第18話 世界の真実
天空の城の中には顔を知らない天使が多く存在した。神様と一緒に歩くと不思議そうな顔をされる。神様の容姿を初めて拝んだ。ご高齢で髭が雑に生えており腹部にまで達している。服装は真っ白な礼装で、背中には白鳥のような羽が生えている。白髪のロングで所どころ髪が跳ねている。歩き方は年寄りそのもの。ヨタヨタと壁に手をつきながら歩いている。
あまりに見てられないので、肩を貸した。大層嬉しそうな顔をする。こんな威厳のない奴が神様だったとは。この世界の覇権を握る為に殺してやろうと画策していたが、一気に殺意が失せていく。周りの天使たちも神様を敬っている感じが一切しない。
「君は……転生者だろう」
神様は肩を支えて一緒に歩くラピアに問いかけた。あまりに不意打ちだったので、一瞬反応が遅れる。どうして分かった。判断残量など無いはずなのに。
「どうして……」
「私も転生者だ。この世界にやって来て、先代の魔王と戦って勝利をおさめた。勇者として勇ましく戦ったよ。あの頃は一緒に冒険してくれる仲間もいなかった。住民は怯え切ってしまい、全ての国民の心が折れていた。今よりも深刻だった」
とある広いガレージに辿り着く。腰を摩りながら木製の揺れる椅子に座った。ラピアは即座に椅子の前に立ち腰を屈めて頭を下げる。そんな姿を見て神様は大きく首を振り、ラピアの顔を両手で触った。そんなことをしないでくれ、とでも言いたいようだ。
「先代の魔王は容赦がなかった。平気で住民を殺す奴だった。私は仲間が必要だったので、転生魔法を使ったのだよ。まず私の弟を転生した。一番信頼している家族だったから。そしたらどうなったと思う?」
威厳の無い男と言ったが、今は違う。魔王のような派手な威圧感はない。しかし、どこか灯のような消えかかった魔法を感じる。無色透明な色合い、穏やかな話し方。儀礼として畏まった挨拶やお礼の品など考えていたラピアが、話を切り出せずに目の前にいる老人の言葉に耳を傾けていた。
「弟様も勇者に?」
「いいや。弟は先代の魔王に寝返った。あんなに優しい人間だったのに、極悪非道な人を人とも思わない人間に変貌した。最後は魔王に裏切られて殺された。弟曰く、私も元はこんな性格ではなかったらしい。勇者などとは程遠い臆病者だったと」
性格の逆転、特技の逆転、あの世界とこの世界は、全てが反比例する。
「容姿などのある程度は此方で設定出来るようになった。技術の進歩だよ。まあ君はそれを使わなかったようだが」
はっ、と心がざわつく。アイフルに容姿の変更を施さずに転生させたことを知っているのか。
「報告書など無意味だ。私には全てが見えている。君が考えていることも全て知っている」
心を読まれているのか。アイフルを育てて闇落ちさせ、魔王を殺した後には神様の命まで狙っている。この世界を牛耳ろうとしている。そこまで……。神様はラピアを見てにっこり笑った。殺される為にこの場所に呼ばれたのか、計画はバレていたから。自分から懐に飛び込むなど、まるで自分から罠にかかった鼠だ。
逃げるか……逃げきれない。絶対に無理……。殺される……。
「そういえば質問だったね。ちゃんと答えるよ。君は私にきっと、異世界から召喚した人間を送り戻す方法がないか、これを尋ねに来たのだろう。勇者アイフルがこれを望み、君はそれを知っておきたいと思っている」
全て言い当てられた。もう何もかも知られていると思った方がいい。質問の内容など、誰にも相談していない。あの魔王にすら話していないのだ。アイフルにも取り巻きの三人にも、他の女神にも天使にも、誰にも言っていない。それを奴は質問する前に、内容が分かっていた。
神様にとって女神は私物も同然。手のひらの上で泳がされていたのか。
「結論から言うと出来るよ。私の共に戦った仲間は何名か向こうの世界に帰った。ただ、同じ人間として新しい赤子の命になるだけで、死んだ人間が生き返ることはない。勿論、この世界で戦った記憶も無くなる」
今すぐ殺されると思い、涙を堪えて胸を握りつぶし、苦しそうに下を向いているラピアに対して、彼女の腕を優しく摩った。まるで落ち着くように促すようだ。
「大丈夫。私は君に何もしない。質問に答えたいだけなんだ。勘違いしないでくれ」
その言葉が本心だと直感的に理解できた。これも神様の能力なのだろう。恐る恐るラピアは顔を上げると、本当に優しいご老人の顔をした神様がいた。
「戻れる……古谷愛としての復活は難しくとも、あの世界に帰れる……」
「奇妙な研究結果があるんだ。向こうの世界から転生する場合は性格が反転する。だが、此方の世界から無能の世界に戻ると……性格は変わらないんだよ。記憶はなくとも、まるで魂に刻まれているかの如く同じ容姿と性格になるんだ」
……何をおっしゃっているのか、よく分からなかった。怯えるラピアを神様は優しく頭を撫でる。本当に敵意はない。しかし、何だろう、この得体の知れない恐怖は。目の前にいる老人に対しての恐怖じゃない。この世界の構造そのものへの。
「この世界の女神たちは元気がいいだろう。大半は私が転生させた。気が荒んでいる子、両親に愛されなかった子、理不尽な思いをした子、自ら命を絶った子。そんな可哀想な子供を此方の世界へ呼んだ」
確かに女神たちの性格は明るい。待遇に不満があるなら大きな声で文句を言い、偉そうな態度を取る奴も多い。集団行動が出来ており、一人前に理不尽を嫌がる。
「そんな女神達にいつか向こうの世界に帰るように言おうと思っている。今度は楽しい人生が送れるように」
そんな言葉を聞いて、自分の事を振り返った。女神の素質がある人間の条件について。神様は転生してきた別世界の人間だった。私も魔王が召喚した異世界人である。他の勇者を召喚している女神も転生した個体。つまり……。
「転生してきた人間にだけ、誰かを転生させる権限を持つ……」
「頭がいいね。ラピア……良い子だ。魔王に召喚されようが、君は立派な女神だ。私は君のアイフルへの愛情も知っている。君は自分で思っているよりも、素晴らしい女神なんだよ」
それは違う。私はアイフルを利用する為に呼び出したのだ。自分の手駒にして魔王と神様を殺す道具にする為に。だから理不尽なクエストを用意した。彼女を精神的に追い詰める真似をした。戦わずに引き籠る彼女を部屋から叩き出した。
「魔王を倒してこの世界を変えなさい。君なら世界を変えられる……」
「神様。ご無礼を承知で一言だけ生意気なことを言わせてください」
声が震えていた。こんなことを口走るのは間違っている。そんなことは分かり切っているのに、どうしても声が出てしまった。泣きながら、苦しみながら、胸の痛みを堪えながら、叫ぶ。
「何を持って不幸なのですか? 性格が悪いってどうやったら証明できますか? この世界にきた人間は性格が反転しているだけです。心が浄化された訳でも、何か特別な才能に目覚めた訳でも、ましてや幸せを掴み取った訳でもない。ただ、反転しただけ……」
その証拠に何人もの勇者が召喚されているのに、皆戦うのを止めている。誰も魔王討伐の偉業を達成していない。つまり以前の世界に彼らはそんなに悪い人間でも無かった。そう考えられないだろうか。
まるで反転前の自分が駄目な奴だったと言われているようだった。転生する前は生きる資格がないから、コッチの世界に来て優秀にしてやる。そう言われているみたいだ。
「引き籠っていても、イジメられていても、何の才能がなくても、何の努力をしていなくても、理不尽に殺されてしまったとしても……それでも、人間は素晴らしいでしょう。神様はその方法で人々を救えるのかもしれません。この世界から出て行けば、さぞ優秀な人間として、二度目の人生を送れるのでしょう!でも……でも……」
「ラピア。優しい子だね。僕なんかより、よっぽど優しい。分かっているさ、こんな救済の仕方は間違っている。僕も心が痛いんだ。自分が間違っていると、いつの時代か思うようになった。だから女神達に勇者召喚を任せるようになった」
転生前を否定しないで欲しい。転生する前がどんな人生でも、それは……無条件に賞賛されるべきもの。そうではないのか……と……。
「ご無礼なことを言いました。申し訳ありません」
「この心理に辿り着いたのは、僕と君だけだ。君の向上心はそこまで素晴らしいものだった、ということさ。僕は魔王を倒せる可能性をここに見出している気がする」
気が付いた。神様も泣き出しているのだ。苦しそうに声を出して泣いている。
「僕も家に帰りたい。両親に合いたい。弟に合いたい。神様になって、何でも自分の思い通りになって、前の世界の人間を救済をする真似事なんかしてみたけど、それでも何も心は満たされない。この世界は紛れもない地獄だ。見た目だけ美しい者が蔓延る世界。こんな何もかも反転した世界に本物の美しさはない」
いくら魔物を倒しても、才能を振りかざしても、異性に囲まれても、幸せになっても。その全ては偽りに過ぎないのだ。
「殺してくれ。もうこんな世界で生きていたくない。いくら気持ちの良い成功を収めても、空虚しいだけだ。神様になっても退屈なだけだ。もう私は……帰りたいんだよ」
彼が引き籠った理由は女神のストライキが原因ではない。彼は自分の犯したエゴに耐えられなくなった。本当の原因はここにあったのだ。全てを分かった上で項垂れる神様を目の前にラピアは首を振る。
「駄目です。神様としての役目を果たしましょう。魔王討伐までは生きていて貰います」
「……そうか。そうだな」
「それから、私はこの世界を出ていきたいと思っていません。この世界の全てを手に入れるまでは。前世の記憶もありませんから、未練もありません。私は自分自身の為に戦います」
そう言うと、神様の手を振りほどき、元来た道へと歩き出した。良い情報が聴けた。神様に素性がバレてしまったが、まああの様子では大平に言いふらしはしないだろう。
何より……幸せになりたいと思った。




