雪解けと共に
危機を犠牲者なしで乗り切ったホビロ村だが、何事にも後始末というものはついて回るものだ。
一番被害が多かったのはヒューイの家だ。玄関扉の大破、巨熊が体当たりした壁も一部破損していた。その他の建物の被害は軽微で、ヴィオレとレドが逃げ回った際に生じたものくらいである。
ヒューイの家についてはすぐに応急措置がされ、とりあえず冬を乗り切り雪が解けてから残りの修復をすることとなった。軽微な他の補修も同様に雪解けを待って行う事となった。
犠牲者はいなかったが怪我人は少なからず出ている。一番の怪我人は無論ザックである。鳩尾から右肩口までの裂傷、左腕の筋を痛めたのと左手小指の脱臼、頭部の裂傷という内容だ。
次点でネイト、両腕を痛めていた。折れてはいなさそうだが罅くらいは入っていそうとの見立てでしばらく安静だ。
その他擦り傷や切り傷等の軽傷も入れれば結構な数となったが命に関わるような怪我人は幸いなく、各々自宅での療養となった。
念のため感染症や後遺症を警戒しつつミシルが定期的に様子を見ることになった。
一方、当初原因不明だったため村人たちが一番心配していたヴィオレとレドは蓋をあければ身体的には全く問題なかった。
巨熊の死体の処理が地味に一番大変な作業であった。凍ってしまうと雪解けまで処理が出来ない、激戦の後すぐ処理する必要があったのだ。
熊の肉を食用にするかという声も出たが、人を食べたかもしれない疑惑のある熊を積極的に食べる気にもなれず、食料に困ってもいないことから処分することにした。
剥いだ皮と薬の素になる臓器だけ回収する事になり、狩人と残りの村人は極度の疲労感の中作業する羽目になったのであった。
「領主様に手紙とは……、不興を買ったら殺されたりしないか?」
「ただの報告だ。そこまで気を使う必要はなかろう」
難しそうな顔をするヒューイに対して、ロイドは特に懸念を感じていないようだった。
事の発端は巨熊の来た方角である。巨熊は村の北側から来たと思われる、ホビロ村北側とは余り交流は盛んではないが、いくつかの集落があったはずである。
ロイドの見立てではあの巨熊はホビロ村に来るまでに人間の味を覚えている。
北の集落も被害に合っている可能性が高い、その旨を領主に報告した方が良いのではないかという話しになったのだ。
「実際人が減れば税が減る、領主様とて嬉しいものではないだろう、もしかしたら高い塀でも作ってくれるかもしれん」
「森の西側ならともかく東側にそこまでしてくれるとは思えんがな」
「どうせ雪が解けたら俺は金を作りにノタンまで行く、ついでに出してきてやる」
ロイドの言葉を聞いてヒューイは少し維持の悪そうな顔をした。
「あんたが金を? なんでまた?」
「お前の倅から聞いているだろ、あまりからかうな」
意地悪な質問にロイドは顔を反らした。
月日が経ち次第に気温が上がり、雪が解け春が顔を出し始めた頃、ホビロ村から十名ほどがノタンヘ向けて出発した。
ヒューイから手紙を預かったロイドを初め、怪我が治ったザックもいる。
金を作りに行くという共通の目的がある二人、態々別々に行く必要も無いため一緒に行くこととなった。
次いでだからと、一緒に荷台を引いて村の修繕で使う資材の補填などをしてしまおうと人員が足されていき、最終的には手押しの荷台五台と人員十名という小規模なキャラバンの様相を呈した。
「この足跡、さっきもあっちに似た足跡があっただろ? だからくるくると縄張りを周回してる可能性もあると思うんだよ」
「言われてみれば」
「確かに、サムは物知り」
サムが喋り、ヴィオレとレドが真剣に耳を傾けている。その様子をジョンが見守っていた。
いつも一緒に狩りをするロイドがノタンに行っていて不在の為、ジョンが双子に一緒にどうかと声をかけたのが事の発端だ。
四人で森に入り、見回りを兼ねた狩りをすることになった。
いざ二人の腕前を観察してみると、先の巨熊の一戦で見たように身のこなしは羽のように軽く、弓の腕も中々のものだ。立射ではサムとそこまで実力差はないだろうが動きながらでの腕前は双子に軍配が上がる。
サムが双子の実力に引け目を感じなければ良いがと誘った後に心配していたジョンだったが、意外な光景に口を挟まず見守ることにした。
見つけた足跡から獲物の種類や場所の予想をしていた双子にサムが助言をしていた。現時点では正解はわからない問だったが、なるほど一理ある。
双子は足跡の向き、深さ、大きさから大体の距離と方角を導き出したが、サムは違うところで見つけた足跡との相互関係からもう一つの可能性を示唆した。
どちらが正解かはわからないが可能性として頭に入れていた方がいざというとき対応が出来る。
いつもは自分が教え、サムが教わる側だったので初めて見た息子の一面にジョンは感慨深く口髭を触った。
双子は感が良い、その為初動が速いが、裏を言うなら自身の感覚に頼りすぎている感覚派の一面があるといえる。その点サムは初動こそ負けるが、考えが遅いわけではなく深いタイプ、父の教えと自分の考えや経験をすり合わせ無数の可能性を導き出してから動く思考型であると見ることもできる。
お互いのタイプが違うからこそ嚙み合うのか、双子はサムの話を真剣に取り入れているし、サムはサムで双子の考えを自身の引き出しの一つにしているようだ。三人の会話はベテランのジョンを持ってしても考えさせられるものがあった。
「なんでも、試してみるものだな」
ジョンは話に夢中の三人の代わりに周囲の観察をしながら、しばし耳を傾け続けるのだった。
ヴィオレとレドはロイド不在の間、狩りに出る際はジョンの発案でヘイスやアルビンとも行動を共にし有益な時間を過ごした。
しばしそのような学びの時間を過ごしていると、ある日シーラに村の南側に呼ばれた。
聞くと今日あたりがノタンに向かった一行の到着予定日であるとのことで出迎えもかねて少し待ってみようという事であった。
土産も用意するという話もあったので他の住民も結構集まっており、火を焚いて暖を取り、暖かい飲み物を飲みながら皆で談笑しながら暗くなるまで待つこととなった。
「あ! あれじゃないか?」
太陽の光が次第に赤みを帯びてきたころ、一人の村人が南へ続く道を指さしながら声を上げた。柵や用意した椅子に座っていた者達も立ち上がり目を凝らした。
道の先に何か見える、次第に荷台であろうものや人影も確認できるようになった。誰からともなく大きく手を振り始める。ヴィオレとレドも周りの真似をして手を振った。向こうも気付いたのか何人かは手を振り返している。
「「っ!」」
集団がある程度近づいてきた時、突然ヴィオレとレドが集団に向かって走り出した。
「どうしたんだ?」
「お土産がそんなに待ち遠しかったのかな?」
「あの二人が?」
突然走り出した二人の意図が分からずその場にいた村人は顔を見合わせる。
「……ん? なんか人数多くないか?」
そんな中ケイルが気づく、集団は更に近づき人数も数えれるほど近くなっていた。
「……あぁ、そういうことね、ノタンで偶々合流したんだわ」
ケイルの言葉によく目を凝らし集団を見ていたシーラがヴィオレとレドの意図に気づいた。
「本当、いつまで経ってもあいつが大好きなのね」
シーラは呆れたように笑うのだった。
「「ダスト!!」」
「お、おい! 止まれ、止まれって! うお!?」
ヴィオレとレドは集団の中の一人に飛びついた。飛びつかれたダストは勢いに勝てずそのまま後ろに倒れこむ。
「くそっ、体も大きくなってんだから全力で来るんじゃねぇよ」
ダストは満面の笑みで抱き着いてきた双子を見ながら悪態を垂れる。しかし双子は離そうとはしない。
近くにいたザックは助けようとはせず、にやにやと様子を見ている。
「あのね、いっぱい話したいことがあるの! おかえり!」
「いっぱい聞きたいことがあるの! おかえり!」
ヴィオレもレドも興奮しすぎて脈絡のない迎えの挨拶をぶつけてきた。
「わかったわかった、家についてからな家に……ただいまっと」
何を言っても無駄そうだとそうそうに諦めたダストはしばらく双子のされるがままに甘んじることにしたのだった。




