第11話 衝撃の真実
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『冒険者被害者の会』はまだまだ諦めていない。落ち込んで塞ぎ込むラピアを他所に様々な作戦を模索していた。あの部屋に引き籠った勇者を部屋から出すために。
「よしでは彼女の見える位置で楽し気なパーティを開こう。壮大な音楽を響かせ、盛大な宴を催し、彼女もきっと踊り出す」
「予算がない、却下」
「ずっとご飯食べてないんでしょ。廊下でBBQをしよう。お肉の甘い匂いにつられてきっと」
「宿屋に迷惑がかかる、却下」
「人間は恐怖によって支配される。この私がドアを破壊し部屋に入り、彼女にそれはもう残虐な恐怖を……」
「これ以上ややこしくするな、却下」
様々な方法を模索するも逆効果になりそうな案しか出ない。真夜中なのでラピアは眠いのだが、残りの三人はそれはもう元気一杯である。アイフルはどうやったら部屋から出てくるか談議で大盛り上がりだ。そろそろ騒音騒ぎで近所から苦情がでると思い、三人を宿屋から連れ出した。
噴水のある公園で、木製の長脚に腰をかける。綺麗な月明かりに照らされて、三人は立ち上がって力一杯声を張り上げ会議に花を咲かせていた。外の空気を吸うと落ち込んでいた気持ちが幾分かはマシになった。
あの世界の日本という国では異世界転生は誉だという噂を聞いたことがある。今いる現実から抜け出すことに至高の喜びを感じ、新しい人生を知恵を持ってやり直せるというのは、どう考えてもお得だと思う。いくら前の世界が順風満帆だったとはいえ、あそこまで嫌がるものだろうか。
「女神殿。我々、はやりもう一度窓から三人で特攻して無理やり部屋から出します!」
「はぁ。でも、彼女は勇者の登録が済んでませんから、今日のうちはクエストには行けませんよ。上手くいって明日の夜からでしょうね。本当にうまくいけば」
「なんと……それでは日中になんとしても、勇者の登録をして頂かなくては」
果たして上手くいくだろうか。黒紫色の水晶を取り出し古谷愛のいない世界を見てみる。彼女の母親らしき人間が両手を目に当てて泣き喚いている。父親は意識が薄く明後日の方向をぼんやり見ている。彼女が亡くなった事実を受け止めきれていない。
「…………」
彼女には死んで悲しむ人間がいたのか。ずっと魔物や人間が死んでいく様を見て来た。造作もなく、何の気なしに死んでいく。そして、新たなる世界に転生していく。魔物は魔王が生きている限りは何度でも復活する。だから生き物を殺すことに何の感情も無かった。誰かの死を悲しむ気持ちなど分からなかった。誰かを殺すことに躊躇したことなどなかった。
だが……不可解な点もある。
「誰も……いない?」
彼女はリアルに充実していた。友達が沢山いて、部活動で慕われていて、勉強も出来て、交友関係が深い人間だったはずだ。それなのに、まず弟は姉の死を悲しんでいない。携帯ゲームをしながら笑いこけている。物心ある歳のはずだが。葬式に友人など一人も来ていない。担任教員だけだろうか。クラスメートも部活のメンバーも携帯に登録されている友達も……誰も来ていない。
悲しんでいる人間など両親くらいだ。彼女の交友関係があった人間など誰も悲しんでいない。
場面を移して彼女の友人の姿を透視する。携帯で友人と通話をしながら楽し気に馬鹿話をしていた。古谷愛のことを悔やんだりしていないのか。ベッドに寝そべり、飲み物を片手に、蔓延の笑みを浮かべる。微かに声が聞こえた。
「死んでくれてよかったね」「アイツ調子にのっていたし」「天罰だよ、天罰」「神様は見ているだねー。アイツは本当に死んだ方がいいよ」「世の中って因果応報なんだねー」
ラピアの指先が痙攣するように震えだした。
「死ぬまで先生にカンニングバレなくて良かったね」「頭の良いフリが本当に気持ち悪かった」「勉強前にあれだけ遊んでいて、頭がいい訳ないじゃん」「授業中にボロが出るの、笑い堪えるのに必死だった」「あー分かる分かる」
気が付いたら涙が溢れていた。何の涙だか全く分からない。
「これで部活に出れなかった後輩が救われるよ」「マウント取るだけでレギュラーだったからねー」「愛って本当は運動音痴なのにね」「あれがレギュラーとか我が校の恥晒しだわ」「後輩への指導がもう滅茶苦茶だったし」「それでいて監督には媚びまくるの」「分かるー! でも立場の弱い顧問にはレギュラーにしないと殺すとか言っているの!」
右手で胸を押さえつけていた。苦しくて、苦しくて。嗚咽と吐き気に襲われる。
「完璧なフリっていうか、自分は特別ですーみたいな態度がねぇ」「本当に何様だって思ってましたー」「中学校の頃のイジメは酷かったねー」「あぁー分かる犯罪だよ、あれ」「私も愛に嫌われないように必死だったもん」「確かイジメられていた子って自殺したんだよね」「そうそう愛が殺したんだよ」「人殺しだよ、人殺し」「本当にアイツ死んでくれて良かったよ」
地球のために。
「なんですか、これ」
あの吸血鬼の言葉が蘇る。『彼女は本当に……弱いのか?』 いや、考えるべきは、そこじゃない。そこじゃなかった。正確には『前の世界のアイフルは本当に高スペックな人間だったのか?』である。
自分の我欲の為に不正を働き、自分の安寧の為に他人を蹴落とし、面倒なことを避ける為に強気な態度で悪態をつき、ただ声が大きくて偉そうで我儘だっただけ。本当の友情など彼女の中のどこにもなかった。賢くもない、運動神経もイマイチ、誰からも慕われておらず。陰では嫌われている。根性が捻じ曲がった正真正銘の……駄目人間。
「わ、私は……そんな……」
作戦は初めから失敗していた。完璧超人をこの世界に転生させたつもりが、相手はただの性根が腐った、偽りだらけの高スペック人間だったのである。
「いや、待て。じゃあこの世界に呼ばれた……アイフルは?」
性格は逆転する。精神は反転する。才能がひっくり返る。前世の知識や記憶を持ったまま。
「アイフルは優秀かもしれない。RPGの知識がないだけで、本当は凄い人材なのかもしれない」
では、どうして落ち込んだ、どうして引き籠った……。彼女の性格は以前とは違う。前の世界の性格が最低最悪だったのならば、コチラの世界の彼女は悪くないはず。当然、記憶があり、育ってきた環境がある以上は、転生してすぐ大幅に変更はしない。それはどの勇者も同じだ。この世界の常識に馴れていき、そのうちに性格が画一される。
「……お三方。今日の所は帰りなさい。本当にアイフルの仲間にして欲しくば、もう一度明日の夜に、あの部屋に来るのです。今度は玄関を通って」
ラピアの声は女神のようだった。今までの不気味な笑みを捨て、その顔は信念に溢れていた。目線は真っすぐ宿屋にいるアイフルの部屋に一直線だ。拳を腰の下で握りしめて、強く歯を食いしばる。
「ほう。女神殿。それで勇者をどうするおつもりかな」
「決まっていますわ。……二人っきりで殴り合ってくる!」
大声でそう叫びと夜道を走り出していた。走りにくい真っ黒なドレスの裾をまくり上げて。背をかきながら全力で宿屋へ戻る。この世で唯一の『邪悪の女神』の姿は完全に消えていた。そこには……ただ女の子を救いたいだけの女神がいたのだ。
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