王妃様
その日、王妃様は作法の授業にお見えにならなかった。
12歳になられたエスティア王女さまが学校から帰られて、王妃様が体調を崩されていると話される。
王太子の婚約者リーフェリア様とモード公爵夫人がお見舞いの言葉を述べられた。
この日は王子妃がホストとして夫人方を招く際の作法を教わる予定だったけれど、ティーセットはそのままに授業はどこかに行ってしまったようだった。
「モリー様は、大丈夫ですか?」
と、エスティア様がモリーに尋ねたからだ。
モリーはすぐに、先日の、ヨシュア様とグレイシア様の事だと気がついた。
王妃様が、エスティア様にお話しされたのだろう。
「はい、ヨシュア様がご無事に帰られて安心しました」
エスティア様は、何か気になる表情をされていたけれど、モリーにはそれ以上何も言えない。
あの日の夜、モリーは宰相を務める父と話をする時間が持てた。
それはおそらく、あの場にいた誰かが、王子の婚約者であるモリーの父を気遣ってくれたのだろう。
「お前は大丈夫だろうか?」
エスティアさまと同じように、父にも尋ねられた。
モリーは目を閉じて、複雑な思いを巡らす。けれど、モリーの中で、ヨシュア様を責めるような気持ちは微塵も見当たらなかった。
「大丈夫です、お父様」
そう答えて、ただ、モリーはグレイシア様のことをよく知らない事に思い至る。
他の誰よりも、父からであれば冷静に聞く事ができるだろう。
「彼の方は、魔法爵だったヴィンセント王兄殿下の婚約者という立場だった」
ヴィンセントという名前は、伝説だった。
天の災いを阻む魔法
異端なる存在を阻む魔法
と並ぶ王国の宝とも言える、20年程前に作られた魔法陣を開発した伝説の魔術師だ。
「彼女はヴィンセント様の弟子として、魔法陣の開発に携わっていた。それを評価されて、婚姻前にヴィンセント様は他界されたが、今もまだ、婚約時と同じ待遇をされている」
婚約者だった?開発に携わった?
ヴィンセント様が他界されたのは、20年ほど前のことだ。
けれど、先日お会いしたグレイシア様の姿は、20代の美しい女性だった、筈だ。
王妃様の、魔女、というつぶやきの意味。
「…ええと?グレイシア様は、おいくつでいらっしゃるのですか?とてもお若くていらっしゃいましたが?」
ああ、と、父はモリーを見る。
「姿を見たのだな。ヨシュア様も?」
「はい」
「グレイシア様は…魔法爵は、デイリスより、二つ年上だったと聞いている」
「…お母様よりも年上なのですか?!」
モリーは、鳥肌が立った。
グレイシアさまの、人を超えたような美しさが、空恐ろしく感じられる。
「そうだ。その姿を隠すために、ローブを深く被っている」
「何故?何故、そのような事が?」
「ヴィンセントさまの呪いだと言われているがね。王家の公然の秘密だ」
そもそもあのかたは殆ど研究室から出てこない。先日は騎士団からの依頼で開発していた妖魔使役の魔法陣を将軍に預けるために出てきたのだろう。
それは、ヨシュア様が話していた魔法陣か。
「…王妃様が、魔女と」
確認しておかねばならない。王家に入るならば。
父は目を閉じ、少し考えてから、話し始める。
「プリシア様は元々、ヴィンセント様の婚約者だったのだよ」




