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第20話 第一のボス

 アイフルは何やら先ほどの不満そうな顔をして、勇者たちが走る方向である神殿へ走っていく。これでいい。彼女のレベルで敵う相手ではない。例えシャルハ、エーデル、スティルルの三人がいても勝機はないだろう。相手のレベルが高すぎる。


 もう勇者は殆ど残っていなかった。勇者たちは勝てないと見るやすぐさま逃げる。ゲームでも勝てない相手が序盤に出て来る瞬間はある。そして、それをスルーしてもう一度強くなって帰って来る。これが定石だ。逃げる選択は概ね正しい。ただし、この世界はゲームじゃない。


 辛うじて戦意のあるブネに刃を突き立てて、攻撃魔法を浴びせていく。しかし、全て分厚い皮膚に弾かれて大したダメージにならない。狂鳥の息吹が冒険者の武装を燃やした。ラピアはその勇者の頭上に魔方陣を展開して、上から多量の水を落とす。火消が完了した瞬間にその勇者は逃げて行った。


 このまま破壊行為を見過ごしては、この町が壊れてしまう。待っていれば最上級女神がやって来ることだろう。だが、勝てなくとも誰かがこの場を食い止めなくてはらなない。誰もその役をしないなら、一応女神であるラピアが相手をするしかない。


 頃合いだ、もう誰もいない。ラピアはゆっくり歩きながらブネに近寄って行った。


 「ブネ。もうお止めなさい。もう十分でしょう。本当に女神との全面戦闘になりますよ」


 ブネは日頃は極めてお喋りなのだが、話かけても返事がない。


 「ブネ。聞こえていないのですか? 引き上げ時ですよ。もう勇者たちの心はへし折れています。十分、役目は果たせたでしょう」


 心に訴えかけるように言葉をかけるのだが、聞き入れてもらえない。暴れる行為は終わった。しかしブネは直立不動になったまま。三つの顔は目を瞑ったまま動かない。


 「ブネ?」


 「もう嫌なんですよ」


 遂に口を開いたかと思えば、何やら咽び泣きそうな声だった。


 「これパワハラですよ。第一のダンジョンのボスなんて。毎日毎日、腹が立つ言動を繰り返す勇者が俺の洞窟を襲ってきて、倒しても倒しても終わらない。倒されたって明日には俺が復活する。復活に魔力を喰われるから、元の強さを発揮できない」


 いや、確かにそうかもしれないけど。そんな事を言っては駄目だろう。


 「どいつもこいつも女の子とイチャイチャしやがって。女の子と手を繋いだり、少し怪我をしただけでお姉さんみたいな人に慰めて貰っているし。何でこんな惨めな気持ちにならなきゃいけないんだよ。こっちは休みなく毎日勇者を倒すブラック企業、向こうは女の子との楽しい楽しいお遊戯会。理不尽だぁぁぁぁ!」


 「そんなに追い詰められていたなんて。分かりました、私が魔王様に申請して、ポジションを変えて貰うように打診してみますから。今日は帰りましょう」


 ラピアの声を聞く耳を持たない。狂鳥が大空へ向かって黒炎を巻き上げ、腕を民家に叩き付けて破壊した。何度も腕を打ち付け粉々にしていく。そして、力一杯大空へ声を張り上げた。


 「女の子とイチャイチャしたいんじゃーぁぁぁ」


 「分かりました。女の子と手を繋ぎたいんですよね。ほら、私で良ければ握手くらいしてあげますから」


 ラピアがお得意の営業スマイルで右手を差し出した。名刺交換をする会社員のように腰の低い体勢で。これには興奮したのか太い腕を伸ばして来た。サイズが合わないので、とりあえず三本指の真ん中の指を握る。


 「そうだ。誘拐だ。この町にいる女性を全て誘拐してしまおう。そうすれば、いくら異世界から勇者が召喚されようとも、下手なイチャイチャを見ずに済む。この町の女性は……」


 言葉を言い終える前にフライパンが飛んできた。ブネの足元に落ちる。ラピアとブネの目線がフライパンを投げた元の人間に集中する。そこには勇者アイフルがいた。眉間に皺が寄っていて、両手には料理包丁を持っている。背中には無数の武器を背負っている。


 「逃げたのでは?」


 「お前みたいな無能を置いて逃げられるかよ。使えそうな武器を拾っていただけだ。勇者は民家から何でも盗んでいいんだよな」


 その優しさは嬉しいのだが逃げて欲しかった。魔王の関係を知られてしまっては面倒だ。


 「そんな武器で倒せるわけがないでしょう。弓はどうしたのですか?」


 「さっき他の勇者が戦っている時に私も何本か打ち込んだけど、毒矢も含めて全く効かなかったの。コイツのHPは全く減らない。だから、弓は置いてきた」


 弓で勝てないのならば、どんな武器を持ってきても無駄だ。平らなフライパンを投げつけて倒せる相手じゃない。何やら考えがあるような面をしているが、ステータスに絶望的な差がある以上は、アイフルに勝てる見込みはない。


 「おおおお嬢さん。こんにちは。初めて見る方ですね……」


 どうやらブネは勇者とすら思わなかったらしい。何やら恥ずかしそうな顔で、アイフルに向かって話しかける。アイフルは勇者として転生させた以上は男なのだが、見た目は完全に女性。それも前世から選んできた美少女だから。


 厭らしい目で嘗め回すようにアイフルを見渡す。ドラゴンは美女好きが多い、というのを聞いたことがある気がするが。アイフルの容姿が随分と気に入ったようだ。目がハート型になっている。随分と隙だらけだ。


 「なあラピア。コイツってこの世界ではどれくらい強いんだ?」


 話しかけてくるな、と思いつつも仕方がないので返答する。


 「第一のダンジョン『オフィーリア』の洞窟のボスを担当している魔王直属幹部の一人です。しかし、今の状態は第一のボス如きの力ではない。魔王戦の直前に現れるこの世界でも最強クラスの魔物ですよ」


 褒められて嬉しいのか、後ろ髪を掻きむしりながら、朗らかな笑いをしている。アイフルは眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をしていた。自分が勇者とすら思われておらず、敵として認定されていないことは察しがついたようだ。エンカウントの表示が空中に出ない。


 「お嬢さん。どうです? 僕と一緒にその……洞窟に行ってみませんか?」


 コイツ誘拐する気だ。頭を爪で優しく摩りながら歩み寄っていく。思ったよりも下手な誘い方というか、素人のナンパみたいなやり方なのだが。もっとワイルドに女の子を攫って行くかと思いきや、そんな甲斐性はないらしい。恥ずかしそうにモジモジしながら、顔を赤らめている。さっきまでの暴れ回る最上級魔物の威厳は何処にもない。


 「分かった。だが、他の村の連中には迷惑をかけるな。攫われるのは私とコイツだけだ」

 

 え? 私も? ふと横を向いてしまう。


 「何を考えているのですか?」


 「魔王の幹部なら知っている情報も多いだろ。上手くいけば魔王に会えるかもしれない。そしたら、元の世界に帰る方法を聞けるかも」


 いや、相手は極悪非道な魔王の幹部だ。誘拐されたら何をされるか分からない。そもそも、魔王に会える保証はない。そしてアイフルは魔王から何故か嫌われている。少なくとも好印象ではない。何やら物騒な事も言っていたし。今の段階で魔王に合わせるのも面白そうだが、本当に魔王に瞬殺されても困る。


 何より勇者を鍛え上げて、魔王を倒す作戦から大幅にズレていく気がする。


 「え、でも……僕はこの町の女性を全て……」


 「担いで帰れないだろ」


 今から誘拐される女性の態度ではない。腕を胸の下で組んで、真っすぐな目をしている。相手は最強クラスの魔物なのだが、一歩も引けを取っていない。実力差は歴然なのに、臆することなく立ち振る舞う。まるで本当に勇者のようだ。


 「そうでした。村の娘を誘拐するのは定期的にすればいいか。分かりました。じゃあ……まずは……お姉さん方だけで……」


 何やら勝手に話がまとまったようだ。ブネは鼻の下を伸ばしながらこっちへ歩いてくる。おい、本当に私も誘拐する気なのか。アイフルは初見だろうが、私は魔王城で何度も顔を合わせているだろう。確かに今は女神として活動しているが、本当に誘拐するつもりか。困惑しているとぬっと腕が伸びて来た。


 アイフルとラピアはブネの両手に身体を捕まれる。次の瞬間に翼竜の翼がバタつき、空中へ舞い上がった。痛みがないように優しく掴んでくれている。何やら厭らしい目をしているが……いや、恥ずかしがって腹部しか触れないといった表情だ。コイツ、ただのスケベ野郎じゃない。もっと恥ずかしい何かに感じる。


 コイツに相応しいあだ名があった気がするのだが。チェリー。あぁ、しっくりきた。民家の屋根の高さを超えて、あっさりと雲の上を突き抜ける。ブネの浮上スピードは一切遠慮が無かったので、身体が浮いたような感覚があった。マチルダを上空から拝めるなど滅多にない。貴重な体験だ。こんな状況でなければ嬉しかったかもしれない。


 町の人へ汚名返上は出来ただろうか。アイフルは自己犠牲により町の平和を守った勇者だ。あの場にいた人間が、ラピアだけだったというのが腹立たしい。結果的に魔王の軍勢の進撃を食い止めたのだから。これはギルドと交渉して特別報酬間違いなしの案件だろう。あの町の住民からは感謝して貰って然るべきだ。


 折角ならば、仲間となった三人にも同行して欲しかった。いざ、ブネがアイフルに牙を向いた時に盾がない。今の状態のブネは、ラピアでも勝てるかどうか怪しい相手だ。このままさらわれることに不安はあった。何よりライフルに魔王と関係が繋がっている事が発覚してしまう危険性が増える。ブネが口走る可能性が大いにある。


 「どうしてこんなことに……」


 「うわ、高い! 高い! きゃぁぁぁ!」


 絶叫するアイフルに言葉も出ず、ゲッソリするしか出来ないラピアだった。

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