第16話 過去の記憶
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三人とはすぐに別行動となった。朝日が苦手な彼らだ、すぐに隠れ家に帰ってしまう。アイフルも眠そうにしていたのだが、もう一つすべきことがある。ギルドに行ってクエスト達成の報酬と、納品をしなくてはならない。
受付の人からは大層驚かれた。今まで誰も手を付けなかった禁断のクエストを初回で成功させたのだから。報酬は極めて高い。倒した芋虫の数も多かったので、なかなかの金額を稼ぐことが出来た。
「眠い。アイツらと冒険すると私の生活は昼夜逆転する……」
「まあその辺は諦めましょう」
宿屋に戻り部屋に帰ると、アイフルはシャワーを浴びてすぐに眠ってしまった。ラピアは椅子に座り髪飾りを落として長髪に戻ると、魔方陣からお馴染みの水晶を取り出した。その透き通る鏡面の中にとある人間の姿が見える。
「ご無沙汰しております。魔王様」
「ラピアたん! ラピアたん!」
魔王は……筋トレの途中だったらしい。スポーツジムのような場所で両腕でダンベルを交互に持ち上げている。魔王城のイラストが描いてある真っ黒なタンクトップを着て、ハーフパンツを履いている。あぁ、腹が立つ。白いタオルで顔を拭くと、爽やかな笑顔を見せた。
「ラピアたんとイチャイチャしたいな」
「あーはい。本題に入ってもよろしいでしょうか」
茶番に付き合う余裕はないのである。呆れ顔をしながら寝ているアイフルの方を振り返る。
「勇者の育成は順調ですわ。紆余曲折はありましたが、仲間も手に入れて、冒険を進めています。これから魔王様の手先として役に立つように成長させてみせますわ」
まぁ勿論、口から出まかせなのだが。とにかく気がかりになっている事を問わねばならない。
「魔王様。折り入って質問があります。よろしいでしょうか」
ランニングマシーンに乗り込んで走りながら笑顔で首を縦に振る。
「以前に吸血鬼の少女と接触したご経験はありますか?」
「シャルハのこと?」
名前までズバリ的中させてしまった。一瞬だけコッチを見て、またニコッと笑う。
「本当に可愛らしいお嬢さんでした。頭をナデナデするとすぐに『大人扱いしろ』って怒るんだよ。気品高い一族だからそういう教育を受けているんだろうね。僕としても彼女とは仲良くなりたいのだけど、今は何をしているのかな」
殺意が芽生えるまで恨まれているとは全く思っていないようだ。また会いたいなぁ、なんて能天気なことを口走っている。
「次に獣人族の女の子です。毛並みが紫色で大狼に変身する能力を持つ……」
「エーデルのことかな。あの子には優しくしたんだよ。犬小屋を僕が自前で作って寝かせてあげて、リードを飼って一緒に散歩もしてあげたんだ。リードを噛み砕いて僕から逃げ出してしまったのだけど。大狼っていうのは分からないけど……もしかして彼女に合ったのかい?成長した姿が見たいなぁ」
その犬扱いに不服を申し立てて、殺したいと思われているぞ、とは口が裂けても言えなかった。
「最後に殺人人形なのですが……紅い給仕メイドの恰好をしているスティルルという女の子なのですけど……。きっと姿形は変わっていないと思われますが」
「うーん。知らない」
彼女のことは覚えてもいないようだ。だが、ここでマシンの電源を切って魔王が立ち止まったの?肩に垂らしていたタオルで汗を拭く。この姿だけを見ると、イケメンの実力派社長にしか見えない。まあ実際は愛の深すぎる優男なのだが。
「それよりも大丈夫? 何かセクハラとかされていない? 女神って勇者から何の遠慮もなく痴漢されるって聞いたけど……」
「ご心配頂いて有難いですわ。しかし、ご覧ください」
奥のベッドで寝ているアイフルの姿を水晶に映し出す。疲れ切って眠っているアイフルを見て、魔王は……目を細めた。
「女の子を異世界から転生しました。元は女の子なので……」
魔王の顔色が変わっていく。憤慨しているように見えるが。右手に持っていたタオルを握り締めた。今までの魔王らしからぬ朗らかな顔は消えた。雷が迸る。
「あの……魔王さま? 女の子ですよ?」
「いや、そんなことはいいんだ。ソイツ……いや、僕の見間違えか。ラピアたん……何でもない。こんなことが……」
最初は怒りきった表情を見せたが、少しずつ落ち着いていく。
「ラピアたん。僕は君を愛している。これは本心だ。だから、君の事を思って言う。ソイツは捨てた方がいい。別に勇者を召喚してもいいんだ。でも、ソイツは駄目だ……」
よく分からない反応である。魔王の直感というものだろうか。似合わぬ真剣な顔つきに驚きを隠せない。顔つきが苦しそうだ。こんな焦っている魔王を見たことが無い。何が魔王をここまで動揺させているのか、ラピアには不可解であり不穏に感じる。
「あの……」
「どうしてソイツを……いや、寧ろこれが運命か。なるほど、偶然にしてはあまりに出来過ぎている。こんなのあんまりだ」
「魔王様?」
「ラピアたん。ソイツを苛め抜くんだ。勇者なんてどうなってもいい。遠慮せず地獄を見せてあげなさい。もし僕の前に彼女が立ちはだかるなら、きっと僕は今までにないくらいに残虐に奴を殺す。肉片一つ残さずに殺す。生まれてきたことを後悔させ、次に転生したことを後悔させる。今までの人生の全ての罪過を抱いて殺す」
今までに見た事のない本物の魔王の威風だった。その場にいた全員が魔王の前に平伏し怯えている。何匹か気絶している魔物がいるくらいだ。雷の音が顕著に聞こえるようになった。窓の外から轟音が鳴り響いている。魔王の逆鱗だ。
「ラピアたん。魔王城に帰ってきて欲しい。ソッチの陣営のスパイ活動なんて僕は必要ないと思うんだ。それよりもラピアたんの精神と安全が何より大切だ」
優しい声に変わった。心から心配する声。それを聞いて……ラピアは笑顔を向けた。
「いえ、もう少し自分で頑張ってみます。大丈夫ですわ、私はこう見えても強いですから。いざとなったら自力で逃げられますし。それに……頑張らせてください」
「分かった。でも、これだけは分かってほしい。僕は君が大好きだ。君を守る為なら何だってえするから」
初めてかもしれない。魔王様自ら通信を切った。不可解な気持ちを抱えつつも、水晶を魔方陣に隠し、自分も少し寝ようと思いベッドに横になる。そして……。
自分が転生した時のことを思い出していた。
魔王に転生して貰った。元は別世界の人間らしい。だが、アイフルや勇者と違って前の記憶がある訳ではない。いや、意図して魔王様から記憶を消されたのかもしれない。魔王様に過去の自分のことを聞いても、『本が大好きな地味な女の子だった』としか教えて貰えなかった。
魔王は自分が持つ魔法の全てを教えてくれた。魔王はどんな食べ物も用意してくれた。魔王はどんな服でも買い与えてくれた。魔王に見えなかった。誰かを愛しているだけの優しい人にしか見えなかった。何か裏があると心の底で思っていたが、それでも魔王に裏切られたことはない。
全面的に愛されていた。君はこれから幸せになるんだ。転生した最初に言われた言葉が頭を離れない。消えて無くなってくれない。
「アイフルが羨ましいですよ。どんなに恥の多い人生でも、誰かと過ごした記憶があるのですから。何も覚えていない苦しみが貴方に分かりますか?」
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あの三人と会う前にギルドに向かっていた。まだ、第一のダンジョンであるオフィーリアに向かうのは早いと思う。今日までレベルアップをして、数日後に次の町に入るまでの洞窟へ向かう予定だった。しかし、昨日のクエストで十分お金も経験値も溜まったようにも感じる。用心すべきか、無理をすべきか。
ラピアは基本的にアイフルに苦しい思いをして欲しいので、今日からオフィーリアに向かってもいいのだが、本当に死んで貰っても困る。利用価値があると分かった以上は育てていきたい。昨日のように極端なクエストを知っている訳ではないから、今日は普通の初心者が受注するような簡単なクエストでいいと思う。だが……。
ギルドに向かう途中の通り道でラピアはアイフルに向かってこんなことを言った。
「アイフル。今日のクエスト、私は同行しません」
「え、来ないの? なんで?」
基本的に女神は冒険を一緒にはしない。何かしらの方法で監視して上に報告するだけだ。後ろにいるラピアが最後にはどうにかしてくれる、逃がして貰えると思われても困る。
「引率は昨日までです。次の町に行く場合は同行します。でも、そろそろ貴方も自分でクエストを選んで自分で受注する訓練が必要ですわ。今日は自分で自由に冒険してください。補助輪は終わりです」
「うーん。分かった」
RPGの知識がない彼女が自分勝手にやったら失敗も多いことだろう。だが、それでいい。いつまでも一緒に冒険は出来ないのだから。そろそろ水晶で彼女の活躍を覗くだけにすべきだと考えていた。今日は向かいたい場所もある。
「ねぇ。そういえばラピアって女神なのよね」
「そうですよ」
「女神ってよく知らないのだけど、神様みたいな物でしょう。何か守っているとか、何かを祭っているとか、そういうの無いの?」
少し驚いた。まさかアイフルからこんな質問が来るとは。神学的な知識には興味がないと思っていたが、いや前世と考え方が逆転しているなら、そういう内容に興味を持って当然か。
「邪悪の女神と呼ばれていますわ。人の悪意を司る邪神としての女神。人の悪意や絶望、狂った感情や邪な愛を司っています。人間の負のエネルギーを祭っているのですわ」
「分からん」
分からないだろう。だが、状況的に判断できることもある。彼女から召喚されたことにより、アイフルに陰のオーラがついた。女神ラピアの加護により、魔物に近しい仲間達が集まったのだから。
「女神の仕事ってなに?」
「女神それぞれで千差万別です。何もしない女神もいますね。私の場合は女神として日が浅いので、勇者の監視などという雑用を任されています」
雑用なのかよという顔をしたが、実際に雑用なのだ。誰が好き好んで人間の相手などするものか。




