寝物語は武勇伝
「むかーしむかし、30年くらい昔。このモルダント王国に、とある貴族の少女がいました。ある日、少女が散歩していると、とても可愛らしい同級生がわるーい大人に攫われそうになっているのを見かけました。『まあ大変』そう思った少女はわるーい大人たちの足元を凍らせました。すると、大人たちは一斉に転んだのです。間一髪で同級生はその場から逃げだし、迎えに来た王子様と、1年後、結ばれたのでした。
おしまい。」
寝物語にしてはときめきがカケラもないお話を、エライザは大きな瞳を精一杯輝かせて聞いていた。広い寝台の真ん中でぴったりと身体をくっつけている祖母とエライザ。しかし全く寝る気配もないエライザは大好きな祖母に縋り付く。
「おばあさまおばあさま!その少女はもちろん…!」
「ええ、当時アカデミーに通っていた私よ。同級生はもちろん王妃様。」
もう中年の域に達したとは露ほども思えない祖母は艶然と微笑む。宵闇の中でなお煌めく不思議な光彩の瞳に、エライザの憧れは大きく膨らんだ。
商いを営むエライザの家は両親が忙しく、彼女は度々引退した祖父母の家に預けられていた。彼らは初孫であるエライザをたいそう可愛がり、エライザも彼らが大好きであった。特に、元大貴族の令嬢であったという祖母は、エライザにとっての英雄であった。
現国王、エドモンド15世。そしてその王妃、国民のアイドルとも呼ばれたアリーシャ妃。国始まって以来の賢王夫婦とされる偉大な二人が結ばれたのは、当時祖母が通っていたアカデミーであったそうだ。そして、影ながら二人を操作し、身分違いの二人をくっつけたのは、なんと、この祖母だと言うのだ。祖母は自らの身の危険を顧みず、自身の評判が地に落ちようとも二人を支えただけでなく、その後初恋の君である祖父を落とし、自身の幸せも手に入れてしまった、いわば人生の勝ち組だった。
小さい頃なら皆一度は憧れるヒーロー。女の子なら深窓の令嬢や美貌のお姫様。男の子ならば救世の騎士様や剣豪の王子様。しかしエライザのヒーロー|(?)は令嬢でも姫君でも、ましてや王子などではない。
「わたくしはおばあさまのようになりたいです!」
これまで聞いて来たどんなおとぎ話の主人公よりも、どんな国の王よりも、エライザにとっては祖母が最も偉大で最も尊敬すべき相手なのだ。
賢さは城の賢者の師匠であることから疑いようもなく、強さは国一帯のならず者を駆逐し尽くしたほどで、美しさは美魔女という言葉ですらぬるく感じる。なるほど、とんだチートである。
しかし祖母は決して表舞台には立たず、裏だけで全てを支配し操作する。それがエライザにとっては謙虚で慎ましい理想の令嬢の姿に思えた。
表で動くのは王妃の専売特許だ。聡明でありながら明るく無邪気で優しく活発な、まさに現代の理想の女性像とされる王妃。彼女のことを祖母はヒロインと呼ぶ。
また、国王含め、そんな彼女に心酔し、喜んで手足となる優秀なドM野郎共を攻略対象と呼んだ。
「可愛いエライザ。あなたも悪役令嬢を目指すのね。」
「あくやくれいじょう?」
それが本来どんな存在なのか。そんなこと幼く、現代日本の正しい知識がないエライザにわかるはずもない。その“あくやくれいじょう”という単語が祖母を指すとするならば、
「うん!エライザ、あくやくれいじょうになる!」
元気に宣言してしまうほどに、5歳現在のエライザはおばあさまが大好きなおばあちゃんっ子であった。
「もっと聞かせて、おばあさま!」
「ええ、ええ。好きなだけお話ししてあげましょうね。」
そうして二人の夜は更けていく。
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