厄介事3
「取り敢えず、着いてきてくれ」
ダストはそう言うと、双子はただ頷いた。
白っぽい髪の毛、小さくて細い体、七歳から八歳くらいだろうか。性別も中性的で判断が付かないが確かめる気もない。瞳の色がだけが赤と青で別れている。
表情は乏しく感情は読めないが、ダストをジッと見つめていた。
「足元気を付けろよ、尖ったもん踏んだら痛ぇぞ」
裸足でダストの後ろをチョコチョコ付いてくる双子、反抗の意思はないのか、奴隷だから逆らえないのかはダストにはわからない。
チラッと周りを確認すると先ほど同じように監視に囲まれている。
西門から街に入る、あとは中央を突っ切って街の東側に向かう。道中ギルドの近くを通るが、離脱して逃げ込む隙が果たしてあるか。
(あと譲渡して終わりなら、それで一段落なんだが……)
正直、目的地で何が待っているかはわからない。譲渡が行われるのを祈るが、それならこの連中が直接奴隷契約をしない理由がわからない。
幸い武器を取られてはいない、Eランク冒険者などどうとでもなると思われているのだろう。
理不尽に後手に回らざるを得ない状態はダストの精神を少しづつ疲弊させる。
そして何より、ダストは子供が苦手だった。
双子が着いて来ているかだけチラチラ確認をするが、話しかけたりはしない。
どんな結末になるにせよ、今日だけの付き合いだ。情を持っても持たれてもやりづらい。
そんな中、突如状況は変化を見せる。
(なんだ?)
ダストの前方で監視をしていた男に何者かが走り寄ってくる。何かを耳打ちすると男はダストに近寄り「少しここで待て」と指示を出した。
男は監視を全員集めると、ダストを見張れる位置で何か話し始めた。
(トラブルか?)
男たちの話している内容は聞こえないが、困惑や焦りの声色は伝わってくる。
「くそっ……おい、予定変更だ。ここで少し待機する」
糸目の男がダストに告げる。男の声には苛立たしさが滲んでいた。
「俺が直接あのボンボンに確認してくる、お前らは見張ってろ」
糸目の男は残りの監視に指示を出し駆け去った。
受け付け業務のヘルプを終え小休止していたネリッサだが、端から見ると少し上の空にも見えた。
「まだ気にしているのかね?」
「ギルド長、いえ……、そのような事は」
後ろから声を掛けてきたのはギルド長、ダルクだ。今あまり会話をしたい相手ではなかった。
「君は優しいね、だがわかってほしい」
と、ダルクはその初老にしては若作りな顔に穏やかな笑みを浮かべる。
「今回のような事で頭を下げるわけにはいかないのだよ、誰かもしれない相手に弱みを見せるのは得策ではない」
聞いてもいないのにツラツラと弁明のような物を述べながらダルクはネリッサの肩に手を置く、払い退けたい気持ちをなんとか押し留める。
「組織運営とはそう言うものだよ、責任の取り方ひとつで状況はいくらでも変化する」
ネリッサは目を伏せる、目が合うと感情的になってしまいそうだった。それを納得したと捉えたのかダルクは笑みを深めた。
「君には期待しているんだ、今後とも頼むよ」
最後はネリッサの髪をひと撫でしダルクは満足そうに去っていった。
「責任なんて、取ってないじゃないっ……」
その満足そうな後ろ姿に、思わず小さく言葉が出てしまったが、幸いダルクには聞こえていないようだった。
ダルクの姿が見えなくなるとネリッサは撫でられた髪を掻き乱す。
「あらあら荒れてるじゃない、同期の出世頭さん」
ネリッサが振り向くと二人の女性職員が立っていた。
「カーラ、サティ」
ネリッサはバツが悪そうに髪を整えると、勝ち気そうな表情をしたカーラが自慢の赤毛を揺らしながら近づく。
「ほら、暖かいものでも飲みに行こ? ね?」
カーラはネリッサと腕を組み、力強く引っ張っていく。
「ほらサティも行くよ!」
「あ、は、はい」
声を掛けられ、二人に比べ小柄なサティが小走りで付いていく。サティが近づくとカーラはサティの腕を掴み二人を引っ張るように歩き出した。
「さぁさぁ、夕方の駆け込みラッシュに向けてガールズトークで英気を養わなきゃ」
「あ、あの! ネリッサ先輩! 今朝はす、すみませんでした!」
飲み物を準備し、休憩室に座り一息付いたその時、いきなりサティの謝罪が始まった。
「私が勢いに負けて依頼を受けてしまって先輩に迷惑を……」
「ありゃ仕方ないわよ、誰も助けに入れなかったんだから」
カーラがあっけらかんと返す。ネリッサもその意見に否はなかった。
「窓口を広げ過ぎなのよ、新人の育成も済んでないのに依頼だけ沢山受けて……」
「あー、確かにあれからギルド内は安定してないわねぇ、冒険者からすると沢山依頼があっていいかもしれないけど」
普段愚痴などあまり溢さないネリッサを見て思うことがあったのかカーラも同意を示した。
あれから、というのは1年前に前ギルド長が勇退し、別の領のギルドで役職を持っていたダルクが新ギルド長として赴任してきたことを指している。
最初は方針の変化にこちら側が慣れていないのだろうと様子を見ていたが、いよいよもってやりづらいと感じることが多くなった。
「それにあんた目に見えて気に入られてるからねぇ、気を付けなさいよ」
「で、でもネリッサ先輩は優しくて仕事が出来てお綺麗なので……、誰でも重用しちゃうと思います」
「ほーう、サティは私が優しくなくて仕事が出来ない不細工と言いたいのね?」
「とんでもない誤解が生まれようとしています!?」
頭をウリウリと小突き回すカーラと、あうあうと弁明するサティを見て小さく笑みが溢れる。明るい同期と素直な後輩、同僚には恵まれているなと再認識する。
「んで、今回の貧乏くじはあの『雪ゴミ』君かぁ」
「なんですかそれ? 今回依頼を受けてくれたダストって冒険者の事ですか?」
カーラから出た言葉にサティは首を傾げる。
「ほら、あの人確か北にあるシバリア領の村から来たって話でしょ? それで五年も冒険者やって今だEランクだから、誰が呼んだか『雪国から来たゴミカス』、略して『雪ゴミ』」
「え、すごい言われようなんですね……」
「本人がビックリするほど気にしてないのがまた面白いのよね、他にも『成功の女神ネリッサでも救えなかった排泄物』とか、『ゴミ煮込み汁』とか沢山言われてるわ」
「最後のはシンプルに悪口ですけど成功の女神ってなんですか?」
「カーラ」とネリッサが制止の声を掛けるがカーラは止まらなかった。
「昔から冒険者や職員の間で、ネリッサが褒めたり目を掛けたりした冒険者がどんどん成功するってジンクスみたいな話があったのよ。ただ、唯一の例外が彼だったの」
「カーラやめて、失礼よ」
「でもねネリッサ、あんたがそうやって庇ったりするから他の冒険者がやっかんでエスカレートしている部分もあるんだからね」
カーラの話を聞いてキョトンとするネリッサ、まるで意味がわかってないとばかりの姿にカーラはため息を付く。
「あんたねぇ、あんたが出世して受付に立つ機会が減った事に何人の冒険者が涙したと思ってるのよ……」
「え? 私って、その……人気あるの?」
「うわー、マジかこいつ」とばかりの顔をするカーラから目をそらし、ネリッサはサティをチラッと見るが、サティも「え? コイツまじか……」という顔をしている。
暫しなんとも言えない沈黙が場に流れるが、カーラは少し態度を切り替え再び話し出した。
「ネリッサ、あんた結構あの冒険者の肩を持つし、持て余した依頼をあの冒険者に頼むこと多いじゃない? 理由を教えてくれない?」
「もしかして〜」とまた面白そうな顔をするカーラと、顔を赤らめながらも前傾姿勢になるサティ、ここからが本当のガールズトークになるとばかりな様相を呈したが、対するネリッサは難しい顔をして答えた。
「ダストさんの依頼成功率って知ってる?」
いきなりの質問にカーラもサティも咄嗟に言葉がでなかった。
「単独で受けた依頼は限りなく百パーセントに近いの」
「でもEランクが受けれる依頼って戦闘や討伐がないですよね? あったとしても複数人募集の依頼の時だけで……」
サティが困惑気味に答えるが、今度はカーラが難しい顔をする。
「ちょっとまって、それが本当なら……、彼はなんでEランクなの?」
それはそうだ、依頼達成率が高いならDランクになっていてもおかしくないはずだ。
「推測だから今まであまり言いたくなかったんだけど、変な誤解になるのも嫌だから……」
ネリッサは「他言無用よ」と前置きをして話し始める。
「ダストさんは全然昇格申請をしないのよ、理由として考えられるのはDランクから生じる『召集』位しか考え付かないんだけど……」
冒険者はDランクから原則『召集』に応じる義務が生じる。
魔物の氾濫等の緊急時にギルドの判断でその近辺に滞在する冒険者を召集するシステムだ。
「取り敢えず何かしらの理由でダストさんはEランクを維持している。若い冒険者は功を焦って自分のキャパシティ以上の依頼を抱えたりしてしまうのに、彼にはそれがないの」
「まぁ、冒険者やるからには一山当てたいって連中の方が多いからねぇ」
カーラが呆れたように同意する。
「本当に戦闘が苦手なのか、やる気が無いのかはこの際置いといて、彼が出来ると言った依頼に対する信頼度は高いの」
「なるほど、それで結構納期の迫った案件だったり、塩漬けになりそうな依頼の処理をよく頼んでいるのね」
理由を聞いてカーラもサティも納得する。正直ギルド職員に取ってはかなり有用に思えるからだ。
「ただ、当の本人は口は悪いし態度も真面目には見えないからあんな扱いを受けていると……」
「ええ、でも大口叩いて受けた依頼で派手にやらかされるよりは遥かに良いわ」
そこまで聞いてカーラは大分冷めてしまった飲み物を一口含み「でもよかったわ」と小さく溢す。ネリッサもサティも何がだろうかと怪訝な顔を向ける。
「ネリッサの男の好み終わってる説が流れ始めてたから」
「ちょっとそれ知らないんだけど!?」
再び休憩室に姦しい声が響き始めた。
「メリーチカ様、良かったのですか?」
馬車の中、優雅に紅茶を楽しむメリーチカに部下の男が問う。メリーチカは目だけで続きを促した。
「本日売れたのはあのエルフの双子だけですよ、もっと粘っても良かったのでは?」
「いいのよ、結局双子だってほぼ倍値に近い金額で売れたわけだし、それに……」
メリーチカはカップを置き、窓から遠く見えるタキミの街を見ながら続ける。
「理由はわからないけど、コロトー公爵が訪れたと情報が入ったわ」
「あぁ、奴隷嫌いの領主様ですか。でもこちらは普通に営業していただけですよ?」
「嫌な予感がしたのよ、折角高く売れたのだし、返品なんて嫌だもの」
「返品?」と部下は首を傾げた。
「杞憂ならそれでいいのよ、ただここでコロトー伯爵の来訪は面倒事を呼び寄せると思ったの」
「……そういうものですか」
部下の男は首を傾げながらもなんとかメリーチカの言うことを租借しようとしているようだ。
そんな部下に笑みを溢しながら、メリーチカは最後にまたタキミの街を見ると、今回一番貧乏くじを引いてそうなあの客の事を思い出す。
「仮称ダストさん、何者なのかしら?」




