わりか? 手品切れなら、此方から行くぞ!」


 一瞬怯んだ隙に奴が三体に分裂する。正確には龍と狂戌と凶鳥の顔をそれぞれとしてそれぞれに胴体が付いたのだ。しかも、背中に翼が生えている。空中に浮遊して洞窟の天井まで舞い上がった。前回の揚羽蝶との戦いで制空権を奪われることの危険さは承知している。今回もそれが起こってしまった。


 「どうだ。これならお前たちを狙えるぞ」


 しかし、以前のブネよりも姿が小さくなった気がする。魔力の量は変わっていないが、三匹の中で殆どが真ん中の竜が魔力を備蓄しており、狂戌と凶鳥は大した程ではない。分裂したとはいえ、真ん中が本体であり残りはただの付属品だ。


 「アイフル。落ち着いて。姿が分裂するなどRPGのお約束ですわ! よくあること!」


 「じゃあ戦う前に教えてくれよ!」


 三匹が一斉に飛び込んで来た。上空から滑空されては手も足も出ない。弓を放っても撃激にはならないだろう。もうお湯の中に隠れるしかない。慌てて顔を水の中に入れた。しかし、いつまでも長く息は続かない。窒息死する。だが、水面に浮上すれば奴に捕まる。……そんなことは分かるのだが、結局は顔を出すしかなかった。慌てて状況を確認すると……シャルハ、エーデル、スティルルの三人が、奴の後ろ足に肩を掴まれて、上空に打ち上げられていた。


 あっさり仲間を奪われた。


 「簡単だなぁ。初めからこうすれば良かった。女の子が大量だ……」


 もう声が気色悪くなっている。ただの化け物だ。


 「さぁ。君の番だ。名前も覚えていないけど。僕と結婚してくれ。もう一生君を話したりしない。僕の膝の上で怯え続けてくれ」


 顔がへの字に曲がるくらい下卑た笑い顔。嬉しそうな瞳。


 「同じ言葉を返してやる。お前、この程度で私に勝ったつもりかよ」


 「ん?」


 アイフルが負けじと笑い返す。水で服が濡れて透ける中、彼女は力強く言い放った。


 「お前は魔王を倒す際に『陰のオーラ』を使うと言ったな。ラピアの女神としての加護だ。それさえあれば、魔王に勝てると。だが、ラピアの加護を既に私は持っているんだよ! ラピアに召喚されたからな!」


 逆転の切り札はオフィーリアの泉ではない。切り札は『陰のオーラ』だった。あの三人を呼び寄せ、人知れず恐れられた、得体の知れない力の源。ラピア自身にも正確には理解できていない。『闇属性魔法の極度の強化』に加えて特殊な能力がある。


 「触るな、下種が……」


 狂戌に肩を掴まれていたエーデルが低い声をあげた。右腕を伸ばし奴の後ろ足を力強く握り閉める。先ほどまで居眠りしていた少女が、数秒で大狼の姿に変貌した。体重も増したので犬の顔の竜が少しずつと降下していく。出会った頃の狼の姿よりも、更に大きい。どっちがボスか分からない程、体格差が逆転してしまった。このまま墜落すれば泉に落ちることにある。ブネは必死に羽をバタつかせて空中に居続けようとする。


 「くっ、この、小娘が。月明かりのない洞窟でここまでの力を発揮するとは」


 「臭い息がかかるから話かけるな!」


 次の瞬間に洞窟の壁を蹴飛ばすと、ブネの掴んでいた足を強引に引き剥がし、泉のある地面へ投げ飛ばしてしまった。無様な叫び声をあげて戌の頭は泡と化していく。エーデルはそのままアイフルの傍へ駆け下りた。あまりに呆気の無い幕切れにブネの本体が驚愕の顔を浮かべる。


 「ば、馬鹿な。たかがレベル25そこらの娘に……レベル90この僕の分身が負けるはずがない。何が起こっている……」


 「ラピアの加護は『闇属性魔法の極度の強化』。それと……」


 にこっと笑った顔で岩陰に隠れていたラピアを見る。それに呼応してラピアは答えた。


 「『凶暴化』ですわ」


 凶暴化。理屈を度外視して本来の自分を超える最大限の力を発揮できる。性格が荒くなり、些細なことで感情が爆発する。気持ちが抑えられなくなる。だが、これを戦闘にて活かせるならば、その効果は無限大だ。何せ凶暴化の能力は……限度がない。


 怯えた凶鳥は泉の上から出て行こうと本体の命令を待たずして動き始めた。しかし、その次の瞬間に後ろ足の鍵爪は細切れにされる。奴の背中には殺人人形が張り付いていた。スティルルは不気味に笑いながら、凶鳥に料理包丁を突き立てる。一枚一枚、羽が地面に落ちていく。振り落とそうにも、狭い洞窟内では小回りが利かない。乱暴な包丁の突き刺し方で徐々に羽をむしり取っていく。その度にブネの悲鳴が轟く。火炎を巻き散らすも意味がない。


 エーデルもスティルルも元は魔物だ。


 遂に凶鳥の羽は半分ほどになってしまった。力尽きるように凶鳥は頭からオフィーリアの泉へつき落ちていった。スティルルが半笑いで駆け寄ってくる。


 「エーデルの変身能力は属性が闇。スティルルは魔法で動く人形だけど、その動力源を正確に言うなら闇属性の魔法。つまり、二人とも極端にパワーアップしていた。私とパーティを組んだ瞬間に、私の仲間にもラピアの加護が付与されたの」


 エーデルが唸り声をあげて、スティルルが奇妙に笑う。まさに凶暴そのもの。感情を押し留められない怪物集団。それは……勿論……。


 「吾輩も同じなのだよ」


 シャルハの身体を真っ赤な薔薇が覆い尽くす。その茨が上空にいるブネにも噛み付いた。絡みついて抜け出せない。薔薇の棘が奴の鋼鉄の皮膚を切り裂いた。先ほどは全く歯が立たなかったのに、今度はちゃんとダメージを与えられている。


 「貴様の血はいらぬ。だが、受けた屈辱は返させて貰うぞ、青二才」


 シャルハの炎を纏った拳がブネの顔面に減り込んだ。茨を抱いたまま泉に落ちると思われたが、血まみれになりながら薔薇の拘束を脱ぎ捨て、安全地帯まで旋回する。前進が傷だらけだ。


 「説明がつくものか。加護だけでは……。この圧倒的レベルの差を覆せるものか……」


 呻き声をあげながら地面を這い蹲る。傷ついた顔でアイフルを見上げた。


 「それは……アイフルが魔王城に挑めるほどの実力があるから……ではありませんわ。貴方が弱体化しているからです」


 今まで手を出さずに奥の岩場に潜んでいたラピアがゆっくり歩いてきた。


 「自分でも分かっているのでしょう。貴方は第一のボスとしての任務を剥奪されたのです。魔王の力添えを受けて強くなっていただけ。元の貴方はその辺の魔物と同じ値打ちですわ」


 魔王はブネがラピアに好意を寄せていることを知っていた。だから、ブネを魔王城から追い出し一番遠い地点であるオフィーリアに滞在させたのだ。しかし、魔王城にラピアを連れて来る任務を放棄したせいで不信感が増した。ラピアとの通信が切れたことで不信感が確信に変わった。


 「魔王様から再生する為の魔力を断絶されました。つまり、あなたは復活出来ない。同時に魔王幹部としての魔力量も失いました。大人しく第一のボスに成り下がっていれば命は助かったのに。見放されたんですよ」


 今までのブネの強さは魔王が与えた物。それが無くなれば、ブネはその辺の中型の魔物と遜色ない。魔王との契約がないので復活出来ないという運命を背負った上で。

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