第13話 過去と決別
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決着は呆気なかった。何か信念めいたものがあった訳ではない。古谷愛は、勇者アイフルは結局のところあの部屋から追い出される事が怖かった。このままラピアに見捨てられる恐怖に耐えられなかっただけだろう。
不満げな顔、納得していない表情。そして泣きはらした顔。
「いい表情ですこと」
「おはよう、眠れなかった。夢にもお前が出てきそうだったから」
「そんな能力はありませんよ」
ラピアは朝食を用意して待っていてくれた。まあ店の人が用意してくれたものだが。なるべく日本人の味覚に合うように、目玉焼きにベーコン、食パンが並んである。身体の震えは収まっているが、少しだけ下を向いている。目の下のクマがよりハッキリ見える。
「勇者になる覚悟は出来ましたか?」
「なるよ。魔王を殺さないと、家に帰れない。私は家に帰る。その為に戦うんだから」
本心だろうか。精神が逆転して自分の汚点と向き合いつつも、元の世界に戻りたいと本心から損得感情なしで言っているなら見上げたものだ。いや、ただ自分の言葉を取り消せないだけか。
「いいでしょう。あの三人に関しては? 不採用ならそれはそれで良いと思いますわ。必然的に昼夜逆転となります。夜に冒険することは禁じられていませんが、相手は魔物です。必然的に夜の方が強いです。そんなリスクを負いたくないなら……」
「いいよ。採用で。勇者の登録が終わったら少し寝るわ。そいつ等と合流したら、またあの芋虫がいる草むらに行きましょう」
それだけ言い残すと敗れた服を抑えながら食事の席に座った。目が虚ろになっている。反省なのか、絶望なのか。まあ感情が入り乱れているのだろう。
「今まで忘れていたのに、アイツの顔を思い出した」
「自殺した女の子のことですか? 昨日は煽り過ぎました。今更後悔しても仕方がないでしょう。自分も死んだのだから、まあこんなものかと思いなさいな」
「もしアイツが死んだ後に、この世界に飛ばされていて、私の顔を見たら……」
「そんな不安は大海原に捨ててきなさい。それより前に、勇者という職業は魔物に殺される可能性もあるのですから」
水晶は過去の映像は映し出せない。だから、イジメられていた女が何者かは分からない。イジメの内容も仲間たちの電話で聞いた程度だ。詳しい事情は知らない。怒り狂った理由の一つでもあり、それに乗じて脅しの材料で使ってみたが、不適切だっただろうか。
まあ冷静に考えてこの世界は彼女にとって地獄だろう。この世界の魔物は本気で人間を殺しに来る。捕食、栄養補給、実験、狩猟、娯楽の為に。ゲームの世界だから楽しいのだ。それが現実になれば、それは耐え難い恐怖に変わる。平和な世界に生まれた人間に、この苦痛が耐えられるだろうか。そして魔物は不死身である。殺されても魔王が生きている限りは、何度でも復活する。
「武器は何にしますか。もう優秀な人材は揃っています。前衛の格闘家、中距離戦の剣士、遠距離を得意とする魔術師。あとは補助の役割を果たす回復薬が適役と言えるでしょうが、このパーティには必要ありませんし」
吸血鬼は魔物を殺す最中に体力を吸収する。獣人族は元々から一秒間の回復速度が尋常じゃない。殺人人形は体力ゲージがない。死の概念がないので、魔力を供給できれば何度でも戦える。
「回復役に意味はない……」
「それでも冒険者は必要です。最初はお飾りで、戦いながら戦術を見出してもいいと思います。まだ三日目、焦る必要はありません」
アイフルはようやく食器に手を伸ばした。パンを片手で持ち、千切って食べ始める。美味しそうな表情はしないが、何度も口に入れている。
「ちょっと試したい武器がある」
目玉焼きにフォークを突き刺し、口の中に入れた。
「これ何の卵?」
「サラマンダーです」
「養殖しているのか!」
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ギルドに向かうと昨日と同じ面子がいた。受付の女性から悲鳴のような声があがる。昨日は大語で怒鳴りつけ、ギルド長を呼び出して騒ぎを起こした。そりゃあ一日経って戻ってきたのだから、記憶には新しいだろう。今日は初めからギルド長がカウンターの前で待ち構えていた。
周りの冒険者も苦い顔をしている。ラピアは把握していたが、実はこのマチルダという町で少し有名になっているのだ。冒険者には男しかいない。それなのに少女にしか見えない容姿。そして、勇者契約に失敗し「元の世界に帰る」という印象的な言葉を残して出ていった。
あの場にいた別の冒険者たちにも思う部分があったようだ。自分と同じ境遇の人間が、そんな考え方になっている。新鮮であり信じられない光景だったはずだ。
「昨日はすいませんでした」
アイフルは誰に命令されるでもなく、ギルド長の前に行き頭を下げた。抑揚もない、反省している様子とも見えない、それでも謝礼をしたのである。ラピアはすぐに駆け寄った。
「召喚酔いですわ。この世界に来て日が浅いので混乱していますの。寛大な心で許してあげて頂けますこと?」
ラピアは彼女と肩を並べて一緒に頭を下げた。ギルド中から驚愕の声があがる。もう何が起きているのか分からないといった表情だ。女神が人間に謝礼するなど、天地がひっくり返ってもない。まして頭を下げるなどあってはならない事だ。ギルド長の苦笑いが、不安気な顔に変わった。
「お止め下さい。女神様。私が叱られます」
「それではアイフルに初心者用の武器と防具を支給くださいな。あと、冒険者登録を済ませてください。それから資金と毒に効果のある薬草を支給頂けるんですよね。手短にお願いします」
ラピアの営業スマイルを皮切りに、その場にいた職員が慌てて動き始めた。カウンターの裏でドタバタと動き回る。差し詰めアイフルを『女性だから冒険者じゃない』と思っていたのだろう。昨日の受付がスムーズじゃない理由はそこにもあった。近所の頭のオカシイ女がクレームを言いに来たと思われたのである。
「おい。これ、初めからラピアが横にいて一緒に受付をしていたら、昨日の段階で上手く登録出来ていたんじゃ……」
「まぁ、酷い。勇者の登録くらい一人でして下さいな。子供じゃないんですから」
「ははは。傷つくわー」
冒険者のカードを手渡された。そこにはHPとMPと書かれた棒線と、レベル2という表示。アイフルの写真が張り付けてある。職業欄にはしっかりと『冒険者』と書かれてあった。
「おめでとうございます。これで冒険者ですわね!」
そんなラピアの声を無視してアイフルはギルド長に向かって声をあげた。
「武器は……『弓』でいこうと思う」
その声を聞いて少し安心した。遠距離戦なら危険度は少なく、防具も重い物を身につけなくていい。当初の考え通りだ。今のアイフルには落ち着きがある。最良な選択に感じた。
「ハンドボールをやっていたからさ。遠くからの攻撃が得意だと思うんだ」
一緒にするな青二才がと思ったが、理由は何でも真面な選択をしてくれたのは有難い。あの三人とも被っていないので丁度いいと思う。初心者用の木製の弓と、弓をひくのに邪魔にならない防具を貰った。防御力は低い目だが、軌道力に優れており走りやすい。
「馬子にも衣裳ですわね」
アイフルは今まで着ていた制服を畳んでラピアに預けた。
「ラピア。それは捨てといて。もういらない」
「いいのですか? 前の世界から持ってきた唯一の代物でしょうに」
「過去の自分と決別するの。こんなの持っていても前の世界には帰れない。弱気は捨てる」
ラピアはニッコリと笑い、目の前で魔方陣を展開して燃やして見せた。火柱が昇り、一瞬で制服はただの灰と化した。慌てるかと思いきや、そんなことはない。残った燃えカスを自分の足で踏んだ。
「もう私は高校生じゃないの。こんなものは必要ない」
力強くそう言い放った。




