第15話 蝶との決戦
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人海戦術、数の多さで圧倒する。一匹一匹は弱かろうとも数が多ければ、それなりに苦戦する。いくら一斉に攻撃する魔法を持っていようとも、多人数を切り裂く剣撃を持っていようとも、それを数で上回る。このクエストはギルドに張り付けてない闇に葬られていたクエスト。
おそらく初心者殺し。人間は調子に乗った瞬間が一番弱くなる。
「しまった。もうMPがない」
今まで散々、大規模な魔法を連発していたロり魔術師の魔法が底をついたのだ。冒険というのは節約が基本。武器も防具も薬草も消耗品だ。準備を万全にして、余りを計算しなくてはならない。しかし、初心者はその確認が疎かになる。
「ポーションとか持ってきてないの?」
「馬鹿者! 吾輩を誰と心得る! 誇り高き吸血鬼たる吾輩がそんな矮小な小道具に頼るなど」
訳の分からない言い訳をするうちに怪物が空から舞い降りる。花畑の半分を覆う程に巨大。今までのカラフルな芋虫たちと違って真っ黒な色合い。羽だけが虹色に輝いている。触覚は渦を巻いており、口から長いストローが伸びる。目の色は真っ白で遠目から見たら綺麗に映るのかもしれない。しかし、十分に接近している四人には気色悪い物体だった。六本足に生える毛が鎌のように鋭い。
初心者が戦うにはあまり理不尽。更に今までの長きに渡る戦いでの消耗が、疲労として加算される。ラピアは把握していた。このクエストは成功確率0%。達成者なしの攻略不能クエスト。芋虫を倒して糸を持って帰るまでなら、誰にでも出来る。だが、裏ボスまで攻略した人間はいない。挑んでも誰も帰って来ないから。
ラピアが小悪魔のような笑みを浮かべる。どこまでも想定内。ラピアの目的な初志貫徹している。アイフルにこれ以上ない苦痛を与えて、その絶望を持って最強の従僕とする。死んだなら新たな勇者を召喚する。さぁ、この難攻不落の壁を乗り越えてみせろ。
『エンカウント:失楽閻魔揚羽レベル30』
「馬鹿な虫けらだ。羽があるのに、地面に降りてくるなど愚の骨頂。切り刻んで二度と飛べない身体にしてやる」
殺人人形が両手の長包丁を持って突進していく。それを察してかアゲハチョウは羽を小刻みに動かし始める。この感覚をアイフルは知っていた。次に来る攻撃は鱗粉だ。どんな状態異常効果があるものか分からない。スティルルを置いて四人は大きく距離を取った。
巻き起こした突風が人形を襲う。見た感じ色が紫なので毒効果がある鱗粉だろう。しかし、魔力で動く人形に状態異常は効かない。まず、右の触覚を切り落とした。しかし、アゲハチョウは逆風を巻き起こして後方へと距離を取る。羽を折られることへの警戒心があるようだ。
アイフルが弓袋から矢を取り出す。すぐそばにいたシャルハが驚愕の顔を浮かべる。アイフルが今日で飛躍的な成長をしたとしても、相手とのレベル差は20以上。図体が大きいから攻撃は当たるやもしれないが、矢が当たってもダメージは雀の涙だ。
アゲハチョウが飛び上がる瞬間を狙って矢を打ち込む。しかし、奴が飛び上がる瞬間の風に煽られ、矢は地面に落ちた。当てることすら出来ない。奴が空高く舞い上がる。しかし、逃げ出したわけではない。上空から鱗粉を巻き散らすつもりだ。
この場にいる誰も奴にレベルが上回っていない。囲われて一斉攻撃でも受けない限りは絶対に負けない相手。それでも奴は警戒を怠らない。上から鱗粉を巻き散らし、毒や麻痺で殺す。どこまでも狡猾で用心深い相手だ。
「さぁ、どうしますか? アイフル」
「取り合えずこれ。ギルドで貰った初回特典のポーション」
後ろで頭を抱えていたシャルハにポーションを手渡す。シャルハは自信を取り戻し勢いよく前に出た。マントを翻し、自慢気に笑う。
「これで吾輩の形勢逆転だ! 調子に乗りよって虫の分際で! 火葬してくれるわ!」
「おい、シャルハ。戻れ、お前は休憩だ」
勢いよく飛び出して行ったので転びそうになる。驚いた顔で後ろを振り向き叫び返す。
「勇者殿! なんで! 吾輩の出番だろうに!」
「我慢よ。貴方の魔法が通じなかった負けが確定する。切り札は取っておきたい。帰り道もあるし。エーデル、昨日の夜みたいに大きな獣になれる?」
今までエーデルは全く活躍していない。芋虫に素手で触りたくないと、ただアイフルの傍で嫌煙していた。呼ばれたことに驚いて慌てて振り向く。
「それはいいけど、私の跳躍でもあの距離までは……」
「大丈夫。私を信じて」
エーデルの様子が変わった。遠吠えをした瞬間に肌の毛が生え変わっていく。身体の筋肉が増幅し、剛毛が全身を覆う。一瞬にして四足歩行の大狼へと変身した。ステータスも大幅に変わる。この湖が月の見える位置にあったのが幸いだった。
その場にいた全員が思う。行き当たりばったりじゃない。ちゃんと作戦を考えている。
アイフルはエーデルの背中に乗り込むと弓を構えた。と、同時に上から大量の鱗粉がこれでもかと振って来る。まるで豪雨のように。緑色なので眠り属性。即死はしないが、当たれば完全に動けなくなる必殺の一撃。
「走って!」
大声を合図にエーデルが駆け出す。神速によりあっさりと鱗粉の舞い落ちるスピードを追い越して、安全圏まで逃げきった。シャルハは逃げ遅れて直撃するかと思ったが、ラピアが自分を守る為に張った上空への防御壁の中に入って、一緒に難を逃れている。
スティルルが懸命に包丁を投げ上げるも、風起しに阻まれて届かない。漆黒の羽が嘲笑うかのように上下する。ラピアはアイフルの顔色を窺っていた。諦めていない、まだ勝利を模索している目だ。ここまで圧倒的に殺されかけているというのに。
昨日まで部屋で泣いていただけの雑魚のくせに。
アゲハチョウはアイフルに的を絞ったみたいだ。しつこく上空から追い回し、上から鱗粉を落としてくる。それをエーデルが駆けまわることで軽々回避していく。綺麗に咲いていた花々が軒並み踏み荒らされていく。
ラピアから敵をよく観察するように習った。そこで発見した法則がある。奴は風を巻き起こすのと、空を飛び回ること、鱗粉を上から落とすこと、これらを同時には出来ない。行動を起こすには一回ずつ静止する。空を飛び回りながら鱗粉を落とすことはしない。これを見て、アイフルはすっと空気を吸い込んだ。そして、大声を放つ。
「エーデル! スティルルを拾って、私と一緒にあの蝶へ投げろ! タイミングは奴が空中で動いている隙だ。出来るだけ顔を狙って!スティルル目潰しだ!」
エーデルは駆け出していた。後ろの上空から揚羽蝶が追い回す構図。エーデルは待ち構えていたスティルルの首元を銜えると、すぐに方向転換した。揚羽蝶と向かい合う。そして、二足歩行を止めて立ち上がると、スティルルの背中の服を握って揚羽蝶を目掛けて投げ飛ばした。奴は咄嗟の行動は苦手だ。スティルルが向かって来ようとも、すぐに風を巻き起こすことは出来ない。
奴は進行を止めてもう少し高く飛び上がった。これだけでスティルルの斬撃を回避できる。せっかくの投石作戦も失敗した、かのように思えた。今度はエーデルがアイフルを投げつけたのである。最初のスティルルは囮だ。本当はアイフルの下手くそな矢の技術でも、十分に当たる距離まで近づけれればいい。放った矢が遂に揚羽蝶の腹部を突き刺した。
作戦成功。上空から真っ逆さまに落ちるアイフルをエーデルが両手で受け止めた。スティルルは一人で地面につき落ちたが。揚羽蝶は痛くも痒くもないという様子。レベルの差が20以上。臆するはずがない。
「ねぇ、一矢報いたのはいいけど、全然倒せてないよ」
「いいや。今の一撃で私たちの勝ちは決まった」
アイフルがやりきった顔でそう呟く。確かに揚羽蝶の様子がおかしい。身体をグネグネ動かして痛がっているようだ。矢の威力事態は大したことは無かった。確かにまるでダメージになっていない。しかし、あの矢には『毒』が塗っていたのだ。
「なるほど。お勉強した、というわけですか」
アイフルが揚羽蝶に向かって言い放つ。
「自分の得意技でぶっ潰れろ! まだ動けるだろうけど、もうこっちはリスクのある行動はしない。今度はお前が長期戦で苦しむ番だ」
数十分後……。
遂に揚羽蝶との追いかけっこに終止符がついた。毒が全身を回り、泉の上に墜落する。そのまま水の中に沈み塵となって消えた。倒すまでにかなりの時間がかかったが、これで大量のお金、落とし物、経験値が手に入る。二人が泣き顔でアイフルに飛びついた。歴史的大勝利だ。シャルハだけが凄く不満気だったが。
冒険者のカルテが更新されていた。一気にレベルが上がるアイフル。仲間達も最後の戦い後の経験値はそれなりに大量に入ったようだ。格上の敵を倒したのだ、得られる報酬は多い。お題だった糸も極上の物が手に入った。『虹糸』。滅多にお目にかかれない代物である。高値で引き取ってもらえるだろう。防具に利用する為に所持してもいい。
「早くギルドに帰ろう! 換金しよう! お肉食べ放題だ!」
「私はもっと強い敵と戦いたい……」
「鱗粉が効かないから囮として投げられていただけの人形が偉そうに……」
「あなた、何もしていない……」
「ふっ、吾輩は切り札だからな。というか、ここまで来る道のりはほぼ全部吾輩だっただろうがぁ!」
仲間割れさえも微笑ましく感じる。アイフルは自分が冒険者になった感覚を初めて感じていた。初日に無茶をしていなければ勝てなかった。数値としての経験値だけじゃない、この世界を生き抜くには学ぶことが全てなのだと。
「お見事、見事な勝利ですね」
「私たちを殺す気だったくせに……」
「買い被りすぎですわ。私は早く貴方に強くなって欲しくて少しお茶目をしてしまいました」
なんて言いつつも内心では、ちょっとやり過ぎたかもと思っていた。だが、乗り越えてくれたなら是非もない。倒すまでに時間がかかってもいい。負けそうになって逃げてもいい。全ての感動がいつか圧倒的な力の差に絶望に変わる。それもこれもスパイスだ。
「で、お喜びの所恐縮ですが、夜明けが近いです」
「「「なにぃ!!!!」」」
取り巻きの三人が急に大声を張り上げる。夜は絶好調の彼らだが、朝には弱い。狼女は寝てしまう。殺人人形も急激に魔力が弱まり動けない。吸血鬼に至っては太陽の光を浴びるのは命の危険である。
「あーごめん。二度と長期戦はしないわ」
アイフルが苦笑いするのを横目にラピアが懐からカードを取り出した。
「脱出用アイテムです。一気に『マチルダ』まで帰還できます。今度から冒険に出る前に、持ち歩きましょうね。これも勉強です」




