第14話 祝福の花園
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真夜中。日が完全に落ち美しい月の光が照る。アイフルの町の入り口に5人は集合していた。似合わないながらも弓兵の恰好をするアイフル。いつも通りの黒いドレスのラピア。伯爵のようなタキシードを着た魔術師シャルハ。女の子っぽい服を着ている剣闘士エーデル。そして、エプロンを前に装着したメイド姿の剣士スティルル。ここにパーティが結成した。
昼間にギルドで貰った冒険者カルテに三人の名前を書いていく。そして、三人の名前を書いていく。最後にそれぞれの指と重ねると、彼女たちのステータスも表示されるようになった。大喜びする三人。手を繋いで目一杯ジャンプした挙句に、三人で手を繋いで輪を作り、クルクルと回り出した。なんだろう、この小学生の引率を任された気分は。
「良かったですね。仲間ができて」
「ラピアはこれ、しないのか」
「私は女神ですから。パーティには加わりません。これからも後方から応援させて頂きますよ」
さて、行き当たりばったりで集まったメンバーだがお手並み拝見だ。とはいっても、アイフルの経験値としては足手纏いだろう。勇者を戦力外として、この三人がどれほど動けるか。
「簡単なクエストを受注してきました。今日はこれをします」
ラピアに手渡された紙切れに全員が不平不満を垂れ流す。
「吾輩たちは魔王を撲殺する為に結成したのだ。三下を相手取る余裕などないわ!」
「えーもう、今日で次の町に行く気持ちだったのに」
「我々に遠回りなど不要。前進あるのみ」
呆れ顔でアイフルの方を指さす。三人が一斉に後ろで弓をひく練習をしているアイフルを見た。そして、何か重大な事を見落としていたことに気が付く。
「そう。アイフルはとってもレベルが低い初心者です。下手に強い敵に遭遇して一撃でやられてしまったら、貴方たちも終わりなんですよ」
死ぬことはないだろうが、また三人で効率の悪いレベルアップと勇者探しをすることになる。また、最初の町に逆戻りだ。舞い込んだ絶好の機会を一次のテンションで捨て去るのかと。
「い、いかん。そうだった」
「そっかー。まずは経験値を稼ぐところからかー」
「ご主人様のレベルアップが最優先。不本意だが承知した」
経験値は分配性だ。誰が魔物を倒しても四人に均等に分配される。ここに勇者の名前が入っていると、経験値やドロップアイテムの希少性が格段に上がる。
「ですから、今回はなるべく敵を多く倒せるクエストを受注しました。今日は我慢の雑魚狩りです。諦めてください」
最初の気分の上がり様はどこに行ったのか、三人は少し落ち込んでいる様子である。しかし、アイフルはそんな仲間の顔を見ることもせず、弓の練習に勤しんでいた。樹木に的を描いた紙を張り付け、弓を射る。なかなか命中しない。深呼吸をしてもう一度狙うも明後日の方向へ飛んでいく。
「素人であるな。遠距離での攻撃なら吾輩がいるので、弓など不要である」
以前のアイフルなら突っかかってきそうな発言だが、これも無視。振り返らずに真っすぐ的を見つめている。
「まあ、そう言わずに信じましょう。彼女はきっと素晴らしい勇者になりますよ」
「当たった!」
何本か放ってようやく木製の安っぽい矢が的に命中した。少し嬉しそうな顔をするも仲間たちは項垂れていた。いつまで待たせるんだ、という顔である。
「ごめん、ごめん。それじゃあ行こうか」
「改めて受注した魔物の討伐任務を説明します。今回はシンプルにこの地に住まう芋虫退治です。属性は問われません。倒した際に必ず落とす『糸』の納品がメインですね。なるべく大きいサイズを狙ってください」
えー、という落胆の声が響き渡る。アイフルは以前に苦戦をしたが、芋虫など戦うにも値しない無視して然るべき相手。ただの雑魚を永遠と狩るなど、好奇心が全く上がらないだろう。しかし……。
「人の話は最後まで聞きなさい。そして、その芋虫たちを生んでいるクイーン。『大アゲハ』の羽を持ち替えると、追加報酬が上がります。まあ昨今の勇者は序盤に時間をかけないので、こういう地味なクエストは受注しませんが、いわばこの平原の隠しボスを攻略が隠し報酬となっています」
このクエストはギルドに貼ってあった物ではない。ラピアが個人的に持っている女神でも知らない裏ルートで手に入れたクエストだ。芋虫から回収できる糸を欲しがる人間はいるが、大アゲハの羽を魔道具として利用したい人間は少ない。価値を知らないのだ。
麻痺、毒、催眠。これらを誘発する極めて危険度が高く上質な魔道具。故に入手も困難。隠しボスは伊達ではない。特に状態異常の危険性を把握しておらず、薬草不足に陥れば本気で死ぬ。生まれたての芋虫たちの養分になる。
「分かった。吾輩がその塵虫を退治してくるから! お前ら雑魚の相手を任せた!」
「嫌だよー。僕だってその強い奴と戦いたいよ」
「殺戮だ。親だろうが子だろうが、全て抜け殻にする!」
腕を掴み合って足の引っ張り合いをしている。スタート地点でチームはバラバラだ。勇ましいのは結構だが、肝心の冒険者が気乗りしていない。弓を見つめて何か思い詰めた顔をしている。
「雑念は捨てなさい。討伐クエストなのですよ」
「雑念じゃない。ラピア、相手は魔物だし動くし、避けるよね」
そんなこと確認するような事柄ではない。
「私の弓はきっと当たらない。それは町を出る前から分かっていた。だから、昼間のうちに、ちょっと対策を用意してあるの」
そんな茶番に付き合う余裕はない。どうせ幼女三人組が敵を抹殺する。その時に発生する経験値を分けて貰えば今日の所はそれでいい。さして気にも留めなかった。
少し歩いた所に綺麗な花畑が存在する。甘い蜜に誘われて多くの魔物が出現する。ある物は花を踏み荒し、ある者は花に擬態する。そして、ある者は隊列を組んで人海戦術を取る。
「装甲芋虫!!」
そこに現れたのは以前に戦った奴とは違う。全員が白と黒の唐松柄の色合いをしており、右手に横に長い剣を、左手には丸い鉄製の盾を持つ。奥には何匹か騎士のような仮面をつけている奴もいて、隊列を組んで一列に並ぶ。
「この前の奴より……レベルが少し高い……」
アイフルは以前の恐怖が蘇った。毒と麻痺の粉を撒く。怒りを持って突進してくる。そんな奴らの習性を理解していたから。一番先頭にいた芋虫たちが一斉に列をなして突進してくる。遂に戦いが始まった。背中の弓袋から取り出すにも時間がかかりもたつく。奴らは相変わらず詰め寄るスピードが速い。
「マズい。ここは一旦引いて……」
と、叫び終わる前に突進してきた芋虫たちは、地面から生えた鉄の柱に串刺しにされて、血祭になっていた。月明かりに虫の亡骸が黒く映る。鉄柱が消えると同時に打ち上げられた芋虫は灰燼となった。一瞬にして全滅である。
アイフルの後ろで紅いマントを翻し、気高く笑う者がいた。手を静かに肩まで上げて、指を鳴らす。すると、芋虫たちに火の粉が降り注ぎ、あっという間に燃え広がっていく。逃げ出そうとするも、装甲が重く幅を取り、隊列を組んでいたせいで身動きが取りにくい。片足を失って地面を這いずりながら逃げる一匹のみをアイフルはゆっくり撃ち抜いて倒した。
「50匹は稼げたか」
金髪の幼女、サイズの合っていない大きなハットを被り高笑いする。何度も言うがまるで様になっていない。可愛らしい印象しか残っていないが、魔術師として実力が高いのは本当のようだ。ラピアも安堵した顔をする。彼ら血統や努力は本物のようだ。勇者さえ隣にいれば十分に冒険をして役に立つ能力を持っている。
「たかが芋虫程度に我が魔術を披露するとは、いささか納得がいかぬが、初回だし我慢するとしよう。これでは真打にも期待は出来ないな」
アイフルのレベルやステータスが一気に上昇する。雑魚とはいえ複数匹を同時に倒せた。そして、アイフルはレベルが極めて低い。これで一気に成長を狙える。
「うえーん。芋虫を引っ掻きたくないよー」
獣人族が泣きごとを言って動かないのに対し、殺人人形はいつの間にか花々の中に入り乱れて、今回のクエストとは無関係の魔物まで切り刻んでいた。蟷螂や鼠までも粉々になっていく。
「兵隊がいたということは、女王がいる道だということです。やはり花が生い茂る場所に巣を作りますか。さぁ、夜が明ける前に急ぎましょう」
その後も芋虫の軍勢が襲ってきた。今度は麻痺や眠りの粉をばら撒く種類も出て来たが、命中しないよう距離を取り、遠距離での炎の球で粉砕していく。活躍しているのは魔術師一人だけだ。残りのメンバーはただ歩いているだけ、という状況になりつつある。最初のダンジョンだ、相手が弱くて当たり前なのだが、こうも雑魚ばかりだと飽きてきてしまう。
「おっ、宝箱が落ちているよー」
「こっちには武器に使えそうな石も落ちていますね。アイフル、拾っておくのもいいですよ」
未開拓な地域というのは本当だった。誰かが攻略した形跡が全くない。最初のダンジョンで遠回りするような奴がいないのだろう。それか帰還者がいないのか。シャルハ、エーデル、スティルルの三人は勇者を待たずしてどんどん先に進んでしまう。視界からいなくなって数分後に慌てて駆け足で戻って来るを繰り返している。おまけに敵も倒して来るので、アイフルの出番はない。勝手に経験値だけが積みあがる方式だ。ラピアの思惑通りである。
「簡単なクエストでしたね。まあ、アイフルの命を保証しつつ、経験値を稼げるので、今日の目的としては十分ですけど」
奥に進むに連れて花々の大きさが巨大になっていく。現れる芋虫も巨大化していくのだが、その程度では形成は逆転しない。火達磨にされる結果は変わらない。あまりに順調過ぎる。この延々のループがまるで罠に感じるぐらいに。
「魔物は何度でも復活する。……命を惜しまない……もしかして……」
遂に花園の最深部に到達した。大きな崖が聳え立ち、透き通った水の流れる綺麗な泉がある。咲いている花の匂いが芳しく、心が乙女になってしまいそうな華麗な地。『祝福の花園』。そして、上空から奴の羽ばたく音が聞こえた。黒い影がパーティを覆う。




