帰郷か逃走か
「おいどうする? 『オルトン』さんよ?」
「『オルトン』は昨日で店終いだ」
酒を飲みながらからかう様に話しかけた来た仲間に、褐色の髪に糸目の男は軽口を返す。
「そういやそうだった、悪りぃ悪りぃ」
「しかしよぉ、どこで嗅ぎ付けたんだあの糞公爵」
「まぁ普通に考えるならお付きの者の中にチクった奴がいるんだろうな」
部屋の中には八人の男の姿があり、思い思いに酒を飲みながら過ごしていた。
「んで? 金蔓がいなくなった訳だが、どうすんだ? ソーバン」
ソーバンと呼ばれた糸目の男は鬱陶しげに酒瓶を傾けた。
ソーバン達は元々カイド王国の西にある隣国で傭兵家業をしていた。
ソーバンは一騎当千の傭兵ではなかったが、身の振り方だけは上手くやっている自負があり、そんなソーバンを中心に十人の集団で活動している。
内戦が落ち着き、稼ぎが減ったのを機にカイド王国に移り、護衛や冒険者の真似事等をやりながら転々としていた。
カイド王国北西に広がるカナイワ領を東へ移動しコロトー領に向かう際、コロトー公爵家次男のシモーシャ・コロトーに出会った。
シモーシャは領内の小さな地域の代官を一時的に任され、領地経営の経験を積まされているらしい。
たまたまソーバン達が遭遇し打ち倒した魔獣の素材を欲しがったのがシモーシャであり、そこからシモーシャからの依頼をちょこちょこ受けるようになった。
ソーバンから見たシモーシャは、傲慢でプライドが高いが扱いやすい男だった。
本人は次期当主を周りに公言しているが、領都で父親の補佐をしている優秀な嫡男に強いコンプレックスと対抗心を持っているのは明らかで、褒めて煽てて持ち上げているとシモーシャはすぐソーバン達を近くに置くようになった。
シモーシャは金払いが良く、というよりは金遣いが荒く大雑把であったのでソーバンはそこも上手く利用していた。
ある日シモーシャの管理している地域に『黒猫旅団商会』がやってきた。
ソーバンはこの商会を知っていた。というよりこの商会は他国ではかなり有名であり、逆にカイド王国に進出してきたばかりで知名度が少ないという事実を意外に思ったほどだ。
現にシモーシャもこの商会の事を知らなかったらしい。
そこで珍しいエルフの双子を見たシモーシャはこれを欲しがった。
エルフは種として魔法に秀でており、育てて部下にすれば箔が付くとなんとも仕様もない理由である。
当初、奴隷嫌いの父親に露見するのを恐れたシモーシャは自ら奴隷契約し、すぐに奴隷を解放することで『主の紋』を消せばいいと思っていたようだった。
奴隷から解放されたエルフをどうとでも出きると思っている当たり見通しが甘いと言わざるを得ない。
だが、奴隷契約の方法を知ったシモーシャはその方法を嫌がった。
涙目で駄々をこねる様にソーバン達は笑いを堪えるのに苦心することになった。
終いには奴隷を解放してから身柄を売り渡すように商人に詰め寄ったが、それでは違法になると冷静に断られていた。
ソーバン達は自分達の誰かが奴隷契約し、解放するという方法を思い付いてはいたが、痛い思いをするだけで硬貨一枚の得にもならないので敢えて黙っていた。
奴隷を買い損ねたシモーシャのご機嫌取りをしながらおこぼれの甘い汁を啜る生活を暫くしていると、シモーシャは遂に第三者の平民を利用する作戦を思い付いたようだった。
思い付くのが遅いしまだ諦めてなかったのかとソーバンは呆れた。
エルフはどの個体も人間から見ると美しい造形になる事もあり、それが理由かも知れなかった。
「あの坊っちゃんスケベそうな歯並びしているもんな」と仲間内で散々酒の肴にしたのは記憶に新しい。
そして今回、商会の行き先を察知したシモーシャは金貨を用意しタキミに来た。
無論金の出所は領地の運営資金の一部、税金である。
元々家から借り受けた部下ではなくソーバン達を連れて来たのは父親にバレる可能性を少しでも下げるためだろう。
だが、それが裏目に出た。不振に思った部下が告げ口したのか公爵本人が領都から直接タキミに乗り込んできたのだ。
慌てたシモーシャは企みを中止し、ギルドへの依頼を取り消した。
というのが今回のドタバタ劇の顛末であった。
「公爵様が話の分かる奴で助かったぜ、バカ息子の代わりに報酬を払ってくれたしな」
「馬鹿野郎、ありゃ手切れ金だよ、金をやるからもう関わるなって事さ」
仲間の楽天的な勘違いに釘を刺しながらソーバンは空になった酒瓶を置いた。
「適当に手綱握って、もっと細く長く搾り取るべきだったか……」
シモーシャは必死に誤魔化すだろうが、金貨500枚という少なくない欠損はいずれ公爵にバレる。
コロトー領からは出ていった方が無難だろう。
ソーバンは立ち上がり仲間達を見据えた。
「南に下ってシクロ領を目指すが、その前に一仕事だ」
「お? やっぱりやるのか?」
「ああ、なんの為に見張りを付けてると思ってる」
金貨500枚で取引される奴隷をEランク冒険者が所有している。
奪い取って再度売り飛ばすだけで一財産だ。
「見張りと連絡付けろ、明日には双子を奪ってシクロに発つぞ」
双子を狙うと決めた翌日、ソーバンはイライラしていた。
目の前には開店前の酒場、見張りが言うには例の冒険者と双子はここに昨日入店して以降、外に出ていないらしい。
「まさか深酒して眠りこけてるって事はないよな?」
「全然あり得るな、奴は昨日あの馬鹿息子から銀貨貰ってやがるからよ」
もう正午を過ぎている。人通りも多くなってきた。
「もしかしたらここは知り合いの家で、見張りに気付いて警戒している可能性もあるな」
「Eランク冒険者だぜ? 昨日も感づかれている感じはしなかったけどな」
早朝に二人の見目の良い若い女が出てきたのは報告を受けており、一応一人づつ見張りを付けている。
「酒場の営業が始まったら一度客として中に入るしかねぇか……」
ソーバンが今後の動きを考えていると、女二人に付けていた仲間が戻ってきた。
「どうだった?」
「髪の赤い女はギルドの受付嬢だったぜ、別嬪だったな」
「もう一人の女は何か沢山買い物してよ、北門の衛兵に渡してたぜ、あんな良い女からの差し入れなんて羨ましいぜ」
報告を聞いてソーバンは舌打ちをする、進展なしだ。
「もしかしたら隠された出入り口でもあるのかもな」
「どんな酒場だよ」
ダストは双子を連れて北門を目指していた。
昨晩、街を出ることを決意したダストは前金として貰った銀貨をネリッサに託し、遠出の準備を頼んだ。
カーラも協力を申し出てくれ、昨日はネリッサや双子共々酒場兼実家で泊めさせて貰った。
双子の身なりは昨日よりは小綺麗になっている。ネリッサとカーラが双子と一緒に湯浴みをしたからだ。
赤い瞳の方は男で、青い瞳の方は女であったそうだ。まだ性差がなく瞳の色以外は瓜二つである。
お互いを「九番」「十番」と呼んでおり、それを聞いたネリッサとカーラはなんとも言えない顔をしていた。
早朝出勤して来る酒場の若い従業員が毎日行っている仕入れ、それに使う大型の荷車にダストと双子は紛れ込んで店を出た。
店を抜け出す際、こっそり周囲を確認したところ見張りを確認できた。取り越し苦労ではなかったようだ。嬉しくないが。
東側の市場に到着した所で荷台から降り、倉庫街に向かう。
五年この街に住んでいるダストはある程度街の事を把握している。放置されていたり使われていない倉庫の情報もそうだ。金がないときには宿代わりに使っていた時期もある。
その中のひとつに潜伏し、カーラの家族が純粋な善意で持たせてくれた朝御飯を三人で食べた。良い感じであったそうだ。
正午過ぎに倉庫を出発し、北門へ向かった。
北門に着いたダストは衛兵の一人に声をかけた。
「ネリッサからの預かり者を受け取りたいんだが」
「確認する、少し待て」
暫くして衛兵が大きい背嚢と麻袋を一つずつ持ってきた。名前と冒険者のタグを確認されたが、問題なく荷物を受けとる。
「女に旅の準備をさせるEランクを初めて見たよ」
「尽くす女なのさ、良い女だぜ」
何か勘違いをしている衛兵の僻み混じりの嫌みを適当に流し、三人は門を潜った。
北の門外広場の隅に移動し、荷物を確認する。
動き回れないダストの代わりに、ネリッサに午前中に買い回って貰った物資だ。
麻袋には双子用であろう小さめのフード付き外套と靴が入っていたので手早く双子に着させる。
背嚢にはぎっしりと保存の効く食料と、野営に必要なものが入っていた。
どう考えてもダストが渡した銀貨では足りないので、ネリッサが追加で出してくれたのだろう。
「よし、行くぞ」
ダストは背嚢を背負い歩き出す。
「どこいくの?」
「どこ?」
「里帰りだよ、何日も歩くから疲れたら言えよ」
その背を双子が着いていく。
(一回帰ったことあるから三年ぶり位か? 雪が降る前に帰らねぇと)
季節は秋の終わり、シバリア領に向けて三人はタキミの街を後にした。




