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婚約破棄シリーズ

日陰王子の偶然と苦労

作者:大小判
この作品を婚約破棄シリーズに加えて良いのかどうか悩みましたが、一応描写してるので加えておきました。


 ハルザード王国という、東西を友好国に挟まれた、豊かな資源を持つ裕福な国が存在する。その国の君主である王の子として誕生した第五王子、レオナルド・グレイ・ハルザードは9人の兄弟の中でも王位継承権最下位……実質、持っていないに等しいを日陰の王子だった。

 レオナルドの母は王妃アンジェラと共に姉妹同然に育った平民の侍女で、仕事に没頭して男の影すら見せない彼女を見かねたアンジェラが王の愛妾として迎えさせたのだが、10年前に暗殺者からアンジェラを身を挺して庇い、若くしてこの世を去っている。
 信頼を寄せる侍女であり、一人の女性として愛していた王や、半身ともいえる侍女を失った王妃は非常に嘆き悲しみ、その息子であるレオナルドは、継承権こそ低いが実の息子のように可愛がってもらった。

 彼は王座につけなくても全く不満はない。賢君と名高い父王や、至宝と謳われる聡明な王妃、身を挺して主を庇った実母のことは心底尊敬しているし、誇りに思っている。尊敬する2人が守っているもの、母が命を懸けて守ったものを支える力を身につけるべく、レオナルドは一人の侍女を連れて隣国へコネクション作りと勉学を兼ねて留学していたのだが、ある日突然、国軍のトップである元帥が数名の精鋭部隊を率いて隣国へ入国を果たし、父王からの帰国命令を告げてきたのだ。

 レオナルドはこの対応に困惑した。
 元帥は前線に出れば鬼神と恐れられた武闘派で、指揮を取れば守護神と謳われる、実質的にも精神的にも軍の要である人物だ。そんな彼を国から出してまで日陰王子を迎えに行かせるなどただ事ではない。
 しかも帰還命令を受けて祖国に足を踏み入れてみれば総勢500人の精鋭部隊が待機しており、現在レオナルドが乗る馬車を取り囲むように
警護しながら王都へ向かっている。

「こんな大仰な帰国……父上は一体何を考えておられるんだ?」

 父王はレオナルドを愛してくれているが、王子一人を迎えに来させるために国の守護を疎かにするほど親馬鹿ではない。北の敵国の事を考えれば、精々中隊一つ向かわせるくらいだろう。

「国王陛下の真意は測りかねますが……もしかしたら、あの噂が本当だったりするのかもしれません」
「あの噂?」

 馬車の中にいるもう一人の人物……レオナルドの体面に座る侍女、セラは金髪を少し揺らしながら思案気な顔で答えた。
 彼女はレオナルドよりも5歳年上で、幼少のころから守役として仕えてきた有能な侍女だ。男好きする豊満な胸としなやかな肢体と美貌を持つが、鉄面皮な上にガードが固すぎて男が近寄ってこないというのも、レオナルドが評価すべき点の一つだ。

「先程、兵たちの会話を小耳にはさんだ程度なのですが……何でも、他の王子殿下、並びに王女殿下たちが陛下に継承権を取り上げられたとか」
「何だそりゃ?」

 レオナルドは鼻で笑い飛ばす。
 父王には正室と側室の2人を妻に娶り、彼女たちはそれぞれ4人の子供を産んでいるのだが、当然生まれてきた子供は愛称の子であるレオナルドよりも優先度の高い継承権を持っている。彼ら全員が王位を継げなくなったなど考えられない。

「もしこの話が本当なら、陛下はレオナルド殿下を……」
「セラ」

 レオナルドは少し責めたような声色で侍女の名前を呼ぶ。

「……失礼しました。……話の続きですが、陛下はレオナルド様を王太子として任命するために呼び戻したのでは?」
「無い無い、絶対無い! ありえんでしょ、あれだけいる次期国王候補が揃いも揃って継承権を剥奪されるとか!」
「…………そうですね。出過ぎたことを申しました」
「だろ? そんなミラクルが起こるんだったら、セラの言う事なんでも一つ聞いてやるよ!」

 きっと兵士たちの根も葉もない噂話だと、レオナルドは見切りをつけた。そんな事はまずありえない。0.001%とか、そんな確率の話だ。どちらかと言えば、王太子が決まったから任命式に出るために帰って来いとかそういう理由だという方がまだ分かる。この護衛の人数も、偶然近くに居たからついでに迎えに行ってやれという、効率を考えたものだという方が納得がいく。

 そう、レオナルドが王太子になる可能性など無いに等しい。等しい筈なのだが――――

「レオナルド。王太子として、私の後を継げ」

 ミラクルが起こった。 
 ハルザード王国の偉大なる君主、ユーゲント・グレイ・ハルザードの言葉にレオナルドの思考はどこかにぶっ飛んだ。しばらく眉間を抑えながら冷静さを取り戻し、引き攣った顔で父王に問いかける。

「すいません、どういう事ですか? 兄上や姉上、弟や妹はどうしたのです?」
「その子らは皆……私の後を継げなくなった」
「俺が留学している間に何があったんですか?」

 執務室の椅子に座りながら心底疲れたかのような表情を浮かべるユーゲント。過酷な事務仕事を難なくこなす国王が此処まで披露することが今まであっただろうか?

「事の詳細は公表できぬが……もうじき、第一王子のディアモンド、第一王女のカトレーヌ、第四王子のシュバルツ、第六王子のグランハルトが廃嫡にされることが公になる」
「…………はぁ!?」

 今名が挙がった4名は、全員側室であるエルザの子供だ。
 アンジェラの生家である公爵家と双璧を成すほどの権力を持っている侯爵家出身のエルザはよく言えば上昇意識が高く、悪く言えば自分よりも下の身分のものを見下す傾向のある女性だった。
 そんな側室から生まれた子供たちは彼女と同じ性質を持って生まれ、妾の子であるレオナルドは子供の頃よく苛められ、その度にアンジェラや母に庇われていた記憶がある。
 成長してからは直接手を出すようなことは無くなったが、それでも見下すような視線と言動は鳴りを潜めず、2年前に隣国へ留学する前日も目障りな妾の子がいなくなって清々する的なことをわざわざ言いに来て、「暇なのかな?」と首を傾げたものだ。

 そんな彼らだが、王族としての能力は優秀だったはずだ。帝王学ならぬ支配学とでも言えばいいのか、民の欲求を満たした上で反乱を起こさせないように国を守り、発展させるようにまとめられた意見の数々は、レオナルドも高い評価を下していた。
 そんな彼らが揃いも揃って廃嫡になるなど王家の損失、ひいては側室の生家である侯爵家との関係をこれ以上に無いほど険悪にする大事件になりかねない。

「お前が混乱するのも無理はない。順を追って話すのだが……ハルザード王立魔術学院があるだろう?」
「はい」

 単に王立学院と呼ばれる、貴族や有力商人の子息子女、一部の優秀な平民が魔術や高等教育を受けるための機関は、レオナルドも一時期通っていたので当然知っているが、何故ユーゲントがその話をし始めるのかが理解できず、気の抜けた返事を零す。

「そこに次期王太子妃であるアルテナ嬢が通っていたことも知っているな?」
「存じてます。大変聡明なご令嬢でしたよね」

 王太子が決まっていなかったハルザード王国だが、王太子が娶る妃は聡明で慈悲深い、現王妃であるアンジェラと通じるところがある元帥の愛娘、アルテナと決まっていた。歳はレオナルドよりも1つ上の19歳。加えて容姿も美しく、未来の王太子の妃でなければ求婚していたと多くの男が嘆いていたものだ。ハルザード王国では王女にも継承権が与えられるが順位的に王子の方が優先されるため、よっぽどのことが無ければ女王が誕生することなど滅多にない(それでも妾の子よりかは継承権が上だが)。なのでアルテナに王太子妃と銘を打っても問題は無かった。

「そんなアルテナ嬢の卒業記念パーティー、我ら王族や友好国の大使や留学生も居たその場で、ディアモンドめが彼女との婚約破棄を宣言し、代わりにカーティア男爵令嬢を未来の王妃として自らの妻にすることを宣言しおった」
「………………」

 レオナルドはポカンという表情を苦渋に歪め、眉間の皺を揉みながら捻り出すようにつぶやいた。

「…………意味が分かりません」
「難しく考えなくともよい。そのままの意味でしかないのだからな」
「え? いや、だって、ちょっと待ってください。王太子としてディアモンド兄上が任命されていたのですか?」
「いいや、まだ決まっていなかった。皆の能力はどれも優秀でな、決めかねていたのだ」
「アルテナ嬢を娶る事は王太子の証のようなものですよね? でもディアモンド兄上が王太子として任命されたわけでもない。なのに婚約破棄ですか? しかもカーティア男爵って西の辺境のカーティア男爵ですよね?」
「うむ。敢えて悪く言うなら、領地にコレといった名産は無く、むしろ貧乏ともいえるカーティア男爵だ」

 婚約をしている訳でもないアルテナにディアモンドが婚約破棄を叩きつけ、王妃にするにはあまりに後ろ盾がなさ過ぎるカーティア男爵令嬢を未来の王妃として自らの妻にする。ディアモンドは王太子という訳ではないのに。ディアモンドは王太子という訳でもないのに。

「…………やっぱりまるで意味が分かりません」
「よし、少し噛み砕いて説明してやろう」
「お願いします」

 事の発端は、王立学院のOBであるディアモンドが視察に行った時……と言っても、それを口実にしたアルテナとの交流目的だが……ディアモンドはアルテナが嫌いだった。彼は確かに優秀だが、アルテナはそれ以上。男として、王族としてのプライドを痛く傷つけられたのだ。
 しかし次期王太子に任命されるためにはアルテナの関心を買う必要がある事もまた事実であることも理解している。後援者やエルザの言葉を受けて渋々アルテアに会いに行ったディアモンドが出会ったのが、彼曰く地上の天使。カーティア男爵令嬢、ソフィアである。

「地上の天使って……そこまで言うほどだったんですか?」
「私も見たことがあるが、まぁ普通に愛らしい令嬢だと思ったぞ。ただ王族に相応しい洗練さがあるかと言われれば、首を傾げざるを得ないが」

 ほぼ平民と言ってもいい貧乏男爵が娘の将来の為にと家計を切り崩して入学したソフィアはアルテナと同学年で、家族に恩を返す為に文官を志す優等生だった。目上の者には礼節を弁え、身分や性別、先輩後輩問わずに親切で彼女の周りにはいつも友人がいたという。

 そんな彼女の輝かしい学園生活に立つ込めた暗雲……ディアモンドが現れるまでは。
 道を聞かれて案内したソフィアに一目惚れしたらしいディアモンドは、次の日も、また次の日も、その次の日もソフィアに会いに行っては愛を囁いたり、自腹という名の国庫を使って高価な品を送ったりと執拗なアプローチを繰り返した。
 そんなディアモンドの奇行にほとほと困り果てたのが、他の誰でもないソフィアである。彼女は自分が王族と結ばれるには身分も権力も足りないことを重々承知していたし、何より1度あっただけの男に言い寄られて恐怖していたくらいだったというが、相手が王族という最高位の身分の持ち主なだけに邪険にすることも出来ない。

 そして、彼女の不幸はここからが本番だ。王族の妻を座を狙う貴族からの誹謗中傷や嫌がらせが殺到し始めたのである。
 身分も弁えずに生意気な、たかだか貧乏男爵の分際で、殿下に媚を売る娼婦などなど、貴族の女子生徒に囲まれて非難を浴びせられ、終いには紅茶を掛ける、足を引っかける、ノートや教科書を破くなど、粘着質な嫌がらせに発展。
 仲の良かった友達も巻き添えを食らいたくないために離れていって、元凶であるディアモンドは「何があっても俺が守ってやる!」と言ったらしいが、学園生ではない彼に出来ることなどたかが知れており、まったく守れていないのが現状だった。
 周囲を憚らない権力者の寵愛は、時として天災になり得るらしい。身分の低いソフィアは身を縮こまらせて通り過ぎるのを待つしかなかったのかと思うと、痛まし過ぎて涙が出る。その原因が自分の腹違いの兄と思うと尚更。

「気の毒すぎるでしょ……ソフィア嬢」
「うむ。しかもソフィア嬢には男爵も認めた恋人が居たのだが……」
「まぁ居るでしょうね。人気者だったみたいですし……って、ちょっと待ってください。まさかあのバカ上」
「その恋人を「俺の将来の妻を誑かそうとするとは何事だっ!」といって北の敵国との最前線であるブリッグス砦に送りおった」
「最悪だ……!」

 レオナルドは「お前が言うな粘着ストーカー!」と叫び出しそうになったのをグッと堪える。
 幸いその恋人はブリッグス砦についた段階で保護されたらしいが、幾らなんでもやり過ぎだ。これがあの優秀だった兄なのかと思うと、頭が痛くなる。恋は盲目とはこの事か。

「その直後、惨事に気付いたアルテナ嬢がソフィア嬢を保護し、彼女に対する嫌がらせはピタリとやんだ」
「流石アルテナ嬢ですね」
「しかしディアモンドは、アルテナ嬢がソフィア嬢を虐げていると思ったらしい」
「何で!?」

 事の元凶が保護したアルテナ嬢が元凶だと思うとは、これいかに。

「元々公務をサボり気味だったディアモンドはそれらを完全に放り出し、人目を憚らずアルテナ嬢を毎日のように糾弾する始末。その極めつけが……」
「婚約破棄事件ですか。そう言えば、兄上は何をとち狂ってアルテナ嬢が婚約者などと思い込んだのですか?」
「王子の中で一番優秀な自分が王太子に任命されない筈がないと言っていてな。事実上の王太子も同然だと」
「バカすぎる」

 国王直々に任命されるまで、王子は王太子になりえない。それすら理解していないとは思わなかったレオナルドは額を抑えた。

「ディアモンドのアルテナ嬢への憎悪は収まる事を知らず、遂には婚約破棄騒動まで起こされて、国内外の有力者が集まる場でやれソフィア嬢のノートを破いたとか、紅茶を被せたとか、足を引っかけたとか幼稚な嫌がらせをアルテナ嬢主犯の元行われたと喚き出し、終いには身分を笠に着て力無き者を虐げるとは言語道断とかなんとか」
「鏡見ろって言いたいですね」

 妾の子を見下して、国民支配論を唱えていた男が言う事ではない。

「この後、ソフィア嬢の証言もあってアルテナ嬢にボコボコに言い負かされて謹慎させたのだが、その直後カトレーヌがやらかしおった」
「あ、そういえばまだ残ってましたね」

 もうすでにお腹一杯のレオナルドはげんなりする。

「で、姉上は何をやらかしたのですか?」

 エルザに最も近い気質の持ち主は誰かと言われれば、誰もがカトレーヌの名を上げるだろう。
 かねてより女王の座を狙っていた姉は他の兄弟たちを疎ましく思っており、功績や後ろ盾への執着が人一倍強い。戦々恐々と問いかけると、ユーゲントは本当に頭が痛そうに顔を顰めて呟く。

「留学しに来ていたフランブラブ皇国の王太子、アルジャーノン殿に求婚しおった」
「え!?」

 フランブラブ皇国は西の友好国だ。面積はハルザード王国の半分ほどだが、軍隊は極めて精強で三国間の軍事を取り締まり、北の敵国を牽制する心強い味方なのだが、その国の王太子に王女であるカトレーヌが求婚することは、特に問題はない。同盟強化に繋がるし、身分も釣り合っている。

「正確には、アルジャーノン殿を婿として迎えると言い出した」
「何言い出しちゃってんのあの人!?」

 しかしカトレーヌがしでかしたことは外交問題に直結することだった。
 王太子を他国に婿入りさせるなど出来る訳がない。下手をすれば国の乗っ取り宣言と捉えられ、同盟破棄も十分あり得る。

「他国の有能な王族を取り込み、力を付けようとしたのだろう。しかもその時、資源も乏しく面積も狭い弱小国の王子が未来の女王の王配となれるのだから感謝せよなどと、明らかに喧嘩を売っているとしか思えない台詞を吐いてな」
「待ってください待ってください!! その時のアルジャーノン王太子殿下の機嫌は!? フランブラブとの同盟は!?」
「何とか国には報告しないようにしてもらった」
「良かった……本当に良かった……!」

 心底ホッとした。長男長女と心臓に悪い。

「しかし祖国を侮辱された償いに、アルテナ嬢を王太子妃としてフランブラブに輿入れさせるように言ってきた」
「アルテナ嬢を?」
「元帥を通じて知り合った彼女をいたく気に入っていたらしくてな。アルテナ嬢も乗り気だったので、同盟強化と名目を打って2人の婚姻を認めることにした」
「ちなみに姉上は?」
「その時は謹慎にした」

 これでハルザード王国は極めて優秀な次期王太子妃を失うこととなった。もう本当に頭が痛いが、まだ2人残っていると思うと内臓がストレスでグルグルいってる。

「で、次にシュバルツなのだが……あやつは今罪人として投獄されている」
「何があったんですかシュバルツ兄上!?」

 女好きで素行も悪かったとはいえ、王族が一体何をやらかして投獄されたのか。幾らなんでもハイリスクな事には手を出さないとレオナルドは思っていたのだが、どうやら見誤ったらしい。

「以前傭兵団に襲われたと知らせてきたことがあっただろう?」
「ありましたね」

 留学先の国を拠点とする傭兵団30人に襲われたのだが、その時はセラがメイド無双して全員御縄になった。

「その後の調査で傭兵団を雇ったのがシュバルツだと分かってな」
「一体なぜ、兄上は俺の事を?」

 疎まれているのは知っていたが、殺したい程嫌われていたのかと思うとショックを受ける。何かしてしまったのだろうかと気を重くしていたが、そんな気持ちは次の台詞で綺麗サッパリ吹き飛んだ。

「なんでも、セラが子供の頃からお前付きのメイドで片時も離れないのが気に入らなかったらしくてな。お前を殺して自分のものにして妾にすると言っていた」
「兄上ってどこの監獄に投獄されました?」
「待て待て、斧を持って出ていこうとするんじゃない」

 壁の装飾である斧を取り外して出ていこうとするレオナルドを止めに入る。

「あと、自白魔術を使ってたら、セラの他にもアルテナ嬢やソフィア嬢を含む多くの令嬢やメイド、終いには実母であるエルザや私のアンジェラ、更には姉のカトレーヌに他国の王女を含んだ大ハーレムを形成するのだと」
「変態だな! 肉親にまで手を出すとか流石にどうかと思うな!」

 野心がないなんてとんでもない。兄は国をも巻き込んだ壮大な野望の持ち主だった。……捕まって、ある意味当然だが。

「で、お前の弟でもあるグランハルトは北の敵国に寝返っていたので毒杯を飲ませた」
「廃嫡どころか死んじゃってますね。……ちなみに、理由は?」
「王になりたいが、継承権が上のものが多すぎてどうしようかと悩んでいた時に敵国のスパイに唆されたらしい。国を亡ぼし、新しく興した国の王になってみないかと」
「それを信じちゃったんですか?」

 国を攻め滅ぼした後に残るのは、侵略国による領地化に他ならない。精々旧ハルザード王国領という一領地の主に留まるのが関の山だろう。

「でも、シュバルツ兄上はともかく、後の2人は謹慎ですよね? なぜ廃嫡に?」
「エルザの実家が、王家に対する反乱の準備をしている決定的な証拠が見つかってな」
「えぇ!? そうなんですか!?」

 上昇意識の高さは遺伝によるものだったらしい。侯爵家は王家を倒して国を乗っ取るつもりだったとか。

「反逆者の家から嫁いだものを何時までも王家の一員にすることは出来ん。事を起こされる前に取り押さえ、反乱に関わった者は速やかに処罰し、エルザとは離婚した」
「そしてその実子である2人も廃嫡になったと……何で俺の所には一切連絡が無かったんです? これほどの大事件が連続で起きたのに」
「連続で起きたからこそ、対処に追われてお前への連絡が後回しになったのだ。下手に他国に詳細が知れ渡るのも嫌だったからな」

 2人は重い溜息を吐く。

「まぁ、彼らの廃嫡の理由は分かりました。でもなぜ俺が王太子に? アンジェラ様の子では駄目なのですか?」

 エルザとその子供たちとは違い、正妃であるアンジェラが生んだ兄弟とレオナルドは仲が良い。母を含めたその性格もまた正反対で権力欲に乏しく、上の兄2人に至っては「国王とかメンドクサイ」というのが口癖だったくらいだ。

「……もしかして、王位を押し付けられました?」
「正解だ。お前が留学している間、ピオニーはバルフレイ公爵家に婿入りした」

 バルフレイ公爵家は代々王都知事を務める名家だが、前王の時代に当時の当主が反乱を起こした。その解決の立役者となったのがユーゲントと現バルフレイ公爵で、王家の血をバルフレイ家に入れることで両家の溝を埋めるという条約を交わしていた。公爵家には令嬢しかいないので、いずれ王子の内の誰かが婿入りすることは決まっていたが、その枠に第二王子にピオニーが入り込んだらしい。

「そう言えば、ピオニー兄上はバルフレイ家の長女に昔からご執心でしたね」
「あぁ。婿入りの枠を狙っていたことは知っていたが、ディアモンドがソフィア嬢のストーカーになった瞬間に婚姻しおった。今思えば、継承権が繰り上がって王太子に任命されるのを嫌がったのだろう」
「じゃあ、サーゼクス兄上は?」

 レオナルドは余り期待せずに問いかける。サーゼクスは兄弟の中でも一番ちゃっかりした性格で、やりたくないことはどんな手段を使ってでも逃れる王子だ。その逃走を阻んだ者は過去誰一人いない。

「サーゼクスはお前が留学に言った直後、東洋との交流を繋げると言って外交官になった。継承権を返上した上でな」
「予想通りっちゃあ予想通りですけど……!」

 兄2人がからかう様に王太子殿と呼んでくる光景が目に浮かぶ。今度会ったら殴ろうとレオナルドは心に決めた。

「じゃあエドワードは?」

 弟のエドワードは生まれつき病弱だったものの、王族としての教育を問題なくこなしている。性格は控えめながら温厚で、誰よりも和を図れる王子だ。

「病状が悪化してな。医師からは普通に生きる分にはともかく、王のような激務は耐えられないと言われた」
「なんて事……エドワードには後でお見舞いに行くとして、イルミアナは? まだ将来が決まったとは思えません」

 末の妹であるイルミアナは15歳なのだが、ある魔術師にかけられた呪いのせいで幼い姿のまま成長することも老いることも出来なくなった不運の王女だ。言っては何だが曰く付きの姫をどうこうしようなどという者が現れるとは考えにくい。

「それが、突然シルフィーネの第二王子であるガウェイン殿が求婚してきてな。呪いがかかっていても問題ないと言うし、外交上得策な上にイルミアナも自分に求婚してくる男など他に居ないだろうからと乗り気だったので、2人の婚姻を認めることとした」
「前会った時にやけに機嫌が良いと思ったらそういう事か……!」

 東の隣国の王子、ガウェインは美形の上に紳士的かつ有能と絵に描いたような王子なのだが、真正のロリコンだ。数年前に妹のことを話したのがいけなかったのか、きっと彼は「合法ロリ……!」と内心ほくそ笑んでいたに違いない。

「で、最後に残ったのが」
「お前という訳だ」
「俺も継承権放棄したら駄目ですか?」
「駄目に決まっているだろう」

 しばらくの沈黙。先に声を張り上げたのはレオナルドだった。

「別にいいじゃないですか! アンジェラ様とハッスルして新しく子供作ってくださいよ! 俺もその子の後ろ盾になりますから!」
「それだとまた20年以上私が王をやらなくてはならないではないか! 私はさっさと退位してアンジェラとイチャイチャしたいんだもん!」
「もん、じゃないでしょ!? あーもー、どうしてこんなことに!」

 言い争う事数十分。騒ぎを聞きつけたアンジェラが2人の頭をトレイで引っ叩くことで鎮静化した。

「分かりました、王太子拝命します。ところで、あの約束は守ってもらえるんでしょうね?」
「うむ。お前も私の想像以上の成果を上げているようだし、政略結婚といっても要はコネクション作りの一つ。これ以上力を持ち過ぎれば他国や貴族からも反感を買うだろうし、王の名の元に認めよう」

 しかし……と、ユーグリッドは一拍置いて。

「まさか本当にやり遂げるとはな。シンデレラストーリーといったか……平民の間でそういう作品が流行っていると聞いたことはあるが、世界中の国を見てもそれが出来たのはお前くらいだろう」

 レオナルドはどこか誇らしげな苦笑を浮かべ、執務室を後にした。



「王太子の公務が辛い」

 王太子任命から1週間、表では難なく公務をこなしているレオナルドは自室のベッドの上でセラの腰に抱きつき顔を埋めていた。

「未来の国王陛下ともあろう方が侍女の前で何を弱気になっておりますか。しっかりなさいませ」
「良いんだよ、仕事終わったから。今の俺は王太子じゃなくてレオナルドっていう一人の男だから」

 頭と顔をグリグリと押し付けてくるレオナルドの髪をセラは優しい手つきで梳く。その目に煩わしさはなく、弟を見るかのような慈愛と女としての情愛に溢れていた。

「それに今はプライベート中、未来の王妃に甘えて何が悪いのかと」

 王太子任命直後、レオナルドは困惑する周囲を実績と近隣諸国で築き上げたコネクションで黙らせて平民の侍女であるセラと婚姻を結んだ。東西の友好国の王族を含んだ有力者たちを筆頭に、長年不干渉を貫いてきた南の大国の君主とまでコネクションを築き、レオナルドはこれ以上は反感を買う分水嶺まで力を得て、政略結婚の必要性を無くし、後継を生む伴侶としてセラを選んだ。

 言うなれば「北以外の周辺諸国の有力者全員とズッ友」状態である。幼少の頃から侍女であるセラにべったりのレオナルドは彼女を妻にしたいが為に力を得たと言っても過言ではない。無論、国を想っての事でもあるが。

 正妃として選ばれたセラは侍女ではあるが、侍女だからこそ使える相手と同等以上の教養と作法を備え、途方もない激務をこなすレオナルドを遺憾なくサポートできる希少な存在だ。彼女と同じことをやれと言われてできる姫や令嬢、文官職など数えるほどしかいないだろう。事実、宰相ですら匙を投げた。コネクションが増えたことで公務を増えたのだ。

 セラはそうであると感じさせないほどの速さと正確さで公務をこなし、これまでの妃とは全く違う方向へのアプローチによってレオナルドと共に国家を支え、一躍憧れの女性、仕事のできる女性の理想像と呼ばれるようになった。

「まったく、こんな23の行き遅れを娶ったかと思えば後宮を王妃殿下に任せっきりにするとは、昔から困った人ですね」
「アンジェラ様も賛成してくださったのだし、いいじゃないか。お前には公私ともに俺の傍で支えてほしいんだよ」
「王太子になっても守役女べったりですか。はぁ、一体どこで育て方を間違えてしまったのでしょう。そのせいで最近はご令嬢方によく睨まれますよ」
「血統による婚姻が悪いとは言わないさ。でも能力だけで選ばれる正妃っていうのもたまにはいいだろ。それに何より、俺はセラ以外を女として見る事が出来ないんだよなぁ。そのせいで、お前以外と子供作れる気がしねぇ。なんせ勃たないし」

 豊かな胸に顔を埋めてベッドに押し倒す。メイド服のボタンを開く主兼夫の背中と頭に腕を回し、セラは鉄面皮に幸せそうな微笑みを浮かべて、耳元で呟いた。

「本当に……困った子ですね」

 後年、レオナルド国王の治世の下、ハルザード王国はかつてない隆盛を迎えることとなる。侍女として後ろに控える正妃を揶揄する者はもれなくレオナルドの話術と人たらしな性格に絆され、気が付けば彼の味方となっていた。正妃が生んだ大勢の王子王女、そのまた子供に国の治世は託され、ハルザード王国は今なお平和が続いている。


悪役令嬢ものの流行で王族と平民は結ばれるというシンデレラストーリーが見当たらないので、そこも踏まえて書いてみました。

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