第2話
馬の嘶きが聞こえる
顔のない商人が恨みがましそうに僕を見ている。
違う、違うんだ。
顔のない商人は動けない。当たり前だ。手足がないのだから。
ない手足が僕を指す。
商人は何も言わない。顔がないから当たり前だ。商人は僕に何もしない。手足がないから当たり前だ。
顔のないそれを向けて、僕を見る。その視線が僕を穿つ。
僕が行っても助けられる訳がないんだ。
手遅れだったんだ。
村の皆のために、死ぬわけにはいかなかったんだ。
そう言って後ずさる。
背中に何かがぶつかる。
山賊だ。山賊が後ろに立っていた。
その山賊も顔がない。手足もない。胴もない。狼に食べられてしまったのだ。だから何もない。
ない腕が僕を掴む。
息が出来ない。
目が覚める。仲間が僕の顔を伺っている。
「大丈夫か? うなされていたぞ」
体中にびっしょりと汗をかいていた。
周囲はまだ暗い。夜半過ぎぐらいだろうか。こんな時間にどうしたのだろう。
まさか僕のうなされ声が家の外にまで響いていたのだろうか。
そう思うと少し恥ずかしい。
「いや、違う。話があるんだ。これるか?」
こんな時間に何の話だろう。
寝汗を拭いて着替える時間が欲しいけど、大丈夫だろうか。
「構わない。村はずれの広場で待ってる」
服まで汗で濡れていた。絞れるかもしれない。
寝台に手をつくと湿っている。寝小便してしまったかのようだ。
こんなことを考えられる余裕はあるらしい。
服を脱いで汗を拭く。僕はそこまで追い詰められていたのだろうか。
村に帰って、気が緩んだからあんな夢を見たのかもしれない。
夜の空気がじんわりと肌を冷やす。風邪を引いてしまうかもしれない。急いで服を着た。
出来ることはなかったんだ。これで良かったんだ。
そう呟いて家を出た。
村外れの広場には、村の若い男が全員集まっていた。僕が最後だったようだ。
一体何の話だろう。集めたのは村でもリーダー格の青年だ。
リーダーは僕たちを見渡して言う。
「想定より多い食料を、俺たちは持って帰れた。これには理由がある」
息が詰まる。リーダーは村を出てあったことを話し出した。
皆の顔を見渡す。責める様子はない。
その様子にほっと息を吐く。
リーダーはそんな様子を見て、皆が十分理解するまで待っていた。
「ただ、その食料でも村人全員が食べていくのには到底足りない。村長の話を聞いていたが、口減らしをしないと冬を越せそうにない」
判っていた。それは判っていた。
それでも、他人の口から聞くと衝撃的だった。
口減らし、誰かが村からいなくなる。いや、死んでしまう可能性の方が高い。
そんなことは嫌だ。
なら、どうしたら良いのだろうか。
判らない。それが判らないから、判っていても聞きたくなかった。
リーダーが皆の前に剣を置いた。
隠していた剣だ。掘り出して来ていたのか。
一体何のために、まさか、この剣で死のうとか、そういう話なんだろうか。
死ぬ? 嫌だ。でも死ななければ誰かが死んでしまう。
顔のない人が近くに立っている。僕を手招きしている。
剣から目が離せなくなっていた。
「これは、ここにいる全員でやるつもりはない。ただ十人ぐらい協力して欲しい。残りは村に残って受け渡しを頼みたい」
リーダーの声にはっと顔を上げる。
一体何を言っているんだろうか。
「この剣で十人いれば、護衛のいないか、少ない商人を襲うことができる。村のために、盗賊になろう」
リーダーが何を言っているのか判らなかった。
「命を奪う必要はない。危ないと思ったら逃げれば良い。盗賊と言っても盗むんじゃない。取引をするんだ。商人に積み荷の幾らかを要求して、峠を越えるまで護衛する。峠を越えたら荷物を貰う。貰った荷物は街で売る。売った金で村に食料を届ける」
リーダーは一息で言い切った。
襲われた馬車を見てから、ずっと考えていたのかもしれない。
リーダーの言葉が頭を回る。多人数で護衛すれば、まず襲われない。積み荷を全て奪わなければ商人も生活できる。
商人も、村の皆も、助かる。
「協力してくれるなら、前に出て欲しい」
反射的に前に出て、剣を手に取った。
皆がそれを驚いてみている。
「本当に良いのか? 村で食料の受け取り役もいる。無理する必要はないんだぞ」
リーダーが訪ねてくる。
正直やっていけるか判らない。贖罪のつもりかもしれない。でも、やらなければもっと後悔すると思った。
そういうと、リーダーは頷いた。
「頼む。助かる」
集まっていた半分ほどが前に出てくれた。身寄りがない人が多い。
残る人とどうやって食料を受け渡すのか打ち合わせをした。
荷物をまとめて、夜の内に村を出た。
村に住んでいると村に迷惑がかかるかもしれない。
それじゃあ本末転倒だ。
住む場所をどうするのだろうかと思うと、リーダーが笑った。
「子どもの頃に使っていた秘密基地を使おう。しばらくはどうにかなると思う」
昔、洞窟を秘密基地にしていた。子どもの頃はそこで遊んでよく叱られていた。
子どもの脚だと割と歩いたと思う。よく毎日通えていたものだ。
でも、何か住んでいたらどうするのだろう。
「何が住んでるか次第だけど、違う場所を探すか退治するかだな」
夜が明ける前に洞窟に着けた。
中を調べてみても、誰も居ないし、何かが住んでいた痕跡もない。大丈夫そうだ。
寝床の用意をして体を休める。
村の皆は心配するだろうか。人が減ったから、食料も行き渡ると良いんだが。
横になるとすぐに眠れた。今度は悪夢を見なかった。
例の仕事は村から離れた場所ですることになった。
街に近くないとあまり意味がないし、村の近くでするとばれるかもしれない。
良い場所を見つけたら寝床を移動することになる。
更に上手く積み荷を貰ったとして、街に売りに行く人がいる。これは実働とは別にした方が良い。
リーダーはこんなことまで考えていた。僕は街に売りに行く係となった。
何も知らないのは嫌だ。実働のときも付いていきたいとリーダーに頼んだ。
初回だけ、実働以外の人も隠れて様子を伺うことになった。
茂みに隠れて息を潜める。
木の上で監視していたリーダーから合図があった。護衛を連れているから見逃すそうだ。
隠れていてこちらから様子は判らないけど、馬車が走る音がする。
緊張する。向こうから攻撃されたらどうしようか。
馬車は目の前まできて、そのまま通り過ぎていった。
ほっと息を吐く。
仲間たちも緊張していたようで、そこら中から安堵の声が聞こえてきた。
そうして何回か見過ごした。
じっと隠れているが、ただ隠れるのも疲れるのが判った。体中が強張っている気がする。
このままではお金が手に入らないが、無理をして怪我をしても仕方がない。
リーダーが何を考えているか判らない。それでも従うべきだ。
そんなことを考えていると、リーダーから合図があった。
「馬車持ちで護衛がいないようだ。次でやろう」
リーダーは木から降りると自分も茂みに身を隠した。
次で行くのだ。自分は行かないとして、緊張が和らぐことはなかった。
どうなるだろうか。馬車の音が近づいてくる。
「行くぞ」
リーダーが声を掛けて、実働の人たちが道に躍り出た。
馬車が止まる。喉が渇く。
失敗したら僕たちも逃げなくてはいけない。
仲間が死ぬかもしれない。
聞こえてくる音に集中する。
「よう、護衛もなしに危ないんじゃないのか?」
リーダーが軽い調子で声をかける。
「だったら何だというのだ」
「俺たちを雇わないか? 積み荷の幾らかと引き替えに護衛してやるぜ」
「はん。盗賊の類いじゃないか」
「おいおい、物騒なことを言わないでくれよ。こっちは親切心で言ってるんだぜ?」
商人の口調は硬かった。
とりあえず襲われることはなかったが、どうなるのか判らない。
商人は考え込んでいるようだ。リーダーは動くだろうか。
しばらくして、リーダーがまた口を開いた。
「俺たちも鬼じゃないからさ。積み荷の全部を寄越せなんて言わないさ。あんたがくれても良いって思えるぶんだけで良い」
「……判った」
何とかなった。良かった。
へたり込みそうになるのを必死で我慢した。
リーダーと商人はどれだけの積み荷を分けるか交渉に入っていた。
上手く妥協点が見つかったようで、実働の人たちは商人を護衛して去って行った。
今度こそ安心して力が抜ける。
まだやることはある。それでも、安堵せずにはいられなかった。
仲間たちと肩を叩き合う。喜びを分かち合う。
僕たちは次の拠点を探さなくてはいけない。
充分な時間が経ってからその場を後にした。
この仕事を始めて二ヶ月ほど経った。
拠点は使われていない山小屋に移した。朽ちていたが、皆で修理して使えるようにした。
仕事の成果がない日は多かったし、逃げ帰ってくることもあった。
幸いなことに怪我はしなかった。
手持ちの剣だけじゃ心細い、追加で装備を買うべきか話し合いもした。
何度か村に食料を届けて、何とか口減らししなくて済みそうだと聞いて、喜んだ。
これならやっていけるかもしれない。そう思った。




