第19話 ブネの復活
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アイフルと合流する頃合いになった。時刻は朝日の昇る明朝である。今回は初めてラピアがアイフルのお供をしていない。果たして上手くいくのだろうか。不安に思う気持ちを抑え、彼女を迎えに行く。ギルドに行くと椅子に座っているアイフルを見つけた。机の上で腕を組んで、頭を埋めている。昼夜逆転に馴れていないのだろう。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「失敗した。もうこれ以上にないくらい失敗した」
今日は朗報が聞けると思っていたのだが、どうにも上手くいかなかったらしい。下を向いていたのは眠いからではなく、落ち込んでいるからだったのか。半笑いになりながら、薄ら笑いをしている。
「何があったのか正直に教えてください」
「さの三人がどのクエストに行くかで大喧嘩した」
まさか、もう魔王の元へ行く決断をしたのか。まだレベルが足りない、調子に乗るなと再三言っておいたのに。いくらあの三人が多少は才能に恵まれていようと、魔王に勝てると思うのは勘違いである。RPGにおいてレベル差は絶対的な概念。相性も油断も戦術も、全てを上回る概念がレベル差だ。気持ちの持ちようや戦術だけで圧倒的実力の差は埋まらない世界だ。昨日の揚羽蝶はラピアが勝てるか、勝てないか、ギリギリのラインを用意したまで。冒険を進めるは早すぎる。
「トラブルメーカー達ですわね。喧嘩の原因は魔王の城へ向かうかどうかですか?」
「違う。それは……三十分くらいかけて私が説明した」
何という時間の無駄なのだろう。もう少し生産性の高いことをして欲しい。
「喧嘩に理由なんてないよ。吸血鬼は餓鬼だと言われて怒り狂って、狼女は飼い犬って言われて大暴れして、殺人人形は……なんか最初っから怒っていた」
なるほど、理由などないと。ただ全員で無駄な時間を過ごしていたと。『冒険者被害者の会』なんて集まりをしていたのだから、少しは仲が良いと思っていたが。
「あの三人。仲が悪いことで有名だったみたい。ギルドの受付の人から聞いた。三人ともコンプレックスの塊。その上、シャルハはプライドが高い、エーデルはやる気がない、スティルルは空気が読めない……」
町の中でも大暴れ。全員が魔法をぶっ放し、爆発音による器物破損と騒音被害を巻き起こす。凄まじい金切り声で罵り合い、火花を散らす。アイフルには仲裁出来る実力はない。マチルダの自衛組織が武装して出てきてプチ戦争が勃発。吸血鬼に人狼に殺人人形なもんだから、簡単に魔物と誤解された。そして、怒りの対象は警備の人間たちへ。見事に返り討ちにしてしまい、もう収集がつかなくなった。朝方になったので三人は隠れ家に帰ってしまい、取り残されたアイフルは今まで散々な注意を受けていたという。
最初に泊まったお爺さんの言葉が……ここで理解出来た。窓ガラスを割った時からあの三人が倫理観に欠けることを理解すべきだったかもしれない。
「今まで悪いことしてきたから罰が当たったかな」
「でしょうね。ザマアありませんわ」
半笑いで馬鹿にするように、舌を巻いて言い放った。
「おい、慰めろよ。ここは労う時だろ」
「開始二日で職務放棄とか、筋金入りのニートですわね。呆れましたわ」
「アイツらに言えよ……」
問題はアイフル自身にもあるだろう。簡単に言えば舐められているのだ。馬鹿にされているのである。彼らはアイフルの戦力に期待していない。個々が優秀なので勇者の存在を軽んじているのだろう。
普通の取り巻きなら、勇者を賛美して崇め奉るような人間が多いのだが、元は魔物の血統である為にそういう思考が薄い。あの三人に勇者は必要だが、正直誰でもよく夜中に冒険してくれるなら誰でも良かったのだ。前回の揚羽蝶戦で少しは見直してくれていると思っていたが。
「毒矢を放っただけでは、誰も認めてくれなかったようですね」
と、口に出さずとも彼女は理解していたらしい。悔しそうな顔つきをしている。少しは自信がついていただろうに、見事に打ち砕かれてしまった。ラピアとしては棚から牡丹餅である。これでアイフルの心が荒んでいけば、闇落ちする時期も早まるかもしれない。しかし、やはり一日を無駄にしたのは単純に悔しい。
「まあ落ち込んでいても仕方がありません。今日は眠って明日頑張りましょう」
「お腹減った」
「働かざるもの食うべからず……。はい、はい。嘘ですよ。そんな事は言いませんから。ちょっと今日は私も疲れました。何か美味しい物を食べましょうか。こうも昼夜逆転すると食事する時間も考え物ですね」
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「逃げろ! 街中で怪物が暴れている!」
落ち込み気味に下を向いて歩いていたアイフル。その肩を支えながら歩いていくラピア。早朝なので空いている外食店などない。困ったなぁと考えていると、何やら騒ぎ声が聞こえた。アイフルが顔を上げる。その先には逃げ惑う人々の姿があった。『マチルダ』は魔王城から最も離れた安全な町。しかも強力な結界が張り巡らされている。そう簡単に敵の侵入を許すはずが……。
「おい、あの魔物の顔って今朝、どこかの勇者が倒したって言って、自慢していた奴じゃない」
「えぇ、そのようですわね」
奴が完全復活を遂げていた。首より下部が復活しており、ほぼ無くなっていた魔力も回復している。第一のボス『三つ首龍:ブネ』。勇者が切り落とした鬼の顔、更に肩から狂犬と狂鳥の首が生えている。そこから下は橙色のドラゴンの姿で、強靭な鱗と蝙蝠のような翼をもつ。
「どうして魔王の幹部がこんなところへ!」
「倒した生首が突然光ってあの姿になったんだ!」
「並みの勇者じゃ歯が立たない! 誰かもっと勇者を呼んで来い!」
彼方此方から悲鳴に似た声が飛び交う。人々が逃げ惑う中、ラピアは冷や汗をかいていた。
(しりあーい!)
知り合いなのである。魔王城にいた頃に何度か話をしている。ラピアと仲が良くも悪くもないが、世間話をする程度の関係だ。生首を見た瞬間は『アイツ、何やってんだろ』くらいの気持ちしかなかった、街の中で暴れ回るとは思わなかった。
昨日の夜に三馬鹿が大暴れしたことで、魔王の軍勢による侵入への気持ちが敏感になっている。その上で追い打ちのようにこの件が起きた。町の人々が恐怖の声をあげて逃げ出している。勇者たちが武器を持って突進していたが、全く歯が立っていない。ボロ雑巾のように薙ぎ払われていく。蹴飛ばされ、炎で焼かれ、壁面に叩きつけられていく。
「待たせたな!」
第一のダンジョンにてブネを倒した勇者が颯爽と現れる。取り巻きの美女たちも一緒だ。人々を守るこの瞬間に悦に入っている所悪いのだが、お前が死体を持ち帰ったせいでこうなっているよなぁ! お前のせいだよなぁ!
「また倒せばいいだけの話だっ! くらえ!」
その勇者は自信満々と言った表情だった。それは当然。このBOSSを実際に倒しているのだから。しかし、周囲の魔術師の恰好をする美女が張った結界は、簡単に崩壊する。火の球はあっさりと弾かれ、勇者の剣は龍に当たった瞬間にへし折れた。
「なんで! たかが第一のボス如きにこの僕が」
勝てるはずもない。おそらく通常状態のブネではない。魔王城での戦闘はいわばBOSSラッシュだ。今まで倒してきたボスが全て強化状態で出現する。このブネはいわば、最終決戦直前の強化状態でのブネ。第一のダンジョンをクリアした程度の勇者が相手になるはずもない。
(でも何で? 魔物は魔王を倒さない限り何度でも復活するから、まあ生き返ったのは不思議じゃないにしても、どうして強化状態で蘇生したのでしょう)
と、思考する内にとあることに気が付く。もしかして……。
一斉に勇者たちが群がって刃物を突き立てるが、全て皮膚が無効とする。狂犬が勇者の武装を食いちぎり、凶鳥が放つ黒い炎によって町が燃やされていく。勇者たちは泣きながら逃げ出すものが後を絶たない。最終決戦前のブネを倒せる勇者など、この世界に果たしているかどうかも怪しいのだから。
「おい、ラピア。逃げないのかよ」
アイフルが彼女に問いかける。それにラピアは笑顔で答えた。
「えぇ。私は逃げませんわ。私のことなど捨て置いて構わないので、あなたは逃げてください。勇者ではないのですから」
曖昧に誤魔化したが、本当は動揺していた。このままブネが「あー、ラピアさん。ちぃーす。どうしたんすかー」などと口を滑らせれば、スパイ活動が発覚してしまう。ブネがスパイ作戦の概要を知っているとは思えない。だってコイツが暴れている理由はラピアの為なのだから。
~ラピアの予想~
「ブネよ、聞こえるか」
「魔王さま、ご無沙汰してます。どうしたんすかー」
「あぁ、悪いんだけど、ちょっとマチルダで大暴れしてくれる? 勇者とか皆殺しにする感じで。フルパワーモード解禁したから。あぁ、特別ボーナスだすよ~」
「マジっすか! え、でも、あのマチルダって最初の町だから、神殿とか多くて最上級女神とかいる所ですよね。暴れると本気で全面戦争になりません? だから今まで第一のダンジョンまでの侵攻で様子見していたのに」
「あーちょっと事情が変わった。愛すべき女が、どこかの人間とイチャイチャしているらしい」
「え、魔王様の不倫相手っすか!」
「ちょっと声が大きいって。そんな言い方しないで。でも、私を差し置いてラピアたんとイチャイチャするの許せないんだよ。勇者殺しきったらもう帰っていいから」
「あー、じゃあ勇者だけ殺せばいいんですね! 最近アイツら調子乗ってたし、仕返ししたいと思ってました! 了解で~す!」
~終わり~
魔王はアイフルに対して明確な悪意を持っていた。あの意味はよく分からなったが、間違いなく不快な気持ちを持っていた。例え女性であろうとも、勇者と一緒にいることが魔王的には気に入らなかったのだろうか。
「あーっと、逃げてくださいまし」
ラピアの心臓は激しく鼓動していた。これは本当にマズい状況だ。




