第1話
大陸の西に湖の国があります。
その国は湖を囲むようにして作られており、農業に適した土地はあまりありません。
農作物はほぼ全てを輸入に頼っています。大戦で農地の被害を気にする必要がないのが幸いだったのでしょうか。
特産物は湿原に住むリザードマンや湖の中に住む妖精族からの交易品がある程度です。これを特産物と言って良いのか判りませんが。
私はその国のある貴族に代々仕えております。
能天気というか頭が足りないというか、そんな主を支える密偵です。
性格というものも遺伝するのでしょうか? 話に聞く代々の当主は同じような性格のようです。
単純に私の一族が支え続けているからそんな性格に育つ気もします。
さて、そんな主と一緒に私は十字の街にやってきています。
来た理由は広義でいえば貴族としての勤めですが、政治的なものではありません。
大戦が終わってから我が主には問題が生まれています。
独身であることです。
何とかして主を結婚させようとしたのですが、心に決めた人がいると言って聞きません。
仕方ないので心に決めた人に振って貰おうと十字の街まで主従揃ってやってまいりました。
主はやる気満々のようですが、何をやる気なのでしょうか。
十字の街は交易で栄えている街です。国の庇護下にない都市国家とも言えます。
ここには様々な情報が集まってくるのでその辺りを集めたいのですが、主を一人にして大丈夫でしょうか?
ダメですね。
どうせ何か問題を起こして、その後始末を私がつけることになるに決まっています。
主の家は多くの従者を連れて歩くことを好みません。
民を威嚇することになるし、お金がかかるからと言っていますが、実際は肩が凝るからにきまってます。
せめてあと一人従者がいれば情報収集できるのですが。
「おお、この街のどこかに彼女がいるのか!」
はいはい、走り出さないでください。まずは宿を取りますよ。
「うむ、任せる」
任されました。
主は腐っても貴族なので場末の宿は取れません。強いので治安が悪いとかは平気ですが、流石に外聞というものがあります。
それに節制とかは必要があってやるものなのです。お金を持ってる人が使わないでどうするのですか。
貴族用の宿を見つけたのでそこに泊まることにします。掃除も行き届いており悪くない宿です。
難を言えば装飾品がイマイチですが、主はその辺りを理解しないので大丈夫です。
今日は体を休めるために捜索しないことを主に告げ、宿の主人と話します。
ふむ、東方産の小麦が入らなくなってきましたか。
距離が遠くて関係内とはいえ、私の国も農作物の輸入率がやばいので他人事ではありません。
湿地帯でも育てられるものがあれば良いのですが。
現在、湿地帯での作物育成はリザードマンたちと協働しての一大事業です。
今のところめぼしい成果はありません。十字の街で何か得られれば良いのですが。
食事の際、主に酒をたらふく飲ませたら上手いこと寝てくれました。
寝ただけでは心配なのでベットに縛りつけてます。
これで何とか時間が取れました。街の探索に向かうとしましょう。
昨日は中々面白い話を聞けました。国に帰ったら早速試してみましょう。
今日は主に付き合って彼女を探します。
冒険者の店に行ってみると、彼女は今朝早くに仕事で街を出たそうです。
おやおや、残念ですね。
「むう、仕方ない。追いかけるか」
何を考えているのですか。彼女の仕事の邪魔をしたいんですか。入れ違いになったらどうするのですか。
「ではどうするのだ?」
帰ってきたら連絡を貰えるようにして待ちましょう。幸い、それほど長期間出かけるわけではないようです。
「判った。任せる」
よく思いますが、本当に判っているのでしょうか。
主と一緒に市を見て回ります。国では見ないものも多くて面白いです。
量によっては国まで届けてくれるそうです。そんなことしていて商売が成り立つのでしょうか?
話を聞いてみると、元々交易を中心とした業者がするそうです。どこの国で何が売れるというのは重要な情報ですしね。
交易に出て最低限の利益が確保できているのならば配送しても問題ないのでしょう。
業者を紹介して貰って、根菜を届けて貰うことにしました。
新規業者の開拓というのも良い物ですね。我が国の交易品はほぼ独占されている感じがしますし。
市場は野菜が中心ですが、魚の塩漬けなども売られています。
「塩漬けなぁ。せめて岩塩が採れれば我が領でも試せるのだが」
食べる塩だけで精一杯ですものね。
魚を乾かして保存食にするにしても、乾いている土地が少なくて大変なのです。
塩漬けできるほどの塩が確保できればそちらが良いのですが、これは難しいでしょう。
自分たちが食べるには良いのですが、輸出できないのが困りものです。
そのまま市場を見て回ると、武具の類いを置いてある場所に来ました。主の目が輝いてます。
「これはドワーフの里の武具だな。ううむ。良い槍があれば買って帰るかなぁ」
手入れが大変だから止めてください。
私は投げナイフや暗器の類いを数種類購入しました。この手のって出回りにくいから買うの大変なんですよね。
リザードマン向けに何か買っていくべきでしょうか。
以前、鉈を送ったら喜ばれたことがあります。彼らの爪は鋭いですが、全てがそれで何とか出来るものではないのです。
しかし、彼らが持ちやすい装備となると中々思い当たりません。
主と相談して見て回りますが、良いものが見つからなかったので購入は控えました。
更に進むとよく判らないものを売ってる混沌とした場所に来ました。
決まった手順でなければ開かない箱や曰く付きの水晶、機械仕掛けで動く人形。
珍しいものが多くて眼福ですが、何の役に立つのでしょうか。
うわ、モンスターの剥製とか売ってますよ。
一日中市場を回りましたが、中々有意義でした。
やはり人と物が集まる場所は違いますね。我が国では真似できません。
数日後、彼女が帰ってきました。
こっそりと逃げ出すかと思っていましたが、ちゃんと会いに来てくれました。とても嫌そうでしたが。
「私と結婚してくれ!」
「寝言は寝ていうものじゃ」
玉砕ですね。
「メイド、傍観しとらんで説明せい」
メイドでなく密偵です。
主の配偶者問題を説明すると、彼女は頷きました。
「そういう事情ならばますます了承できんの。わらわは二国に仕える気はないのじゃ」
彼女が宮仕えだったとは初耳です。
「しかし、私には貴方しか考えられない」
「不本意な結婚をするのも貴族の仕事じゃろう」
正論過ぎて反論できませんね。
普通は女性の方が不本意な結婚をさせられるものですが、男性がすることも希にあります。
彼女が主の家に輿入れしてくれるのならば儲けものですが、他に縁談がないわけじゃありません。
政治的な面を考えるとそちらの方がお得かも知れません。
さて、我が主はどう答えるのでしょうか。
「ならば、私は貴族をやめ」
殴り倒して言葉を封じました。バカですか貴方は。はっ倒しますよ。
主以外に跡継ぎがいないから配偶者問題があるのです。それを言うこと欠いて貴族やめるとかあり得ません。領民を捨てるのですか?
説教すると何とか理解したようです。愛に生きるとかしなくていいので務めを果たしてください。
「だが、私は諦めることができない」
「えー」
彼女も面倒くさそうです。しつこい男は嫌われますよ?
この日から毎日毎日、主による彼女へのアタックが始まりました。
ぶっちゃけうざいです。
毎日毎日あしらわれて挫けないのでしょうか。頭の足りない主でも、脈がないことぐらい判ると思うのですが。
何日経ったでしょうか。私は期待していなかった情報収集が捗って満足でしたが、彼女はそうでもなかったようです。当たり前です。
「むう、どうすれば私と結婚してくれるのだ?」
「いや、無理じゃし」
大分、扱いもぞんざいになってきました。
彼女は大きくため息をつくと、提案をしてきました。
「判った。一つ条件を出す。それに合格すれば考えるのじゃ、しかし、失格ならば二度とこのようなことはするでないぞ」
「のった!」
条件聞いてからにしましょうよ。
「うむ、探索済みの遺跡に未調査区域があったやもしれんとの書物が発見されたのじゃ。その調査の仕事を受けておる。一緒にその仕事を果たしてもらおう。スカウト系を探す手間が省けるしの」
私狙いですか。まあ良いですけど。
「よし、ではすぐに行こう!」
「待てい」
準備もしてないのにどこに行くのですか




