第12話 邪悪の女神
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ラピアは鍵のついたドアを破壊した。アイフルを刺激すると思い遠慮していたが、そんな気持ちは消え去った。少し睨みつけるようにアイフルを見つめる。やはり眠ってはいなかった。ベッドの上に戻ってもいない。床の上で体操座りになり下を向いている。
そんなアイフルをラピアは鼻で笑った。
「何様のつもりですか? 勇者を諦めて悲劇のヒロインごっこですか」
アイフルの髪を無理やりに引っ張って立ち上がらせる。ラピアの様子が急変したことに気が付き驚いた表情をする。ラピアに筋力など全くないのだが、魔力で増強させてまで髪を引っ張ったのだ。
「痛い、やめて!」
声を荒げて抵抗する。ラピアが手を離すと、地面に両膝から崩れ落ちた。今までラピアは友好的だった。優しい女神様として献身的にサポートしてくれていたのに、今のラピアは本気で恐怖を覚える。信じられないという顔で、不気味に笑うラピアの顔を見上げた。
「ら、ラピア?」
「ここは魔王の軍勢と戦う世界。魔法が蔓延る世界など、いつの時代も弱肉強食が大原則。いちいち心が壊れた人間を、世界は救わない。役に立たないのなら、いっそ餌になりなさい。宿屋に賃金は今日までしか入金していません。あなたは追い出される。一文無しで外に放り出されたあなたが、いったい何になれるでしょう。奴隷として売り飛ばされるか、飢え死にするか」
「……ラピアっ」
「私のことはお気になさらず。別の勇者を異世界から呼んできますわ。今度はもっと有能な面倒のかからない子をね」
アイフルが情に訴えるように泣き出した。怒り狂って殴り掛かってくると思いきや、随分と見っとも無い姿である。学校制服が皺だらけになっていた。
「なんで、なんでこんな地獄に」
「私があなたを殺したからですよ」
背筋が凍りついた。アイフルは今までの悲壮感を脱ぎ捨てて、目が真っ白になった。
「あのトラックを投げたのは私です。貴方を召喚する為に、前の世界の貴方を殺しました」
ラピアの声は力強かった。まるで毒を浴びせるかのような声で。あっさりと自分が殺したと宣言した。全く悪びれる様子もなく、見下す表情で言い放った。
「殺された……殺しやがった……なんで」
「女神ですから。天罰ですよ。悪い子は殺す、そして異世界に放り込んで悔い改めさせる。自分の器がいかに矮小で、俗物にもなれない小粒なのかを分からせるために」
膝を地面につけて倒れ込んでいる古谷愛にゆっくり手を差し伸べた。
「女神の裁きです。ようこそ地獄へ」
今度こそ怒り狂って殴り掛かって来る。そう確信していた。自分を殺した犯人が目の前にいるのだから。包丁で刺し殺しに来るか、血反吐を吐くまで殴り掛かってくるか。アイフルはゆっくりと立ち上がった。下を向いて前髪で目線を隠し、何を思っているのか察することが出来ないよに。
「私は悪くない。私は何にもしていない」
「ほう。寝ている間に何を思い出していたんです」
「私は裁きを受けるような事は何もしていない! 地獄に落とされるようなことも!」
「それが人間の自己防衛本能ですか。そんな事を言うときだけは元気ですね」
ラピアはアイフルの頬を思いっきり平手打ちした。アイフルは受け身を取れなかったせいか、壁まで吹っ飛んでいく。
「痛いっ!」
「後輩への指導と言ってよくやっていたようですねぇ。たった一つの歳の差に拘るとは」
今度は持っていたナイフで彼女の着ている制服を切り刻んでいく。アイフルは短く悲鳴をあげた。
「いつもこの右ポケットにカンニングペーパーを忍ばせていたんですよねー」
ラピアが不気味に笑う。邪悪の女神が狂気を身にまとっているようだ。
「あぁ、思い出した。弟さんの財布からお金を盗んでいたようですね。勇者になる前から盗賊じゃないですか!」
声色だけは優しそうだが、発しているオーラは尋常ではない。真っ黒な煙のような姿をしている。アイフルはもう反撃する気など消え失せていた。身体の震えが止まらず歯ぎしりが収まらない。ようやく本物の女神を怒らせたのだと自覚した。
またも髪の毛を掴んだ。横から彼女の耳に口元を合わせる。そして……小声で言った。
「お友達……殺したんですよね」
凍り付くような狂気の言葉。アイフルはここで泣き出した。
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
懺悔の言葉、許しを請う姿。小刻みに震えて、咽び泣く。
「そんな顔をしないでくださいよ。謝るなんてらしくもない。貴方は悪くないのでしょう。あなたは裁きを受けないし、地獄にも落ちない」
アイフルは全力で首を横に振った。涙で顔が歪んで変わってしまうほどに。
「私は邪悪の女神です。貴方を召喚した女神。でも、勇者にならないなら、お前なんかいらない。捨ててしまいましょう。その無駄に高いプライドだけ持って幸せに生きてください。でも……そう簡単に幸せになれると思うなよ」
まるで悪霊のように、本気で神経を縮ませるような狂気の声だった。
「ふふふ。し・に・さ・ら・せ」
決め台詞の後、アイフルの方を一度も振り返ることなく、ゆっくりと階段を降りてくる。
真夜中なのに一階に電気がついていることに気づいた。食事を取るカウンターには先ほどの三人が息を呑んで座っていた。まだ家に帰ってなかったのか。確か名前はシャルハ、エーデル、スティルル。
「あの……えっと……」
「帰りなさいと言ったのに。ちょっと調子に乗った勇者を叩きのめしてきました。って、盗聴していたんですの?」
「ほら、吾輩。蝙蝠が色んな情報を運んできてくれるから」
「うぇーん。私は獣だから耳が良いんだよー」
「悪鬼羅刹、大魍魎。貴様、邪神であったか……」
ラピアは魔物として戦ってきた場合は精神操作を得意としていた。恐怖にて相手を支配して、使役する。相手の負の感情を増幅させ、意のままに操るスペシャリスト。かの魔王が愛した、全ての魔物を従わせてきた狂気。
「怒っていたのは本気ですけどね。こんなに早く上下関係をはっきりさせる腹積もりではありませんでしたが、まあ致し方ないでしょう」
これで明日の昼間で引き籠っているならそれまでだ。これ以上の助け舟は出すべきではない。宿屋にお金を払って部屋を借り続けることなど造作もないが、それではアイフルの為にならない。何より彼女の精神は以前とは違う。転生した際に精神は反転しているはずなのだ。以前の彼女を全否定する形にはあるが、それでも今のアイフルを信じよう。
「それにしても、殴り合う気持ちでいたのですけどね」
「いや、反撃できんだろ! あんなの!」
「ふむ、そうですね」
これでも手加減した方なのだが、と言いたい。今のアイフルなど全力を出せば三秒で丸焼きに出来るのだから。そう考えつつも当初の自分の計画を思い返していた。
元の世界で優秀な人間を召喚→駄目人間降臨→異世界に順応出来ずに心が疲弊→闇落ち→ラピアの魔法で負のエネルギーを爆発させ最強のモンスターに→神様も魔王もやっつける→この世界を我が物に。
この計画は色々と崩壊した。まず、ラピアは元の世界でも大して素晴らしい人間ではなかった。だから、こちらの世界では有能なのかもしれない(まだ実力を見れていないが)。これだとこの世界に順応してしまいそうなのだが、今の所は全く馴染めていない。うーん、闇落ち……どうだろう。
「まあ、集まったメンバーがメンバーですし、心の持って行き方によっては魔王は討伐出来るかもしれませんね」
それも、これもアイフル次第。駄目なら別の手段を講じるまで。




