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第25話 家族と友人

 ★

 

 アイフルが岩陰からそっと現れた。腕には雪洞と行灯を強く握り締めている。彼女はラピアを助けるつもりだった。きっと本気で喰らい付く瞬間に飛び込む予定だったのだ。単純に勝てないことを彼女は知っている。だから焦っていた。


 「お可愛いこと」


 「仕方がないだろ! あの阿保に服を奪われたんだから!」


 アイフルの姿は真っ白な花嫁ドレスだった。岩陰に裾がズルズルと引きずっていく。少し濡れて変色していた。沢山の刺繍が塗ってあり身体のラインが綺麗に出ている。微笑ましい気持ちになった。


 「アイツ、私を花嫁にするって」


 「それについては私が誤解を解いて差し上げたじゃないですか。あの子は男の娘だって、ちゃんと説明してあげました」


 「そのおかげで私も漏れなく殺されるだろうけどな」


 不安そうな顔をしている。いざとなればラピアが助けてくれる、そう思っていたのだろうか。でも、先ほどの会話を聞いて、ラピアが勝てない事が分かった。だから、焦っている。


 「どうしてそんなにあの世界に戻りたいのですか?」


 少し冷めた声で言った。今までは友好関係を築こうと温和な声だったが、初めて低い声で話しかけた。真剣なラピアの表情にアイフルが苛立った顔をする。


 「誰か助けに来ないかな。仲間になった三人でもいいし、他の男共とか。第一のボスくらいなら倒せるんでしょ?」


 「いいえ。誰も来ないでしょう。来たとしても、今のブネに勝てる生き物など殆どいません。彼はいつでも全盛期の姿を取り戻せたようです」


 ラピアは今までに出したことの無い優しい声を出した。目を瞑る。


 「逃げなさい。あなただけでも。あなたの魔力は少ないから感知しにくい。マチルダでもいいし、他のどこに行っても構いません。逃げなさい」


 「じゃあ一緒に……」


 「一緒に逃げられる訳がないでしょう。この檻から逃げられませんし、この鎖は解けません。私は奴に吸収されます。でも……あなたまで殺される理由はない。逃げてください」


 落ち着いた声で、アイフルを宥めるように言い放った。まるで懺悔でもするかのように。


 「何でよ。一緒に逃げてよ。本当はまだ隠している力があるんでしょ? そんな鎖壊して、こんな檻壊して、一緒に逃げてよ」


 「私が貴方を殺しました。あの時にトラックを落としたのは私です。天罰でも裁きでもありません。私が勇者を欲していたので貴方を殺しました」


 最後の最後まで黙っていたブラックボックス。最後まで伏せていた一番明かしてはならない真実だ。その言葉を死ぬ前の懺悔として言い放った。臆さず逃げず、真っすぐな視線で。


 「……そうなの」


 「えぇ、貴方の目の前にいる女は、貴方を殺した奴です。同情する対象ではありませんわ。他の女神も同様です。皆、女神に殺されて転生しているのです。だから……あなたは……」


 アイフルは何も言わずに後ろを向いた。それでいい、こんな奴の顔を見たくもないだろう。女神であろうが彼女にとっては自分を殺した犯罪者だ。軽蔑されて当然だ。だから……。


 「せっかく仲良くなったのに……」


 「なっていません。私は貴方を利用するつもりで……」


 「私を何度も助けてくれた。何度も守ってくれた」


 「序盤で勇者を失いたくなかっただけです。あれも自分の為です」


 「本当に……私を救ってくれる女神だったと思っていたのに……」


 泣いていた。後姿でよく見えないが、肩が小刻みに上下している。背中が小さくなっている気がする。本当の女神か、この世界で生活してきて女神とは何なのか、私でもよく分からないが。


 「私だって苦しかった。皆から嫌われているの分かっていた。教室の一部は私と口を聞いてくれなくなった。担任だって私をずっと睨んでいた。あんな人生楽しくなかった。でも、そんなことも言えないから。彼氏から暴力振るわれて、でも誰にも相談出来なくて。惨めになるの嫌だから別れられなくて、自分より弱い奴に当たり散らして……」


 もう声を出して泣き出していた。声が漏れるほどに。花嫁衣裳がこれでもかってくらい似合っていない。膝をついて倒れ込んでしまう。


 「殺して欲しかった。人生をやり直したかった。もっと優しい女の子になりたかった。でも、どこにも引き返せないから」


 ラピアは以外だった。檻の外から手持ちの小刀を投げつけて殺してくれると思っていたのだが。ベッドで塞ぎ込んでいる時にそんな事を思っていたのか。性格が反転して、記憶だけが残っているから。初めて本音が声に出せた。


 「こんな私を誰も叱ってくれない。だから、初めて怒ってくれて嬉しかった。初めて私と向き合ってくれた。本当の女神様だって思ったの!」


 笑える話だ。魔王の手先で、神様陣営のスパイで、元人間の、邪悪の女神を、そこまで崇拝してくれるとは。いつものラピアなら傑作だと笑っていただろう。


 「まだ、あの世界に戻りたいですか?」


 「まあ、そこそこ」


 「敵に捕まっている状況で言うのも不自然ですが、この世界は楽しいですよ。魔法が発達した世界です。勇者稼業さえしなければ、それなりに幸せです。学びたい題目も自由、取り組みたい趣味も自由、賭け事の類も自由です。勇者になれば皆が大した事をしていなくても、町中の皆が素晴らしいと絶賛してくれます。人間関係には困りません。それでも……」


 「家族がいるんだ。お父さんが、お母さんが、弟がいる。ちゃんとお別れもしていない。母親はいつも『私より先に死んでくれるな』って言ってきやがった。馬鹿親と思っていたけど、あの言葉が今になって痛い」


 「なんですか、それ……」


 「学校は退屈だし、親は五月蠅いし、友達は面倒だし、部活はしんどいし。でも、それから解放されて気が付いた。自分が幸せだったって。私の家族や友達……今頃は私の葬式でもやっているのかな。きっと皆で大泣きしているよ。でも死体がぐちゃぐちゃだから、最後に抱きしめることも出来なかったって」


 ようやく此方を向き直してくれた。やはり泣き出していた。でも、声をあげて泣いているわけはない。両目から雫が落ちるように泣いていた。ラピアの捕まっている檻の前で、鉄格子に掴みかかって泣き崩れる。


 「分かっているよ! 帰れないって。でも、帰れるって思いたいじゃん! また、家族や友達に合いたいんだよ! この世界でもう一度頑張ればいいとか! そんな簡単に諦められるほど! 元の世界で私を支えたくれた人の思いは安くないんだ!」


 ラピアは声が出なかった。他人の感情など消しゴム程の価値にも思っていなかったラピアが、罪悪感に目覚めた。彼女は決して不運な事故で死んだのではない。ラピアは人為的に殺したのだ。自分の思惑に利用する為に。そして……。



 「魔王を倒せば元の世界に帰れるなんて、嘘なんだろ」


 召喚した当時は、もっと簡単に割り切ってくれると思っていた。「過ぎた事を論じても仕方がない、もう一度この世界で頑張ろう」と言ってくれると思っていた。


 「家に帰してくれよ……。無能とか言って悪かったからさ……」


 いや、無能だ。無能で遜色ない。他人の命を塵のように奪い、目的を達成するどころか、女神としても魔王の軍勢としても、何も成せていない。奇を衒てらったつもりで、全て台無しにしただけだ。結局、彼女を悪戯に苦しめただけである。


 自覚した。確かに無能だ。


 罪悪感など無かった。自分が悪いことをしている自覚は無かった。異世界に召喚されることは現代人にとって嬉しいことである。そんな固定概念が心の中にあった。


 「ふっ」


 もう笑うしかない。他人の気持ちが分からない自分自身に。


 「おい、何を笑っているんだよ」


 「元の世界に帰りましょうか。魔王が元の世界に戻る方法を知っているかもしれません。知らないかもしれません。ですが、積極的に動かなければ欲しい物は手に入らない。元の世界に戻る、それを目的にして冒険しませんか?」


 ラピアは知っていた。ここで死ねば、少なくとも元の世界には帰れることを。輪廻転生。新しい命として蘇る。本当の二度目の人生を始められることを。この情報も言ってしまおうと思っていたが、気が変わった。命を諦めるつもりだったが、そんな気持ちも失せてきた。


 死ぬ権利などない。諦める権利もない。今まで散々、憎たらしい女を演じていたのだ。ここで大人しく捕食されるなど、らしくないだろう。


 「勇者になれ、っていうの?」


 「勇者以外の道に進むのを悪くありませんが、多くの場所を旅するならば勇者が一番いいでしょう。いかがですか?」


 「……まあ、それしかないんだろ」


 「はい。私も協力しますよ。あなたをこの世界に呼んでしまったのは私ですから、元の世界に戻れるように協力します」


 次の瞬間に水が滴る音が聞こえた。何かが此方へ近づいてくる。ただ足音の音量的にブネではない。奴は空中を羽で移動する為に、ピタピタという音は鳴らさない。来てくれたのは……。


 シャルハ、エーデル、スティルルだった。


 「お前たち、心配したぞ。閉じ込められているようだな。吾輩の蝙蝠はこの洞窟を根城にしている者もいる。最短距離で飛ばしてきたぞ」


 「私は二人の匂いを追えるから、途中から蝙蝠がなくても居場所が分かったよ~」


 「そのドレス可愛い。あとで切り刻ませて欲しい」


 三人とも息があがっている。体力も魔力も殆ど余っていない。マチルダから走り続けたのだろう。誘拐されたことを知って、日が落ちると同時に出発したのだ。無駄な戦闘は避けたとはいえ、そんなに簡単にここまで辿り着かない。きっと何度も激しい戦闘になったはずだ。


 「もういいの? 喧嘩は?」


 「「「喧嘩している場合じゃないだろ!!!」


 そう叫び終わるとスティルルの料理包丁が檻と鎖を粉砕した。エーデルが駆け寄りラピアの肩を担ぐ。シャルハは辺りを気にしているようだ。ここでブネに遭遇したら勝ち目はない。


 「あっ、私……脱出魔法が使える道具持っている! でも、服の中に入れていたから、ブネに取られちゃった……」


 思い出したかのようにアイフルが叫ぶ。その言葉に一同の安堵と短絡があった。それさえあれば、一瞬でマチルダまでは逃げられた。一旦は逃げ切れたのに。


 「我々は夜にしか行動出来ない。逃げている最中に朝日が昇ったら負けだ」


 「でも、洞窟に隠れるのもねぇ……。相手はこの地を知り尽くしているし」


 「奴から服だけでも奪い返す。……難しいか……」


 三人が落ち込んでいる姿を見て、アイフルが立ち上がった。すっかり涙は消えており、その顔はようやく……勇者らしくなった。


 「ブネと戦いましょう。奴の経験値を奪うの。逃げたらまた、アイツが町の人を襲うかもしれない。また、女の子を誘拐するかも。五人で戦えば……アイツにも勝てるよ」


 そう言って檻の上に埋め込まれていた、魔法を一定空間だけ無効化する緑色の石を短剣で破壊した。これでラピアも魔法が遠慮なく使える。


 「勝算はあるのですか? 相手は毒を与えて逃げ切れるほど、弱い相手ではありませんよ」


 ただの第一のボスとしてのブネなら、ラピア無しで十分な勝算があった。しかし、今の四人では対敵するのも阿保らしいくらいのレベル差だ。この世界においてレベルの概念は何よりも絶対的な物。レベル12の勇者が、魔王城に現れる本気状態の幹部を倒せるものか。本気状態のブネのレベルは90なのだから。


 「あっ、勇者様。これ持ってきたよ」


 不意にエーデルが背負っていた荷物を渡す。そこにはメインウエポンである初心者用の弓と矢が入っていた。感謝の意を伝えてアイフルが背中に背負いなおす。


 「ねぇ。ラピア。挑戦したいことがあるのだけど、いいかな」


 「私は今すぐ逃げるのをおススメしたいのですけどね」


 「そう言わないで。圧倒的に強い相手を戦術で倒すのがRPGの醍醐味なんでしょ? それに強くなった分、アイツはもう復活出来ない。今度こそ完全に討伐できる! 取り合えず、三人とも私についてきて。お風呂に入れるから。ラピア、作戦は歩きながら説明するわ」


 そう言うと小さくガッツポーズをして、温泉のある方向へと歩き出した。ラピアは呆れ顔をしつつも、前を歩く四人を追って行った。

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