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ゴミクズバイオレット  作者: つかさ
ホビロ村

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13/15

森の美食家

 ザクザクと、雪の浅い所を探すかの様にロイドは歩を進める。

 冬の森は獲物が少ないが、見回りも兼ねているため収穫は無ければ無いで良い。村の越冬の為の備蓄は今年も万全だ。


 前回の見回りと同様、今日の森も静かだ。周りにはロイドの足音だけが響いている。

 天気も落ち着いている正午前、視界も良い。

 いつもと変わらない冬の森であるはずだが、ロイドは言い様の無い違和感を感じ始めていた。


 ふと、視界の隅に見慣れない色を感じた。立ち止まり視線を向ける。

 視界の殆どを占めていた白、そこにポツリと滲むように存在する赤い色彩は不穏の一言に尽きた。

 ロイドは大振りのナイフを構え、警戒しながら現場に近付いていく。


「猪か……」


 そこで事切れていたのは大きな猪であった。普段ならどこにあるか分からない短い首が不自然にネジ曲がり、噛み千切られたような痕もある。


「少し時間が経っているか、それにしても……」


 亡骸は硬直仕切っているし、足跡も雪が消したのか残っていない。この猪の足跡も、それを屠った者の足跡もだ。

 それよりも気になるのはその噛み痕の大きさとへし折られたであろう首だ。

 この大きさの猪ですら村に入られたら厄介な相手だ。農作物は荒らされるし子供が襲われたら一溜りもない。

 何よりその猪を屠った存在がまだ潜伏している可能性もある。


「冬眠し損ねた熊か、あるいは……」


 ロイドは亡骸を調べ顔をしかめる、噛み痕はあるが食い荒らされた形跡がない。


「魔獣の可能性もある」


 ロイドは足早に村に帰還し始めた。




「熊……、魔獣の線もあるってか?」


「ああ、妙に引っかかる」


 ロイドは帰ってきた足でそのままヒューイの家まで足を運び、自分が見た状況と感じた懸念を語った。


「わかった。若い衆を集めよう、狩人たちはあんたに頼んでいいかい?」


「無論だ。明日の日中に何組かに分けて森に入る。見回りと威嚇を兼ねてな」


 対象が熊だった場合、いきなり遭遇すると襲われる可能性はあるが、本来熊は意外と臆病な生き物だ。大きな音だったりで人間の存在を感じるとその場から離れる事が多い。


「問題は魔獣だった場合か」


 そう溢しヒューイは苦い顔をする。


「熊だろうが魔獣だろうが小さな個体なら何とかなるだろう。手に負えないものが出た場合の事は考えておいてほしい」


「ああ、村長の仕事だ。雪道で心苦しいが誰かにノタンの冒険者ギルドに急ぎ向かってもらい、助けを待ちつつ引き籠る事くらいしか今は思いつけないが……」


 本来領主や代官に助けを求めることもできるが、シバリアの立地は少し特殊だ。領地の東西を魔獣の多く出るコズミーシの森に分かたれている。

 シバリア領都がある森の西側には領都以外にも大きな町があったりするが、東側はホビロ村を含む大小様々な村や集落しかない。無論シバリア東部には冒険者ギルドもなければ代官もいない。年に一回徴税官が兵士を引き連れてくるのみだ。

 よって、一番近いのは南下してコロトー領にあるノタンの冒険者ギルドとなる。


「ギルドに頼むなら何か報酬も考えんとな、貨幣も全く無いわけじゃないが、備蓄を少し売らねばならないか……」


「その時はその時だ。命さえあればあとから何とでもなる。まぁ、そうならんように善処するが、もしもの時は財を惜しむな」


「わかっているさ、ロイド爺さん、トミオーンの時みたいなことは出来れば避けたい。くれぐれも慎重に頼むぞ」


 そうして会話を終えた二人は、各々の為すべきことの為に同時に家を出たのであった。




 翌朝、村の数ある広場のうちの一つに男たちが集まっていた。それぞれ斧や農具、畑を荒らす害獣用の手製の槍などを持ち寄っている。十八歳以上の普段農作業をしているがっちりとした体格の者たちが中心だ。


「ロイド爺さん、魔獣の可能性もあるんだって?」


 集まった者たちを見渡していたロイドに二人組が声をかけた。ベテラン狩人のジョンとその息子のサムであった。

 二人ともロイド同様弓を背負い、腰には大ぶりのナイフを装備している。ジョンは口髭を触りながら真剣な眼差しであり、十八歳のサムは少し緊張している様子であった。


「俺の杞憂であればいいがな」


 そこに残りの村の狩人が二人合流し簡単に打ち合わせをする。

 ロイドが問題の死骸を見つけた地点の方角を中心に集団を二手に分けることになった。

 狩人はロイドと若手の狩人のヘイスが組み、ジョンとサムの親子と普段は罠猟が中心のアルビンで組を分けた。


「サム、あまり緊張し過ぎるなよ。ジョンとアルビンはベテランだから頼るといい」


「は、はい」


 ロイドから気遣いの言葉にサムは意表をつかれたかのように返事をする。

 村で一番のベテラン狩人であるロイドであるが、以前はむっつりとした態度でいることが多く口数だって少なかった。

 今では少し態度が柔らかくなり、会話に混じることも増えてきていた。

 原因であるエルフの双子の姿を思い描いてかサム以外の狩人は面白そうに少し表情を崩す。


「ん? なんだ?」


「いんや、何でもないねぇよ」


 周りの雰囲気に怪訝な顔をするロイドにヘイスが雑に誤魔化した。


「そうか、それではそろそろ出発するぞ」


 狩人たちは頷き、村人たちの一団へと足を向けた。




「ふざけるのは論外だが会話はしろ、人の気配で離れてくれるならそれに越したことはない」


 二手に分けた一団をロイドは先頭で率いる。殿にはヘイスを配置し、森全体を観察するように歩く。

 事前に言われていたように、村人たちは会話をしながら時折自身の武器を打ち鳴らし人の気配を主張するように歩を進め続けた。


「いやーダストの野郎、こんな時にいないとはな」


 斧をもって参加していたザックがロイドの隣に並んできた。


「ふん、いたとしてもあの小僧は弓も使えん、それにEランク冒険者ってのはそこまで戦えるものでもないだろう」


「それあの二人には言うなよ、嫌われるぜ爺さん」


 ザックの言葉にロイドはむっつり口を閉ざす、意外とわかりやすい反応だ。

 その反応に笑いながらザックは続ける。


「それにダストはDランクになったってこの前帰ってきた時に聞いたぜ」


「そうか、金の為か?」


「そうだな、そしてあの二人のためだ」


「二人の?」


 ロイドは顔をザックに向けた。


「奴隷から解放するには結構金が要るらしくてな、それでも終わりが見える所まで来たんだとよ」


 「まぁ、実際普通の子供と同じ様に暮らしてるけどな」とザックは笑う。


「それに二人からも聞いてんだろ? あいつらの為にダストが戦った事」


 ロイドはそれに答えず歩く、そんな姿に苦笑しながらザックは続ける。


「やるときはやる奴なんだよ、あいつは」


 ロイドは相変わらずむっつりとした顔で歩き続ける。そんなロイドをザックは今度は何も言わずに見守りついていく。その視線を嫌そうに睨み返した後にロイドは再度周囲の観察に視線を戻しながら口を開いた。


「ふん……、俺も金を作ろう、毛皮や骨細工をノタンで売れば少しは足しになるはずだ」


「ああ、俺の家も少し金を作ろうと思ってんだ。雪が解けたらノタンに行こうぜ」


 そう言って満足したようにザックは後ろへと下がって行ったのだった。




 空気が変わった。全員がそう感じる位にはその一帯の雰囲気は道中とは隔絶していた。


「これが爺さんの言っていた死骸か、確かに妙だ」


 ジョン達の一団はロイドが言っていた死骸があるポイントに到達した。聞いていた通り大きな猪が事切れている。周囲には自分たちの足跡以外は見つけられない。

 ジョンは死骸を注意深く観察する、大きな猪だ。残された歯形も大きく首の骨も恐らく折れている。しかし食い荒らされている様子はない。


「冬眠できず、気が立っている熊ってのが一番ありそうな線だな」


 近くで同じように観察していたアルビンが言った。サムは緊張している様子だが余念なく周囲に気を配っている。


「保存食の可能性もあるがなぜ地中に埋めない?」


「どの生き物にだって異常行動はある。熊の保存食だった場合、近くに潜伏している可能性は大いにあるぞ」


 村人たちも周囲を真剣に観察する。ここが人間の縄張りだと主張する様に大きな音や声を出した。


「ジョン、風下側を少し見てくる」


「ああ、気を付けてな」


 アルビンはジョンに一声掛け、匂いが分からない風下側へ一人見回りに向かう。

 ジョンも立ち上がり周囲の観察に参加した矢先、今さっき見回りに出たアルビンが後ずさるように戻ってきた。

 声をかけようとしたジョンだが、アルビンの余りにも緊張した表情に言葉を飲む、その理由はすぐに分かった。


 アルビンが戻ってきた茂みから数秒遅れてノッソリと熊が姿を現したからだ。


「すぐそこに……、置物みたく潜んでいやがったっ……!」


 突然もたらされた熊の襲来に場に沈黙が訪れるが、何とか立ち直ったジョンがすぐに弓を構え指示を出す。


「声を出せ! 威嚇しろ! 絶対に背中を見せるな!」


 ジョンの言葉に応える様に、パニックになりながらも村人達は武器を振り上げ声を捻り出した。

 アルビンも後退りで何とか一団に合流し、武器を抜き声を挙げる。

 熊は一旦歩みを止めたが、一団を観察するように見てくるだけで動きはない。


「なんだ? 冬眠為損なった事による異常行動か?」


「わからん! だが多分コイツだろう!」


 お互い険しい顔でやり取りするアルビンとジョン、一方その熊は何気なく前足を上げ、後ろ足だけで立ち上がった。


「……っ! でかいな……」


 四足歩行の状態でも大きく感じたが、二足で立ち上がった今、その大きさを更に感じる。

 怯えた様子もなく、かといって警戒している様子もない。まるで村人を観察するかのように視線を向けてくる様はただただ不気味であった。


「なんだコイツは……、イカれているのか?」


 硬直した状況に悪態が漏れるジョンだったが、熊の視線が一か所で固定されたことに気づく。自分達の後方だ。

 ジョンは小さく振り返るが当然そこには何もない、強いて言えば自分達の足跡くらいだ。

 熊はジッと同じ場所を見た後、不意に目を細め前足を下ろした。ジョンにはそれが何故かニタリと笑ったように見え嫌な予感がする。

 次の瞬間、巨熊は急に前方へ走り出した。


「っ! サム!」


 膠着状態からの急展開にもジョンは何とか反応しサムへ合図を出す。合図を受けたサムと同時に構えていた矢を放つが、体毛と分厚い皮膚を通せず二本の矢は弾かれてしまう。


「避けろ!」


 散り散りになって巨熊の進行方向から逃れる一団だったが、巨熊は気に留める様子もなく一団の中を通り抜けていく。

 襲い掛かってきた訳ではない、まるで目的地を見つけ夢中で走り出し、たまたまその進行方向に自分たちが居ただけかのような感覚、そこまで考えてジョンは嫌な予感がした。


「サム! お前はロイド爺さんのところに行け! 合流して村へ急げ!」


「あ、ああ、わかった」


 走り出したサムを確認すること事もなく、ジョンは村人たちに視線を移す。


「嫌な予感がする、急いで村に戻るぞ!」


 村人たちは今だ状況に追い付いていないようだ、巨熊の急接近の混乱から立ち直っておらずポカンとジョンを見つめている。


「奴は俺たちが来た方向に走り去ったんだぞ!?」


 巨熊はもう後ろ姿も確認できない。


「村がある方向だ!」


 その一言で村人たちはようやく理解した。巨熊が去った方向にあるものを、何を守るためにここまで来たのかを再認識することになる。

 蜂の巣を突いたようにあわてて村人たちは走り出した。

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