出稼ぎ冒険者とお留守番エルフ
若い女たちと子供たちが音楽に合わせて体を揺らす、季節は秋を迎え、ホビロ村は今年も無事に収穫祭を迎えた。
具材がたっぷり入ったスープと酒も振る舞われ、皆が皆笑顔で今年の豊作を祝う。
村を訪れていた行商達も村の振る舞いに舌鼓を打ちながら商いを行っている。普段あまり貨幣を用いない村人相手なので、もっぱら物々交換が主流だ。
祭りの賑わいを視界に納めながらザックとダストは村を囲う柵に持たれながら近況を伝えあっていた。
収穫祭前に帰省したばかりのダストは、振る舞いのスープを貰ったらすぐ自宅に帰るつもりであったが、双子にねだられ残って居たのだった。
「んで、そのトラブルってので金貨二十五枚は集まったのか。あと半分だな」
「死にかけたけどな」
「俺らにはわかんないんだけどよ、金貨五十枚ってのは冒険者が稼げる額なのか?」
「Sランクとかなら余裕だろ、俺だと必死こいても十年位かかるな」
「おお……、でもまぁトラブルでも何でも半分稼げたなら幸先がいい、村でも出来る限りはするからよ」
仲間達に手を引かれて踊りの輪に連れて行かれた双子を見守りながら、男達の会話は続く。
「……アイツらは上手くやれてるか?」
「それに関しちゃ心配要らねぇ、たまに取り合いが起きる位気に入られてるよ」
ダストの問いかけにザックが呆れながら答えた。
「夜はうちで面倒見ることが多いが、次はいつうちに泊まりに来るんだってしょっちゅう聞かれてるみたいだぞ。笑えるのはあの偏屈なロンド爺まで双子には甘いみたいだぜ」
「まぁ、上手くやってんならいいわ」
「でも、お前が居ない時は寂しそうにする時もあったぜ? 次からも年一回は帰ってこいよ」
そう言ってザックはダストを窺うが、ダストは答えること無く変わらず双子を見たままだ。
「ヴィオレ達から聞いたぜ? 命賭けて悪い奴らから守ったんだって? 大切に思ってるんだろ、アイツらの事」
「お前らより半月位早く出会っただけだ、戦ったのも半分八つ当たりだよ」
ダストは柳のようにザックの言葉を受け流す。
「なぁ、アイツら奴隷から解放したら冒険者止めて村で暮らせよ、お前が居たら俺も楽し……、おい聞けよ!」
ザックの懇願めいた提案の半ばでダストは柵から腰を離し歩き始めた。
「シーラがこっちずっと見てるぜ、構ってやれよ」
振り返りもせずにダストは手をヒラヒラと振りながら遠ざかる、視界の隅でシーラが近寄って来るのを感じながらもザックはダストの後ろ姿から目を離さない。
「昔からそうだ、お前はいつも『約束』をしてくれない」
誰にも聞こえない、やるせない声が虚しく響いた。
普段は村長宅を中心に村人の家で世話をされる事が多い双子だが、ダストの帰省中は三人で生活する事を好んだ。
三人でダスト宅で過ごす際は、当たり前の様にダストの寝床に侵入してくる。言ったところで戻らないのでダストも好きにさせていた。
チラリと双子を観察する。
初めて見た時は痩せっぽっちで小汚なかったが、健康的な体つきになってきたようだ。
身綺麗になると髪は白銀のように煌めいていた。
双子は取り敢えず十歳という事になったそうだ。一番仲の良いカナン達と同じ年という事にした方が本人達も嬉しいだろうとの事だった。
「ダスト、いつまで村にいるの?」
「雪が降る前にはまたタキミに戻る」
「明日は料理教えてくれる?」
「あー、わかったわかった」
毎夜左右から交互にされる質問やおねだりに適当に返しながら寝入るのが帰省中のダストの習慣となっていた。
「冒険者のお話聞かせて?」
「冒険の話聞きたい」
双子はダスト自身の事やダストの話を聞きたがるようになった。ザック達に何か聞かされたのかと思いつつ、何か話さないと寝れないと早々に観念する。
「じゃあ今日は俺が初めての採取依頼で、ゴブリンの集団と遭遇して半泣きで逃げ延びた話だ」
双子が寝入るまで、ダストの声が部屋に響いていた。
「ヴィオレ、レド、わかるか? この獣の匂いが」
「わかるよお爺ちゃん」
「風上にいるよね?」
双子の返事に村の狩人であるロイドはたっぷりと蓄えた髭を触りながら満足気に頷いた。
月日が流れ、双子は十二歳になった。
ロイドは村の端に住む狩人であり、気難しい性格の老人だ。狩りの話以外ではあまり口を開かないため子供達からも怖がられている人物なのだが、そんなロイドを双子は一切物怖じせず「お爺ちゃん」と慕っていた。
双子に絡まれて満更でもないロイドの様子を見て、村人からのロイドへの印象も柔らかいものになっていったのだった。
ロイド宅に泊まる際、双子は狩りの話を聞きたがり、自然に手解きを受ける様になった。
「よし、あそこだ。試しにヴィオレが狙ってみろ」
三人は息を潜め、ヴィオレがロイドお手製の短弓を構える。
「頭に置くのは自分と標的、風と遮蔽物と物が地面に落ちる摂理の五つだ。当たらなくても良いから射ってみろ」
ヴィオレは狙いを付け、射る直前に呼吸と動きを止める。一瞬自然に滲んで存在感が希薄になった後、矢を放った。
矢は鹿の後ろ足の付け根に深く突き刺さった。鹿は小さな悲鳴を上げてすぐに逃げ出すが足取りがおぼついていない。
「お爺ちゃん、頭に当たらなかった……」
「何を言っている、良く当てた。さぁ追うぞ」
落ち込むヴィオレの頭を撫で、三人はすぐに追跡に移った。
「傷を追った獣は警戒心こそ高くなるが、逆に動きは短絡的になる。風上に回らぬよう注意しながら先回りするぞ」
一行は獲物を追い越し退路へ先回りした。
「次はレドだ、狙い易いところで待ち伏せ矢を放つのだ」
「わかった、ヴィオレ手伝って」
「ん」
短いやり取りで意図を察したヴィオレが、大木の根本に寄りかかり両腕を下に組む、そこにレドが駆け寄りヴィオレが組んだ手に勢い良く乗る。
ヴィオレはレドを上へ押し上げ、それに合わせた跳躍で双子三人分は上にあった大きい枝にレドは飛び上がった。
「何と身軽な……」
咄嗟の連携で高所を確保した双子に感心するロイドを他所に、枝上でレドは弓を構えた。
視界にはヒョコヒョコと力無く逃げる鹿、レドは息を止め赤い瞳は瞬きを止めた。
一瞬の静寂の後、放たれた矢は見事鹿の首を貫いた。生きてはいるがその場に倒れ、歩き出すことはもう出来ない。
ロイドは獲物の傍に駆け付け、引き抜いたナイフで鹿の息の根を止める。
「すごいぞお前達、弓の練習や狩りの基礎を教えてはいたが、初の実戦で命中させるとは大したものだ」
「えへへ」
「やったー」
ロイドに褒められながら撫で回されると双子は表情を崩した。村人や同世代の子供達との交流で徐々に表情は豊かになってきているようだ。
「ダスト褒めてくれるかな?」
「喜んでくれるかな?」
「そもそもあの小僧は弓が下手くそだから罠猟しかしないんだ。逆に教えてやれば言い」
ロイドの言葉に双子は目を輝かせた。
「わかった、私ダストに弓教える!」
「僕も!」
「さぁ、帰るぞ、今日はワシの家に泊まっていけ」
仕留めた獲物を担ぎ、ロイドは年齢にそぐわない健脚で歩き出す。
「お爺ちゃん、今日は鹿を食べるの?」
「そうだ、意外に癖が無くて旨いぞ」
「作り方教えて欲しいな、一緒に作りたい」
「ああ、夕食だけじゃ食いきれん、干し肉も作ろう……、一緒にな」
「「うん!」」
家路を行く三人の足取りは軽かった。
「やっぱり男の子は何も分かってないわ! こんなに綺麗なのに勿体無い!」
「何でだよ! 邪魔そうだから言っただけだろ!」
土地だけは沢山あるホビロ村では、ちょっとした広場はすぐに子供達の遊び場となる。
だが、本日子供達で賑わっていたのはそんな数ある広場ではなくポーロという少年の家の前だった。
子供達は男女で対立するように睨み会い、その間にはキョトンとした顔のレドがいた。
ヴィオレも女子グループ側にいたが、首を傾げ状況を飲み込めていないようだ。
事の発端はレドの髪だった。
本日レドは男子グループ、ヴィオレは女子グループで別れて行動していた。
レドとヴィオレの髪はほぼ同じ長さで肩にかかる程度だ。
「お前髪伸びたな」
レドと同い年の男子グルーブの中でまとめ役的な存在であるケイルが、レドの髪を掴みながら言った。
「確かに、男にしては長いな」
「邪魔にならないか?」
ケイルを皮切りに他の男子達も話題をレドの髪の長さに移し始める。
正直レドとしては自分の髪の長さなどどうでも良かったが、村の子供達、特に男はこざっぱりした髪型が多かった。
「邪魔とは思わないけど、皆と同じにしてみようかな?」
「お? 切るか?」
「レドの髪キラキラしてて格好いいから、短くてもきっと似合うよ」
途端に盛り上がり始めた男子達、レドはそれをニコニコして見てた。
男子達からすれば、レドは少し特別な仲間であった。
二年前くらいに突然村の一員になった双子のエルフ、奴隷であると聞いたが自分達にはよくわからなかったし、首元にある奴隷の印よりも長い耳と綺麗な髪の方が特別に見えた。
エルフ特有の事なのか顔は整っていたし、性格も悪くないどころか村の子供の中でも温厚であり、逆にポヤポヤし過ぎて心配になるレベルだ。
しかし最近ではロイド爺と一緒に狩りをしていたり、ダストの真似事なのか料理を工夫したり新しい事を試行錯誤と強い行動力を示していた。
同世代の子供の集まりでリーダー格はケイルとカナンだが、レドとヴィオレも本人達が与り知らない所で中心人物となりつつあった。
そんな自分達の中心人物が、自分達の意見を聞き入れお揃いの髪の長さにしようかと言ってきた。更に距離が縮まった様な感覚に子供達は沸き立つ。
一方レドは、お揃いにすると言ったら皆が喜んでくれたから嬉しいな位に思っていた。
「俺の姉ちゃん髪切るの上手いからさ、うちいこうぜ!」
ポーロの一言で一行はポーロ宅へ向かう事になったのだった。
「ちょ、ちょっと待って!」
「なんだよ姉ちゃん、いつもみたいにパパっと切ってくれよ」
「いやっ、友達の髪切ってくれって言うからハサミ持ってきたけど、それがレドだとは聞いてないわ!」
到着するなり家に入り姉を連れてきたポーロ、誰を切ればいいかと徐にハサミを持ち出してきた姉のアニーは、髪を切るのがレドだと知り血相を変えた。
「レドだったら何でダメなんだよ」
「そうだそうだ、サッパリさせてやってくれよ」
「駄目! レドの髪は皆と相談しないと!」
「姉ちゃん何言ってんだよ、もう本人も切るって言ってるんだ」
頑なに渋るアニーに、理由が分からない男子達は困惑し始める。
そこにカナンやヴィオレ率いる女子一行が偶々通りかかった。
「あ! カナン! 男の子達がレドの髪を切って欲しいって言ってるんだけど駄目よね!?」
「え!? 駄目よ!」
「なんでお前が決めるんだよ!」
ここで話は冒頭に戻る。
「レドは俺達とお揃いにするんだよ!」
「何言ってんのよ! レドの髪はあんた達とは違うの!」
「男の話に女が口を挟むなよ!」
「レドはただの男の子じゃないの!」
「意味わかんねぇよ!」
男女間での言い争いは激しさを増していく、当のレドやヴィオレは話についていけてなくコテンと首を傾げていた。
「ダブルお姫様ごっこが出来なくなるじゃない!」
「なんだよその意味分からない遊びは!?」
女子の口から出た不穏な響きのごっこ遊びに男子達の顔が強張る。
「お、お前達まさか……」
「そうよ! ヴィオレはもちろん、レドも色んな格好が似合うの! 髪が短くなったら似合わない服が出てきちゃうわ」
カナンの口から出た事実に男子の一部は血相を変え、レドの前に壁のように立ち塞がる。
「お前らレドに女の服着せて遊んでんのか!?」
「そうよ! ヴィオレもレドも本当に可愛いんだから!」
「お前達は男の尊厳を何だと思ってるんだ!」
ケイルが血を吐くような勢いで怒鳴るが女子達はさも当然と言った様子で引かない。ポーロに至ってはレドを抱き寄せ「もう大丈夫、俺達が守ってやるからな」と呟きながら半分泣いていた。
「何よ!? レドだって嫌がってなかったわ」
「本当かレド!? 嫌なら嫌って言わないと駄目だぞ!」
「……、皆楽しそうだからいいかなって」
「くそっ! 心が広すぎて話にならねぇ! レドの素直さを利用しやがって」
「人聞きの悪い言い方しないで!」
どんどんヒートアップしていく、ケイルとカナンに至っては顔を付き合わせる距離で睨み会っていた。
「おいおい、どうしたガキンチョ達」
「大きな声出して、喧嘩は駄目よ?」
騒ぎを聞き付けてか、ザックとシーラが割って入ってきた。
子供達は我先にと自分達の言い分を二人に聞かせる。ザックは苦笑いしながら聞いていたがシーラは少し思うところがあるのか視線をそらしていた。
「おいシーラ、お前……」
「あるわよ、仕方ないじゃない、似合うんだもの」
シーラの様子を見て問いかけたザックにシーラはバツが悪そうに白状した。
シーラもレドに女装させた事があるらしい、それを聞いた男子達は益々憤慨する。
「シーラ姉ちゃんまで!? レドは男なんだぞ!」
「よってたかって俺達の仲間に女の格好させやがって!」
男子達の怒りの炎がシーラにも飛び火した。それに対して女子達も言い返し、収拾がつかなくなった所でザックが大きく手を打ち鳴らす。
何度か打ち鳴らしていると次第に全員が静かになりザックの言葉を待つ形となった。
「わかったわかった、物は試しだ。一旦レドの女装を見てみようぜ」
ザックの言葉に男子達が再びいきり出すが「まぁ待て」と押し留め続ける。
「それを見ても男共の気持ちが変わらなければまた言い争えばいい、少しでも気が変われば取り敢えずそのままにする。ただし……」
そこまで言ってザックはレドに視線を移す。
「今はどちらでも良いみたいだが、今後レド本人からの望みには誰も文句は言うな。もちろんヴィオレについてもだ」
ザックの言い分に、一応全員納得を見せた。
そして女子達に連れられレドは衣装替えのために席を外していた。
「俺達の気持ちは変わらねぇ、レドは男だ」
「そうだそうだ、格好いいのが似合うに決まってる」
「全然わかってない、可愛いに男女は関係ないのよ」
「まぁまぁ、静かに待てよ」
地べたに座り待機中でも小競り合いをする子供達を面白そうに眺めながらザックが諌める。
そこへカナンとシーラが布で上半身を隠されたレドを誘導してきた。支度が整ったようだ。
「待たせたわね、精々レドの可愛さに平伏すことね」
「なんでお前が自慢げなんだよ」
渾身の出来なのかいきり散らかすカナンに早速ケイルが噛みつくが、カナンは自信満々の姿勢を崩さず一気にレドの布を剥ぎ取った。
何かケチをつけてやろうと息巻いていた男子達だったが、レドの姿を見て言葉が出なかった。
レドはワンピース姿で髪型は整えられ、白粉を叩かれ薄く紅まで引かれていた。
可憐であった。儚そうな雰囲気がより可憐さを強調していた。
「ほら見なさい! これがレドのポテンシャルよ!」
勝ったとばかりにカナンが声を上げる。言い返すこともなく全員が呆けたようにレドを見ていた。
誰も何も言わないことを不思議に思ったレドは首を傾げ、自ら近寄っていく。
「どうかな? 髪、やっぱり切らない方がいい?」
至近距離で質問されたポーロは顔を赤らめ後退る。距離を取られたことに悲し気な顔をしたレドは、他の男子達に視線を向けるも全員が顔を反らした。
「……、俺達の負けだ」
「「ケイル!?」」
「お前らも分かってんだろ、黙っちまった時点で負けなんだよ」
ケイルの言葉に男子達は悔しげに顔を伏せるが、ケイルだけは真っ直ぐにカナンを見ながら言った。
「おい、カナン」
「何よ!」
「約束しろ、ザック兄ちゃんが言ってた様に本人達の希望は優先しろ」
「……分かってるわよ、当たり前でしょ」
「取り敢えず落とし所が決まった感じね」
少し遠くから見ていたザックに近付きながらシーラが言った。
「それは良いが大丈夫か? 変な趣味に目覚める奴が出るレベルの出来だぞ?」
「それは大丈夫でしょ……、多分」
「やらかしたかなぁ……」
シーラの不安になるような返答に、ザックは額を抑え天を仰ぐ。
子供達の方を再度見てみると、自分と喋ってくれない仲間達に痺れを切らしたレドが頬を膨らませながらポーロに抱き付いた所だった。
「無視しないでよ!」
「うわっ! 可愛い!? っじゃなくてレドは男レドは男…」
「レドやめてやれ! ポーロは限界だ! 色々と!」
「レドごめんって! 無視した訳じゃないんだって! ポーロを解放し……うわやっぱりマジで可愛いな!」
「おいカナン! おまえ達も手伝え! 早くレドの化粧落とさないと何人か戻ってこれなくなる!」
「わっ、わかったわよ! ほら皆も手伝って!」
途端にわちゃわちゃと騒ぎ始めた子供達にザックとシーラは顔を見合わせ苦笑した。
「まぁ、仲は良さそうだからいいか」
「ちょっと賑やか過ぎるけどね」




