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ゴミクズバイオレット  作者: つかさ
ホビロ村

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16/19

思い出は、劇的で刺激的一撃

 渾身の力で振り下ろされた斧は巨熊の眉間を捉えた。頭蓋骨の感触を両手に感じると同時に途轍もない衝撃がザックに伝わる。

 背骨が軋むような感覚と両腕に走る痺れと痛み、だからこそ感じる渾身の手応え。


「ぬあ!?」


 圧倒的質量が圧倒的速度で動いていた運動エネルギーをゼロに出来るわけもなくザックは後方に吹っ飛んだ。斧はザックの手から離れ巨熊の額にめり込むように残された。巨熊は叩き伏され雪をまき散らしながら静止した。

 固唾を飲んで周囲が見守る形になった。だが。



ーー巨熊の目は死んでいない。



「縄を投げろぉ!」


 アルビンが叫んだのと同時に巨熊は立ち上がり雄叫びを上げた。拍子に額から斧がポロリとズレ落ち鮮血が吹き上がった。投げ縄が宙を舞う。

 輪の一つが巨熊の左前足に引っかかる、巨熊の膂力に縄を持っていた村人が引きずられるがすぐにその縄に加勢が加わり一応の拮抗を見せた。


 ザックはなんとか立ち上がり落ちていた斧を拾う、左腕が痺れてうまく動かせない、右腕だけで再度斧を振り上げる。


 が、振り下ろす前に巨熊の右前足が逆袈裟に振るいあげられ冬仕様の分厚い上着が裂ける、鳩尾から右肩口付近までクッキリと爪痕が刻まれ鮮血が滲む。

  拍子に斧は手から離れ、ザックはその場でストンと尻もちを付いてしまう。


「ザック!?」


 男達は必死に縄を引くがザックから遠ざけることは出来ず、止めを刺そうと再度前足が振り上げられた。


 その時荒く息を弾ませながら、レドが村人と巨熊の間で張りつめている縄に飛び乗る、驚異のバランス感覚で縄の上を一歩二歩走りそのまま巨熊の顔面に飛び掛かった。

 腰のナイフを一閃、巨熊の右目を切りつけた。右目を潰すことに成功したが無意識に庇うかの如く振るわれた腕にレドは払い飛ばされてしまう。 

 普段なら余裕を持って着地できる程度だったが極度の疲労の為か、なんとか転がり衝撃を逃がすだけだ。すぐには立ち上がれなかった。


「残った目を潰せぇ!」


 ザックとレドが作った千載一遇の好機、村人たちが巨熊の動きを多少なりとも制限出来ているこの状況を逃す訳にはいかない。

 正面に回ったロイド、サム、ジョンが弓を構える。両の目の潰せば格段に有利になるのは明らかだ。


 三人は一斉に矢を放ったが、何かを感じ取った巨熊は驚異的な反射神経で身を屈める。サムの矢は外れ、ジョンの矢は左耳を掠め、ロイドの矢は目の僅かに横を抉る結果になった。

 しかし、一拍遅れて飛来した別の矢がレドが先ほど潰した右目に突き刺さる。堪らず巨熊は悲鳴をあげ、最大限に血走った左目で自身を穿った怨敵を睨みつけた。

 視線の先に居たのはヴィオレだ。肩で息をしながら少し離れた場所にヴィオレはいた。


「もう一発!」


 三人の狩人は再度弓を構える、だが巨熊は狼狽える所かそんな眼前の三人を無視しヴィオレに向かって駆けだした。


「!? 引け! 絶対に行かせるな!」


 させまいと縄を握る村人たちは一層奮起するが、巨熊は雄叫びを上げ今日一番の膂力でヴィオレに迫る。


「っ!?」


 地を這うように低い姿勢で突貫する巨熊、村人たちは引きずり倒され遂に拘束が解かれた。その低い姿勢のまままるで鞭のように前足が振るわれる。


 咄嗟に上に飛び直撃を免れたヴィオレ、だが僅かに飛び上がった足に前足が触れ態勢を崩した。高速でヴィオレの視界の天地が回転する。どちらが上でどちらが下がわからない状態で、ヴィオレは肩口から地面に叩きつけられる事となった。


「ヴィオレ!」


「いかんっ!」


 ジョンとロイドとサムが急いで向かう、ヴィオレは咄嗟に立ち会がったがまるで足がいう事を聞かずすぐに尻もちを付いてしまう。目の焦点が覚束ない。


「うっ……、あぅ」


 頭がグワングワンと揺れるような感覚に襲われる、見上げるとすぐそこには血走った目で巨熊が見下ろしている。大きな口が開かれる。


「やめろぉお!」


 ロイドが悲痛な声で叫ぶ、必死に足を動かすもその距離はヴィオレを助けるには絶望的に離れていた。




「ぜえ……ぜぇ……」


 レドは四つん這いの姿勢で動けないでいた。幸い吹き飛ばされた事による負傷はないが、巨熊の右目を潰した一撃で残っていた体力の殆どを使ってしまった。

 ほんの少しだけ呼吸が落ち着き顔を上げたレドの視界に、村人たちを引き倒しながらヴィオレに襲い掛かる巨熊姿が映った。


 地を這うように振るわれた腕を一見回避したように見えたが、ヴィオレは空中で何回も回転し地面に落ちた。背筋にゾワッとした感覚が走る。


「ヴィオレっ」


 レドは何とか立ち上がるが絶対に間に合わない距離に絶望する。遠目に巨熊が笑ったように見えた。ヴィオレから視線を外さない。大きな口が開かれる。


「嫌だっ……」


 自分の半身、物心ついてからずっと一緒にいた存在、一緒に生きてきた、一緒にダストに助けられた、一緒に名前を貰った、違う名前を貰った、一緒にいろんな事を覚えた、一緒に笑って一緒にダストの帰りを首を長くして待った。


「ダスト……」


 ダストがここに居たらあの時のようにヴィオレを助けてくれるのだろうか、あの時のように痛快にあの巨熊をやっつけてくれるだろうか。


 あの日の記憶がフラッシュバックする。ヴィオレとレドの大切な思い出、ダストが二人の為に戦ったあの記憶、あの日から二人の世界が色づいた。


 ダストがスクロールなるものを使って放った炎で襲って来た集団を蹴散らしたあの光景がレドの脳裏を小突き回す。

 爽快なようで痛快な、今なおレドの中で燦然と輝く圧倒的な起死回生のイメージ。



腹の底が煮え滾る



心臓が大きく鼓動する



魂が叫ぶ



ーー奪われることを決して許すな!



 レドの赤い瞳に力が燈る、本能に命じられるかのように無意識にレドは右手を前に構えた。なぜそうしようと思ったのかわからない、あの日の思い出がそうするべきだと叫ぶのだ。


「燃えろっ!」


 突如レドの右手から巨大な火球が飛び出した。

 火球は一直線に巨熊の元に向かう、何かを感じたのか巨熊はそちらを確認し庇うように出された右前足に火球は直撃した。

 巨熊の体を動かすことは出来なかったが、前足が真っ黒に炭化していた。巨熊の呻き声が轟く。


「まっ、魔法!?」


「レドが使ったのか!?」


「もう一発っ!?」


 今だ立っている巨熊に対し再度右手を構えたレドだったが体に力が入らない。気付いた時には顔面から雪の地面に崩れ落ちていた。急激に意識が遠のく、視界がかすむ。

 それでもレドは倒れたまま顔を上げヴィオレを見た。


「ヴィオレ!」


 ヴィオレとレドの視線がかち合う、自分に出来てヴィオレに出来ないはずがない。自分と同じ存在で、自分と同じあの日の思い出を宿しているヴィオレが出来ないはずがない。


「ヴィオレ!!」


 もう一度レドが叫んだ時、ヴィオレが弾かれたように眼前の巨熊を見据えた。自分達を、自分たちの大切なものを奪おうとしている敵、先ほどのレドの放った炎はヴィオレの脳裏にもあの時の記憶を稲妻のように走らせた。

 だがヴィオレのイメージはレドとは違った。あの日ダストが使ったもう一つのスクロール、なぜかそちらの方がしっくりと来た。


 両膝を突いたまま、ヴィオレは両掌を地面に叩きつけた。


「貫けっ!」


 ヴィオレが叩いた地面の近くから氷が突き出す。途轍もない速度で、まるで元々地中に居たかのように巨大なつららが射出されるかの如く生えてきた。

 地面から巨熊の顔面に向かって斜めに突き出たそれは、圧倒的な質量で巨熊の首の三分の二を抉り取って行った。


 背中を付いて倒れる巨熊、ヴィオレもそのまま潰れるかのようにうつ伏せに崩れる。


「ヴィオレまで魔法を!?」


「おいそれよりも!」


「やったか!?」


「ヴィオレ! 大丈夫か!? ジョン! レドの方を頼む!」


「あ、ああ、わかった」




 突然の魔法の発現、倒れる巨熊、倒れた双子等の情報量に村人もどれに対応していいかわからない状態の中、ロイドはヴィオレへと駆け寄り上体を起こしてやる。

 意識がなくぐったりしていることにゾッとするが呼吸をしている事が確認できホッと息をついた。


「爺さん! こっちは気絶しているだけだと思う!」


 レドを見に行ったジョンからも報告があり一安心と思ったところで、目の前で急に倒れていた巨熊が立ち上がる。誰もが声も出なかった。


「!? なんという生命力っ……」


 ロイドは咄嗟にヴィオレを抱きしめる。ヴィオレだけでも逃がそうと覚悟を決めたとき、違和感に気づいた。


 巨熊の目だ。先ほどとは違う、そこには戦意も狂気も感じなかった。

 垣間見えたのは、恐怖。


 巨熊はあっけなくクルリと背を見せると、炭化した右前足を庇いながらヒョコヒョコと駆け出した。ヴィオレの魔法で呼吸器官が傷ついたのかひどく息苦しそうだ。


「に……げた、のか?」


 誰もが呆気に取られた。先程までの恐ろしい姿はそこにはなく、文字通り尻尾を巻いて逃げる姿は滑稽にすら写った。

 誰とも目を合わさず、いそいそと巨熊は森へ向かう。




「ふざけんじゃねぇ!」


「逃がすなぁ!」


 ザックが飛び掛かったのと、ロイドが叫んだのは同時だった。

 ザックは巨熊の首に飛び付きそのまま背中側に回った。


「縄を掛けろ! 熊は執念深い、万が一生き延びたらまた家族を喰らいに来るぞ! そしてコイツは恐らく人間の味を知っている! 味の好みは女と子供だ!」


 ロイドが更に捲し立てると村人達も襲い掛かる。左前足に繋がったままだった縄を取り思いきり引く、先程までの敏捷性はなく、残った四肢にも縄が掛けられる。

 巨熊の前進が止まった。


「なぁ、おい! 散々滅茶苦茶しやがってよぉ! 負けそうになったらはい退散ってのはムシが良すぎるんじゃねぇか!?」


 ザック上手く動かない左手で熊の体毛を掴み、右手で右目に刺さった矢を握り、グリグリと動かす、巨熊の悲鳴が響く。


「女子供ばっかり気にしてよぉ! こっちには面倒くさそうに相手してくれたなぁ!? 俺は一応次期村長候補だぜ!? 挨拶はどうしたんだぁ? あぁ!?」


 頭からの出血で顔も血だらけであり、鬼の如き形相でザックは捲し立てる、完全にぶちギレていた。


「おい、そいつを寄越せ!」


 ザックは簡素な槍を持っている若い村人に命令した。村人は槍をザックに放ると左手で何とか受け取る。


「お前が生きてると皆安心して寝れねぇんだ、子供達も笑えねぇんだよ」


 ザックは右手でしっかりと矢を持ち、左手で槍を振りかぶる。


「後悔してるか? この村が只の餌箱に見えたか? あまりうちの村を舐めるなよ」


 ヴィオレの攻撃で露出している首の内部に槍を突き立て目茶苦茶に動かす。血が吹き出す、悲痛な断末魔が轟いた。

 必死に体を動かすが右前足以外の四肢は縄が掛けられ全力で引かれている。左前足で庇おうと地面から前足を上げた拍子に、右前足が使えないため前のめりで地面に倒れ伏した。


 やがて断末魔が止み、血だらけの雪の大地、怯えきった表情で絶命している巨熊、満身創痍の人間達だけが残った。




ヴィオレが目を覚ました時、視界には見慣れた天井があった。頭がぼんやりする、体もダルい。

 億劫そうに隣を見ると隣の敷物にはレドが寝ているのが見えた。


「レド」


 軽く呼ぶとレドも起きた。こちらもぼんやりとしているようだ。


「ザックの家?」


「そうみたい」


 二人は同時に上半身を起こすが思考が纏まらない、少しの間無言でぼんやりする時間が続く。そんな中突然部屋の扉が開いた。


「もうちょっと静かに開けなさいよ」


「うるせぇな……、気を付けるよ」


 入ってきたのはカナンとケイルだ。二人は喋りながら入ってきたので気づくのが遅れたがヴィオレとレドが上半身を起こしている事を確認すると揃って固まった。


「あ、カナン、ケイルおはよう」


「おはよう」


 呑気に挨拶する双子、今だ時間が止まっているカナンとケイル、反応がない二人にヴィオレとレドが首をかしげ出した時、時間が動き出した。


「「目を覚ました!!」」


 突然の大声にビクッと驚く双子、カナンとケイルは叫ぶやいなやまたすぐ扉から出ていってしまった。

 ヴィオレとレドは訳も分からずお互いの視線を合わせるのであった。




「うん、大丈夫そうだね、痛いところはあるかい?」


「大丈夫」


「平気」


 二人の様子を確認しているのはミシル、村の薬師である高年の女性である。

 二人の返事を聞いて満足げに頷いたミシルは予め煎じていた薬湯を二人に飲ませる。

 その様子を心配そうにマーサ、ヒューイ、シーラ、カナンとケイルが見ていた。カナンとケイルが飛び出していった後に呼んできたのだ。


「魔力酔いだね」


「魔力酔い?」


 ミシルの言葉にケイルが同音で聞き返す。


「私が若い頃、流れの薬師をしていた事は前に話しただろう? 冒険者をやってる魔法使いなんかと行動を一緒にすることもあってね、同じ症状を実際にも見てるし話しにも聞いていたのさ」


 ミシルは常に笑っている様な表情で待ったりと語る。


「魔法を学ぶ場所なんかでは順序を踏むからか滅多に起こらないらしいんだけどね、あんた達見たいに突発的に初めて魔法を使う時は体がビックリしてしまうのさ」


「「魔法?」」


「憶えてないかい? ヴィオレは氷、レドは炎を出したとロイドから聞いたよ、エルフは魔法が得意な種族だから元々素養はあったんだろうねぇ」


 ミシルの言葉にまだ実感は持てなかったがそういうものかと取り敢えず二人は納得した。


「皆は無事? ザックは?」


「皆無事だよ、ザックも幸い大事ない、何せシーラが着きっきりで看病してるからねぇ」


 少しからかうようなミシルの言葉に顔を赤くしてシーラは下を向いた。




「本当にどこも痛くないんだね?」


 ミシルが話が一段落すると、マーサが近づき話しかけてきた。表情は真剣だ。


「ちょっとぼんやりするだけ」


「痛くないよ」


 二人の返事を聞き、マーサは両手を伸ばし二人の頬を優しく触る、水仕事などで少し荒れているが暖かくて優しい手だと双子は思った。


「凄く心配したんだ、丸一日起きなかったんだよ、あんた達が飛び出して行ってから生きた心地がしなかった。多分皆同じ気持ちさ」


「「……ごめんなさい」」


 マーサの言葉は後半から少し涙が滲んでいた。二人は怒られていると思い謝った。


「恐ろしい化物の叫び声や男達の叫ぶ声は此方にも聞こえて来てさ、それが聞こえなくなった時も怖かったよ、悪い方向にばかり考えてしまってさ」


 マーサの言葉は続く、ただ二人の頬を触る手からは怒りは感じない、優しく二人の頬を撫でるだけだ。


「その後血だらけのザックや意識のないあんた達が運ばれてきた時は心臓が止まるかと思ったよ」


 視界の隅でヒューイが同意するかの様に小さく頷いている。


「本当は危ないことするなって叱るべきなんだろうね、でもね、これだけは言いたいの」


 頬を触っていた手を二人の頭部に回し、マーサは二人の顔を抱き寄せた。


「あの時ザックを助けてくれてありがとう、村の為に戦ってくれてありがとう、二人とも大好きだよ」


「僕もマーサの事大好き」


「私も好き、村の皆も好き」


 二人が思いを伝えると、いよいよもってマーサの涙は止まらなくなってしまった。

 釣られてシーラとカナンも泣き始めてしまい、ヒューイとケイル、ミシルは視線を合わせ苦笑するしかなかった。


 ホビロ村での巨熊騒動はこうして幕を閉じたのだった。

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