Epilogue
数か月後、僕はロサンゼルスのスポーツメディアへ籍を移した。
ニューヨークを離れることに迷いはなかった。住居も決まった。
サンタモニカの海が見える小さなアパート。彼女の英語教室から車で15分の場所だった。
「ここから始めよう」
僕はそう言いながら、新しい鍵を彼女に見せた。
彼女はその鍵をそっと握りしめた。
僕たちはドジャースのポストシーズンを全試合観戦した。
ホームもアウェイも、昼も夜も、勝っても負けても、僕たちは必ず隣同士の席に座った。
大谷の打席ごとに歓声が上がり、彼女は僕の腕を掴み、僕は彼女の手を握り返した。
「1998年、あなたはヤンキースの三連覇のスタートを見逃したんだよね」
彼女がそう言った夜、僕は静かに頷いた。
27年前。僕は三連覇を見逃した。あの日は、一人だった。
今は違う。隣には、彼女がいる。
「でも、今は違う」
「うん。今は……あなたと一緒に見てる」
その言葉は、僕たち二人の時間をすべて肯定するものだった。
2025年、ドジャースは激闘を制し、ついに連覇を達成した。
歓声が波のように押し寄せ、人々が抱き合い、涙を流していた。
僕は彼女の手を強く握った。彼女も握り返した。
「ずいぶん遠回りしたね」
僕が呟くと、彼女は球場を見つめたまま静かに笑った。
「違うよ」
「今が、その時だっただけ」
その言葉は、1998年の横浜で始まった物語のすべてを締めくくるものだった。
時間は奪うだけではない。
癒やし、成熟させ、遠回りした者同士を、一番ふさわしい「その時」に巡り合わせる。
選手たちが歓喜する球場の中で、僕は彼女の手を握った。
27年前、横浜で動き始めた時間は、遠回りを重ね、ようやくここへたどり着いた。
僕たちの時計は、今、初めて同じ時を刻み始める。
This is the TIME.




