第3話
故買屋に品物を持ち込んだ日のことだ。いつもの青年が買取とは違う話を振ってきた。
「そういや、余所から追われた盗賊団がこっちに来ているらしい」
ギクリとしたが、僕たちのことじゃないだろう。余所から追われたという部分が当てはまらない。
「あんたらも気をつけることだな。縄張り争いとかあるかもしれない」
そうだ。むしろこっちの方が問題なんだ。
僕たちの仕事と盗賊の仕事はちょうどかち合ってしまう。護衛していても倍以上の人数で襲われるかもしれない。
どうしよう。しばらく仕事を休むようにリーダーにいうべきだろうか。
休んで、盗賊団の好きにさせる。盗賊団が去ったころでもう一度仕事を始める。
危機感が生まれて上手く行くかもしれない。
どうするにしても、もっと情報が必要だ。青年に聞いてみよう。
「俺もまだ詳しい話は知らないけどな。どっかの洞窟を根城にしたとか聞いたぐらいだ」
洞窟、まさか、と思いながらも、笑い飛ばせない。
背中を冷たい汗が流れる。
盗賊団は三十人ほどの集団らしい。そして盗賊団が追われてきた方向が、村の方向と一致した。
どうしよう。
頭がぐるぐると回る。まさかとは思う。でも本当だったらどうすれば良いんだろう。
「おい、大丈夫か?」
大丈夫ではないが、大丈夫と答えるしかない。
青年からお金を受け取って、すぐに街から出た。急いで山小屋に戻る。
慌てて帰ってきた僕を見て、仲間たちが面を食らう。よかった、今日は皆揃ってる。
「どうしたんだ?」
聞いてきたばかりのことを説明する。皆の顔が強張った。
村の傍に盗賊団が居ついたかもしれない。最悪の場合、もう襲われてしまっているかもしれない。
怖かった。
皆の視線がリーダーに集まる。
「今回分の金はどうしてる?」
あ、そのまま持ってきてしまった。食料を買っていない。
そんなことまで忘れるほど慌てていた。
「ああ、いや、構わない。むしろそっちの方が都合が良い」
どういうことだろうか。
「まず、本当に盗賊団が村の近くにいるのか確認しよう。これはすぐにやる必要がある。本当に盗賊団がいたら、貯めていた金と今回の金で依頼を出そう。手持ちの金額じゃあ足りないかもしれないけど、追われてきた盗賊団なら賞金が掛かっているかもしれないし、溜め込んでいるお宝があるかもしれない。そういって人を雇おう」
「雇えなかったらどうするんだ?」
「国の兵士に頼むしかない。ただ、動いてくれるか微妙なところだと思う。動いたときにはもう村が襲われているかもしれない」
方針が見えてほっとする。
リーダーに任せていれば何とかなるかもしれない。
誰が様子を見に行くか話し合う。多人数で見つかったら大変だ。
何かあったときのために、リーダーは残ることになった。実働から二人、村の様子を見に行くことになった。
その間、僕たちは食料の残りを調べていた。お金を使い切ることになるかもしれない。何日分の備蓄があるか把握しておかなければならない。
村の様子を見に行く人を見送ろうと、山小屋の前に揃った。
皆の表情は硬い。リーダーもずっと何かを考えていた。
送りだそうとリーダーが口を開いた。
「はて、これはどういう状況じゃ?」
背後から突然声をかけられた。僕は悲鳴を上げて前に転んでしまった。
リーダーが振り向きざまに剣を抜いた。実働の人たちもそれに続いた。
地面を転がりながら背後を見る。黒髪を後ろでまとめた少女が立っていた。
少女は巨大な盾を背負っている。武器のようなものは見えない。いや、盾の背中の間に巨大な弓がある。
使い込まれた鎧を来た彼女は歴戦の雰囲気を醸し出している。
歯がガタガタと鳴る。震えが止まらない。這いつくばって皆の後ろに移動する。
「その容姿、バリスタ……! 大戦の英雄が何でこんなところに」
「だからその名はどこまで広まっとるんじゃ」
バリスタ……さん、は僕たちを見渡した。
「聞いていた人数と一致するの。とりあえず全員揃っておるようじゃな」
全員、緊張してバリスタさんの動向を見守る。
本当に大戦の英雄なら、僕たちが敵う道理はない。すぐに負けてしまうだろう。
「立ち寄った村から頼み事をされてのう。村から出て盗賊をしている連中を説得して欲しいとな。暇だったから受けたのじゃが」
村の皆が僕たちのことを思って頼んだのか。少しだけ緊張が解けた。
「とりあえず全員殴って寝かして村に連れ戻そうかと思っていたのじゃが、どうも様子がおかしいようじゃな。はて、どうしたものか」
バリスタさんの言葉にびくりと震える。
「バリスタさん、貴方は僕たちの村から依頼を受けてきたんですね?」
リーダーが剣を収めて確認する。仲間たちもそれに従って剣を収めた。
「金を受け取っていないから、依頼ではないかの。話を聞いてみると、村に食料を届けるためのようじゃし、怪我人や人死にを出しとらんようじゃから、殴って浚うぐらいはしても良いかと思ってな」
僕たちのやっていたことをちゃんと調べ上げていたらしい。
声を掛けてきたということは、殴り倒される心配はなくなったのだろうか。
いや、彼女なら正面からでも僕たち全員を殴り倒せるのかもしれない。
「なら、僕たちの頼みを聞いてくれませんか。貴方にも関係のある話です。それを聞いてくれたら、俺たちをどうしても構いません」
「ほう、わらわに関係のある話とな?」
リーダーは今までの話を繰り返してバリスタさんに伝えた。
「盗賊団が本当にいるのか、そして本当にいるならその排除をお願いします」
「然り然り、そういう話か」
バリスタさんは大きく頷いて続けた。
「まあ、実は全部聞いておったから、知っておるのじゃがのう」
「は?」
「三日前ぐらいから見張っておったからな。おぬしらがこれから何をしようとしていたのかも知っておるよ」
全然気付かなかった。
「さて、おぬしらの依頼は盗賊団の確認と排除、報酬はおぬしらの身柄ということじゃな」
バリスタさんが、今度は一人一人の目をしっかりと見てきた。
怖かったけど、目をそらさず見返した。
「己の身を犠牲にしてでも故郷を守らんとする気概は良し。実力が伴ってないのが残念じゃが、良かろう。その依頼受けた」
「本当ですか! ありがとうございます!」
口々に礼を言う。これで何とかなった。そう思えた。
「礼を言うには早すぎるじゃろう。もう村が襲われた後かもしれん。とりあえず全員でその洞窟とやらに案内せい。村の様子は向かう途中で確認すれば良かろう」
「全員でですか?」
この人数で連れ立って歩くと、目立つ気がする。大丈夫なのだろうか。
「盗賊団がいたときにやってもらうことがあるからの。わらわが周囲を警戒して鉢合わせしないよう気をつけるから安心せい」
「判りました。準備するので少しだけ待っていてください」
すぐに全員分の荷物をまとめて出発する。これで村が助かると思うと足取りも軽かった。
バリスタさんは怖すぎて、もう目を合わせることもできなかった。
洞窟に向かう途中、村の様子を伺った。無事だ。
仲間たちもほっと息を吐いた。良かった。
続けて洞窟に向かった。もし盗賊団が洞窟にいるのなら、急いで対処しなくてはいけない。
途中の森でバリスタさんが草や地面の様子を確かめている。
「最近、大人数の人が通った跡があるのう」
「盗賊団がいるということですか?」
リーダーの言葉に、彼女が答える。
「村人でなければそうじゃろうな。となると全員で洞窟へ向かうのも不味いかの」
盗賊団に見つかってしまうと、どうなるか判らない。
相談して、僕とリーダーが洞窟まで案内して他の皆は少し離れた場所で待つことになった。
茂みに隠れながら洞窟の様子を伺う。
変わったところはない。いや、違う。
よく見ると、洞窟近くの草が踏まれて折れている。最近誰かが使ったのは間違いない。
「ほう、よく見ておるな。わらわは中の様子を見てくるのじゃ。おぬしらはここで待っておるがよい」
バリスタさんが洞窟に近づいていく。足音が全くしない。どうやって歩いているだろう。
彼女は入り口付近で一度様子を伺うと、そのまま中に入っていった。
それほど時間も経たず、戻ってくる。
「中には十人、全員武装しておる。他は出かけているようじゃな」
「どうしますか?」
リーダーの言葉にバリスタさんは大きく頷いた。
「洞窟の周辺の森に罠を張って、戻ってきた連中に揃える。その後で洞窟をわらわが制圧するのじゃ。ああ、武器を調達する必要があるのう」
「武器ですか? ならこれを」
リーダーが剣を差し出すが、バリスタさんは断った。
「武器はその辺で調達できるから問題ないのじゃ。それは護身用に持っておれ」
すぐに仲間の元に戻って、バリスタさんの指示で罠を仕掛ける。
時間がないので簡単で足を止めれるものが中心だ。
罠を仕掛け終わると、まだ若い木が生えている場所に案内させられた。
バリスタさんは木を検分して、彼女の身長より少し小さい木の前に立った。
「とりあえずこれで良いかの」
何をするのかと見守っていると、バリスタさんは木を両手で持って力を込めた。
周囲の地面が盛り上がる。木を抜こうとしている。
更に力を込める。ぶちり、と鈍い音を立てて根が切れて木が引き抜かれた。
唖然とする僕たちを置いて、鉈で根や枝を落とす。
即席の棍棒の出来上がりだ。
大戦の英雄ってすごい。
「罠が仕掛け終わって武器の確保もできた。ならば洞窟の敵を掃討じゃのう」
バリスタさんの言葉に緊張が走る。
「ああ、おぬしらは見るだけで良いぞ。捕縛ぐらいは手伝って貰うがの」
一人で十人を相手にするらしい。やはり、僕たち程度は正面から殴り倒せたようだ。
僕たちを洞窟近くの茂みに隠して、バリスタさんが洞窟に近づいていく。
作ったばかりの棍棒と拳大の丸薬を持っている。あれは何だろうか。
彼女が何かを呟くと丸薬に火が付いた。すかさず洞窟の中に投げ込み、棍棒を両手で構える。
洞窟の入り口から煙が溢れてきた。あれは煙玉だったのか。
「な、なんだぁっ!?」
洞窟の中から悲鳴が上がる。咳き込みながら出てきた人を、バリスタさんが棍棒で一閃する。
人が空を飛んで地面に叩きつけられる。
へぼ、とか、うが、とかそんな感じの悲鳴を上げて動かなくなった。
「捕縛に行こう」
リーダーが身を起こす。皆それに続く。
ふっとんだ人に近づくと、ビクビクと痙攣していた。襲いかかってはこない。
それに安心してロープで縛る。
そうしているとまた飛んできた。暴れないように何人かで押さえつけて縛る。
洞窟の中にいた人たちは全員あっという間に捕縛された。
呆気に取られるほどの順調さだった。
「これが大戦の英雄なのか……」
もしかするとこの力が僕たちに向けられていたのかもしれない。そう思うと怖かった。
縛り上げた人たちを洞窟の中に投げ込んで、残りの盗賊が戻ってくるのを待つことになった。
バリスタさんは手頃な大きさの石を集めている。
しかし、罠にかかってからすぐに逃げ出したらどうするのだろうか。
何人かに逃げられてしまうかもしれない。
「それならそれで良いじゃろ? 村の近くから盗賊を追い払えればよい。全員捕まえる必要もないのじゃ」
「確かにそうですが……」
リーダーも納得できていないようだ。盗賊を逃がしてしまうと大変なことにならないだろうか。
「取捨選択ができぬと後が大変じゃぞ? まあ、今回は逃がす理由もないのじゃ。待ち伏せして全員捕まえるかのう」
待ち伏せ? 洞窟前で待ち伏せしても罠で逃げられるかもしれない。
ならどこに待ち伏せするのだろうか。
「あやつらがどちらに向かったか、大体判っておるからの。そちらに回り込んで罠と挟んでしまえばよかろう」
そういえばバリスタさんは人の通った痕跡を見ていた。そういうことも判るのか。
戻ってきたのと鉢合わせしたら不味い。すぐに移動することになった。
罠から充分な距離を取って茂みに隠れようとすると、バリスタさんがやってきて偽装してくれた。
彼女自身もどこかに隠れたのだろうけど、どこにいるのか全く判らない。
そのまま盗賊が帰ってくるまで待つ。不思議と不安にならなかった。
日が暮れる頃、足音が聞こえてきた。多い。盗賊団だ。
盗賊団が罠の方に向かっていく。人数は多い。これで全員だろうか。
足音が罠の手前に差し掛かった辺りで、重い物が飛ぶ音がした。
バリスタさんだ。彼女が投げた石が盗賊に当たり鈍い音を立てる。当たった盗賊は吹き飛んで倒れた。
二回、三回と投石が続く。
盗賊団はすぐに逃げようと悲鳴を上げて走り出すが、罠に足止めされてしまう。
その間にも投石は続く。
盗賊団の一人が破れかぶれになったのか、奇声を上げてこちらに走ってきた。
どうしよう、と考える間もなく、リーダーがその盗賊に襲いかかった。
「この!」
「ひああああ!?」
横から急に襲われた盗賊は対処できずに転ぶ。リーダーももつれ合って転んでしまった。
反射的に飛び出していた。頭の上を石が通り過ぎていく。
それに怖がる暇もなく、リーダーが飛びついた盗賊を抑え込む。
盗賊も必死で暴れる。短剣を持ってる。あれは何とかしないといけない。
手を伸ばして短剣を奪う。盗賊はもちろん逆らったけど、リーダーが上手く邪魔してくれた。
奪った短剣を投げ捨てる。体重を盗賊の腕に掛けて押さえる。リーダーも逆の腕を押さえている。
暴れる盗賊を必死になって押さえていると、いつの間にか投石が止んでいた。
バリスタさんがやってきて、盗賊の頭を殴りつけた。ぐしゃりと、初めて聞くような音がした。
「多少勇み足じゃが、よくやったの」
盗賊団は全員倒れていた。終わっていたようだ。
力が抜けて地面に倒れる。震えが止まらない。自然と笑いが洩れた。
リーダーも笑っている。
他の皆が盗賊を捕縛してる中、リーダーと二人で一頻り笑いあった。
捕縛した盗賊団は街まで連れて行き、衛士に引き渡した。
少ないが報奨金も出た。
これで村が襲われることがなくなったんだ。そう思うと嬉しかった。
バリスタさんが借りた大部屋に皆が集められた。
「さて、これでおぬしらの身柄はわらわの物になったわけじゃが」
切り出した彼女の言葉に、体が強張る。そうだ。まだ全て終わった訳じゃない。
これからどうなるのだろうか。
緊張した面持ちでバリスタさんを見つめる。
「幾つか考えたのじゃが、村に戻るのは止めた方が良かろう。顔が見られているものも多い。問題が起こるやもしれん」
村には戻れないのか、当たり前だけど、その事実が肩に重くかかった。
仕方ない。村を出るときに覚悟していたことだし、元々戻る気もなかったんだ。
そう自分に言い聞かせた。皆の顔色も暗い。
「では、おぬしらに紹介状を書くから傭兵ギルドを訪ねよ。あそこは今人手不足じゃから、雇ってもらえるじゃろう。見ていたが野外活動はそれなりにできるようじゃしの。傭兵ギルドで稼いで村に仕送りすれば良かろう」
傭兵、僕たちにできるのだろうか。
「言っておくが拒否権はないぞ。逃げ出すのは自由じゃが、それをしたら次会ったときに殺す。そもそも護衛が不足しておるのも傭兵ギルドの人手不足があるからじゃしのう」
「判りました」
リーダーが頷いた。なら問題ないだろう。
やっていたことが少し変わるだけだ。そう自分に言い聞かせた。
傭兵になって数ヶ月が経った。正直僕には厳しかったけど、仲間たちと励まし合って乗り切った。
人を殺したことはまだない。剣をぶら下げているだけだ。
僕に人が殺せるか判らない。悪夢はまだ見ることがある。
それでも村の皆のために出稼ぎが出来ていたのは嬉しかった。真っ当な手段で稼げるのなら、それが良いに決まっている。
傭兵が真っ当なのかと聞かれると、判らない。
リーダーは頭角を見せて傭兵ギルドの中でも信用されるようになっている。
それが頼もしくもあり、羨ましくもあった。
もしもあの時、別の方法を選んでいたらどうなっていたのだろうか。
もしかしたら、何てことはなく村人全員で生き延びれたかもしれない。
そんな幸運はそうそう転がっていない。それは判る。
それでも考えずにはいられない。
もしもあの時、助けに行っていたら? 積み荷に手を付けなかったら? リーダーに従わなかったら? リーダーを止めていたら?
どうなっていたのだろう。
「そろそろ仕事の時間だ。準備するぞ」
リーダーが声をかけてきた。剣を取って立ち上がる。
「どうした? 何か考えていたようだが」
何でもない。少し夢を見ていただけだよ。
「変なやつだな。頼りにしてるんだから、体を壊すなよ?」
リーダーと一緒に外に出る。
今日も生きるために仕事をしなくてはならない。




