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第24話 洞窟の温泉 

 ★


 第一のダンジョン『オフィーリア』には隠し通路がある。これは魔王の配下でも上位の者にしか伝わっておらず、どんな勇者でも立ち入ることが出来ない。


 「なんで天然温泉があるの!」


 「奥にサウナもありますよ。この地は、元は女神が身体の穢れを洗い流す聖地でしたからね。まあ、最近の勇者は攻略優先で、こういうイベントを見落としてしまうみたいですが」


 「本当に綺麗な水。あんな気色の悪いモンスターが住んでいる洞窟だと思えない……」


 「まあ、この辺一帯を我々が修行している間にブネに掃除させたのですけど」


 「え、アイツここのボスじゃないの?」


 ブネは確かに魔王の軍勢の幹部だが、こっちは魔王の愛人なのである。小心者のブネがラピアの言いつけを守らないはずがない。


 「HPとMPが回復する作用があります。じっくり浸かりなさい」


 「ラピアはこの温泉に入らないの?」


 「混浴とか死んでも御免被りますわ。後で自分一人で入るのでご心配なく」


 「私は女だ!」


 ラピアはいつもの小悪魔みたいな笑顔ではなく、真剣に嫌がっていたのに更なる怒りを感じる。身体は傷だらけの泥だらけ、激しい戦闘で体力は消耗しており、あの後もレーザーを乱発した為に魔力も底をついた。


 お湯に入ると傷が瞬きする間に消えていった。全身を苦しめていた痛みは消えて楽になった。ステータスを確認すると、HPとMPが溜まっていくのを感じる。まるで先ほどまでの戦闘が嘘のようだ。しかし、身体は回復しレベルは着実に上がっている。


 「レベル12。そろそろ上がりにくくなってきましたね。まあ短時間でよく頑張りましたよ」


 「もうブネを倒せる?」


 「私なら戦いませんね。相手は幹部。奥の手は幾多も隠し持っている。まだ準備が足りませんわ。それよりも、この刀に名前をつけませんと」


 今までアイフルが振り回していた二本の短剣を腰から取り出した。洞窟に住む魔物を何匹も倒したのに、刃毀れ一つない。いくらランタンフィッシュの落とし物で強化したとしても、良品過ぎる。ラピアはアイフルが強くなる秘訣を一つ思いついていた。


 「双剣、雪洞ぼんぼり行灯あんどんでいかがでしょう」


 「あんまりカッコよくない」


 「あの必殺技に名前を付けませんと。そうですね、リア充ビーム、リア充光線、リア充爆発しろレーザー。どうしましょう」


 「おい、お前が命名するな。なんか嫌だ!」


 勇者にはそれぞれ特殊な能力が備わる。それは女神との契約時に授かる加護。アイフルにはラピアの加護が転生した際に付与していたのだ。つまり、ラピアの能力を一部だけ引き継いでいることになる。邪悪の女神ラピア。神様の栄誉により勇者を召喚し、魔王の寵愛を受ける特別な女神。その力の一部でも彼女が持ち合わせているのであれば。


 「なるほど……私の加護を持っている……ねぇ……」


 最初は洞窟内の温泉など嫌がっていたアイフルだが、すぐにこの地が至上の極楽だと気が付き、警戒を忘れてくつろぎ始めた。これでいい。ラピアは湯気に隠れて姿を眩ました。岩陰に隠れると黒紫色の水晶を取り出した。


 岩に座り込み、膝の上に水晶を置いて魔王の顔を頭に思い描き念じる。魔王は呼び出して3秒ほどで応じた。もう唇がへの字に曲がるほど喜んだ顔を見せる。魔王の威厳が台無しだ。取り巻きの魔物の姿がチラリと見えたが、驚愕の顔を浮かべている。一瞬だけ魔王が振り返って睨みつけた。そして、すぐに振り返る。


 「ラピアた~ん」


 「すいません。間違い電話でした。切ります」


 「切らないで~、お願い、切らないで~」


 真昼間から豪遊している。アルコール度数が強い酒が地面に空の状態で転がっているのが見えた。酒浸りだ。部下の魔物たちは顔が歪むほどストレスを感じている様子で、今にも逃げ出したいという表情だ。


 「もうラピアたんがいないから、僕はっ、僕はっ」


 何やら嬉しそうな顔で腕を真上に突き上げながら大声を発する。


 「奥さんと別れた!」


 寒気が走った。いや、薄着のドレスであり、ここは洞窟なので、元から寒い場所なのだが、それでもラピアのありとあらゆる皮膚に鳥肌が立った。


 「離婚届けに判子を押しました! これでやっと、ラピアたんとイチャイチャ出来る!」


 目の前の空気を抱き締めるかのように腕と腕を交差させる。更なる悪寒がラピアを襲った。


 「すみません、魔王様。今は女神としての仕事をしています故に、魔王城には戻れませんわ」


 「愛しているよ、ラピアたん!」


 会話が成立しない。もう酒に酔って訳が分からなくなっている。このまま酒の代わりに醤油にでも差し替えて殺してやろうかと思うも、営業スマイルを取り戻し水晶に訴えかける。


 「今はブネの根城であるオフィーリアに来ていますわ」


 魔王の顔色が変わった。不思議そうな理を介さない顔をしている。そして、少しだけ怒った顔になった。


 「ん? ブネ? アイツ……。俺はブネにラピアたんを魔王城に連れ帰せって言ったのに! 何をしているんだよ!」


 連れ戻せと言った。やはりパワーアップは魔王の後押しだったか。しかし、ここでまた納得のいかない事がある。ブネは小心者だ、魔王の言いつけを逆らうはずがない。そんな大それた真似が出来る魔物ではない。一旦は自分の住処に帰って来ただけ? この後、魔王城に送るつもり? いや、そんな事を話してはいなかった。


 ラピアは何者かの気配を感じる。まるで本物の悪魔のような下卑た狂気。


 魔王への……反逆……。


 次の瞬間、ラピアは何者かに拉致された。水晶は地面に落ちて粉々に砕け散った。


 ★


 ラピアは捕まった。オフィーリアの中にある監獄のような場所に入れられて、腕を縛られている。魔法を打ち消す結界が張られているようだ。この鎖を壊せない。気絶してこの中に運ばれたらしい。犯人は決まっている。


 「キャラじゃないことをしますね。ブネ」


 「僕様を舐め過ぎなんだよ。魔王の寵愛を受けているからって偉そうに。お前のことはちゃんと知っているさ。魔王様の命令でもないのに、女神の仲間入りをして、スパイ活動とか恐れいったよ。出世コースをまっしぐらってか。どうだい? 勇者の召喚が無事に出来たのか?」


 自分が誘拐した人間が、ラピアの召喚した人間だという事実には気が付いていないようだ。これだけでも有益な情報だ。そしてもう一つ。マチルダを襲撃した際の強さに戻っている。つまりは魔王城にいた時と同じ強さ。


 ラピアにはまだ余裕があった。勿論、アイフルの助太刀など期待していない。この監獄が魔王に知られればブネはタダでは済まない。いくら完全な状態のブネでも、魔王を倒せるほどの強さはない。そして、この状態で死ねば二度と復活は出来ない。完全に消滅する。そうなる前に助けを乞うはずなのだ。魔王との通信も不自然な途切れ方をしている。十分に脅しの材料になる。


 「調子に乗っているのは貴方ですよ。貴方が全盛期の力を取り戻そうとも、魔王に勝てるはずがないでしょう」


 「確かに今の僕様では魔王には勝てない。だが、魔法を使えない君になら勝てる」


 「私に個人的な恨みがある。ということですか?」


 「違うな。僕は君を食べたい。生きたまま、体内で君を複製し続けながら。何故、女神は勇者と一緒に旅をしないのか。理由は簡単だ。魔物に女神の加護を奪われてはマズいからだ。それは、ただ殺しただけでは手に入らない。加護を奪いつつ、君を逃がさない為には……腹の中で寄生させてあげるのが一番だ」


 ラピアは邪悪の女神。その陰のオーラと呼ばれる闇魔法を強化する加護を持っている。下卑た気色の悪い目をしていた。これこそ本物の魔物だ。あまりの変貌ぶりに笑いが込み上げてくる。


 「そうですか。猫を被っていたのですね」


 「そうだな。ずっとお前を食べたくて、話しかけていた。でもお前は僕様を相手にもしなかった。魔王に大層気に入られているお前を食べるのは難しかった。この地を治める者となり、もうチャンスはないと思っていた。先刻までは諦めていたさ。しかし……」


 そのチャンスが訪れたという訳か。奴の悲願は狙わぬ形で叶ったということである。


 「今頃は僕様がラピアを喰ったことを、魔王が気が付いている頃だろう。僕様はお前を体内に取り入れる。そうすれば魔王を殺せる力を手に入れられる。もう第一のボスなんて肩書じゃない。本物の自分になれる!」


 そうか。まあ自分を取り込んだ如きで魔王を倒せるとは思えないが、もうラピアには対抗手段がない。大人しく喰われるしかない……のか……。と、奴の腕を注視していると、何やら気になるものを持っていた。


 「あなた……それ……」


 「これは、お前と一緒に誘拐した女の服だよ。奪ってきた。代わりに花嫁衣裳を置いた。あの女は僕様が世界を牛耳った後に、この僕の最初の花嫁にするのだから」


 聞き終えて、少し間をおいて、大きく息を吸い、馬鹿にするように笑った。


 「何がおかしい」


 「馬鹿ですわ。筋金入りの馬鹿。ここまでのお馬鹿さんだとは思いませんでしたわ。可愛い所があるじゃないですか」


  虚仮にするように、侮辱の意味を込めて、笑い転げる。


 「あの子は勇者ですわ! まだ勇者になって三日程度ですが。私が異世界から召喚したアイフルという名前の勇者ですの」


 絶体絶命の窮地だと言うのに、臆することなく言い放った。


 「なんだと……あの子は女の子じゃないか」


 「そこまでおっしゃるなら、ベッドにでも連れ出して確認したらいかがです? 確かに上半身は女の子ですけど。ふふふ、あははははっ」


 君の悪い笑い方にブネの三つ首が唖然とした顔になる。仁王立ちして動こうとしない。何やら表現し辛い恐怖を感じている。冷や汗が垂れていた。何やら小言を口ずさむと、明後日の方向へ駆け出して行ってしまった。さて……。


 「そこに隠れているのでしょう。出てきなさい。アイフル」

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