第5話 やる気
水族館に京子と出かけて以来、京子はうちに遊びにこなくなった。うちに来てくれない方が俺も落ちつく。
そして次の休日、近所の本屋で本でも立ち読みしようと家を出たところ、通りの向うから京子と黒ぶち眼鏡が二人並んで談笑しながら歩いてきた。
俺は何かいけないものを見てしまったような気がして、隠れるようにわき道に入ってしばらくそこで二人がどこかに行くのを待っていたら、二人はどこにも見えなくなってしまった。どうも京子のマンションの中に入っていったようだ。
俺には関係のないことだが、何となくいい気はしない。そんなことは早く忘れようと本屋に急いだ。
本屋に入ると、小説の並んだ一画にまず向かったがその途中、受験問題集が並んだ受験コーナーがあった。大学受験用の問題集の隣に高校受験用の問題集が並んでいた。これまで、受験について真面目に考えたことは無かったが、一応ではあるが県内の高校のランク程度は俺も知っている。県内の高校の隣には有名受験校の問題集も並んでいた。
県内一と言われている公立高校の受験問題集を手に取って、パラパラとめくってみる。習ったことのある範囲の問題は何とかできそうだったが、習っていない範囲の問題は当然だが全くお手上げだった。クラブ活動を頑張っている連中は夏休みが終わり秋のスポーツシーズンが終わってやっと受験勉強を始める。公立高校受験には内申書が大きく関係するので、それでも十分なのかもしれないが、帰宅部の自分ではスポーツ加点や京子たちのやっている生徒会加点のようなものは期待できないので純粋に学力だけで勝負する必要がある。となると、県外にはなるが調査票をあまり重視していないらしい純粋な受験校も視野に入ってくる。
塾にも通っていない自分がそういった受験校に挑戦するんはかなり厳しい挑戦になるがやってやれないことはないような気がしてきた。こんなことを考えるのも先ほど京子と黒ぶち眼鏡が一緒に楽しそうにしていたところを見てしまったせいだと思う。心のどこかに見返してやろうという気持ちが芽生えてきているのが自分でも分かる。
「やってやろうじゃないか!」
俺は迷わず、うちから通える受験校、男子校のKI高校の問題集を手に持ってレジに向かった。
「ありがとうございます」
家に帰り、自分の部屋の勉強机の前に座って、今買ってきた問題集を紙袋から出してパラパラとめくってみる。
習っているはずの問題でも全く分からない。社会の問題など短答式の問題なら解ける場合もあるが、正直ベースで3割も解けそうにない。数学などは一問も解けなかった。後ろの解説を読めば何とか理解はできたが、それを受験中の短時間で思いつくかと言われればはなはだ疑問だ。ただ、答えを見て解説を読み全く理解できない問題は無かった。まだまだ俺には時間はたっぷりある。来年の受験に向けて作戦を立て、一歩一歩進んでいこう。まずは教科書だ。教科書に書いてあることは丸暗記するくらいでも足りないほどだ。ただ無駄はできない。
そこで、俺は、受験問題集の中で各教科ごとどういった問題が出てくるのか表を作ってみることにした。これが結構な作業で、昼前から始めたのだが、その日の夕食が終わって夜の9時ごろ何とか終わった。入試5教科のうち英語にはあまり偏りは無かったが、残りの4教科、国語と数学と社会、理科には偏りがあることが分かった。
英語については、まずは単語を覚えていく。国語についてはいわゆる古文はほぼ暗記問題なので有名な文章は覚えるまで何度も読む。もちろん本番では読んだこともない古文が出てくるだろうが極端に教科書から離れた問題は出ないようだ。漢字などの問題はこれまでほとんど出題されていない。数学は図形と因数分解、それに2次方程式は必ず出題されている。社会は近代以降が中心。理科は範囲が広かったが、基本的に用語を理解していればある程度対応できそうだ。そして、これらを時間の許す限り繰り返していく。もちろんTVなどの娯楽はなしだ。勉強が娯楽と思えばいいからな。
それと、睡眠だ。夜の10時に寝て、翌朝6時に起床。朝の支度から朝食までの空いた時間は英単語を覚えていく。学校では普通に生活するが、学校が終われば速攻でうちに帰り、宿題が終わり次第、各五教科の勉強をする。その他の勉強は家では宿題以外しない。
その意気込みで3日ほど試してみた。不思議なことに、これまで学校の宿題にそれなりの時間がかかっていたが、数学や英語などの宿題は今までの半分くらいの時間で終わるようになってきた。もちろん作業のようなものは真面目にすればそれなりの時間はかかるがそういったものは今まで8割を目指していたものを6割を目指すことで済ますことにした。だからと言って先生に何か言われることもなかった。教師も生徒の努力量など宿題からは読み取れないのだろう。
受験勉強をその気になって初めた俺を見た母さんは、
「裕ちゃん最近勉強に身が入っているけど、ほどほどにね」
今まで、真面目に勉強などしたことのないわが子がまじめに勉強していれば少しは心配にもなるのだろう。
「分かってる」
適当に返事をして、その日も10時までしっかり勉強したあとベッドに入れば無駄なく数分で眠りにつく。実に効率的だ。
そして迎えた中間試験。意識して受験勉強を始めてまだ2週間も経っていなかったが、ほとんどの問題が簡単に解けた。もちろん、受験に関係ない科目は教科数は少ないが試験はガタガタだった。ガタガタと言っても授業にはちゃんと出ているので平均点程度はとれていると思う。
中間試験の成績はテスト用紙が帰ってくるだけだし、あまりに悪い点数を取って再試験でもない限りあまり話題にも上らないので俺も何食わぬ顔でテスト用紙を返してもらった。今回の中間試験では、数学が満点の100点、理科が95、英語が92点、国語が90点、社会が85点だった。京子の点数は見ていないが、試験を返してもらった時の顔つきから見て京子にとってはよくもなければ悪くもないと言った普通の成績だったのだろう。それでも、京子の方が俺より成績がいい可能性はまだある。
たった2週間ほどまじめに勉強しただけで成果が出たことに俺は大いに満足して、このまま勉強を続けていく意欲がまた湧いてきた。
テストが返却されてざわついたその日の授業も終わり、今日も生徒会に急ぐ京子をしり目に、俺は速攻で教室を後にして自宅に急いだ。




