魔女
王宮魔術師の噂は耳にした事がある。
魔法陣のグレイシア。
異端なる魔術を阻む魔法の魔法陣を開発した、伝説の魔法使いの弟子で、現在の筆頭魔術師。王兄の元婚約者として、今も離宮の研究室を利用している。パリス伯爵家出身だった筈だが、未だ独身でいて、王家がその才能を囲い込んでいるという噂もあった。
モリーはグレイシアの姿を忘れる事ができない。
魔力はもちろんのこと、その容姿も素晴らしく美しかった。他の魔術師たちが肩から掛けている黒いローブを、彼女は頭から被っていたが、そこから溢れる金の髪。青と緑が混ざった様な色のひとみに、白いだけでなく、香り立つ様ななめらかな肌。赤い魅惑的な唇。
あの時、王妃様が去ったあとに、ヨシュア様がグレイシア様に尋ねたのだ。
「貴女と話す時間を得るためには、どうすれば良いか」と
それを聞いたのか、将軍アルドレット様が、気遣ったようにモリーを呼んで手招いてくれた。
近くに寄ってそのお顔を見た時に、モリーはポッカリと口を開けて、ただ見惚れてしまう。
女神様、という言葉が脳裏に浮かぶ。
今までモリーが美しいと思っていたヨシュア様や王妃様はもちろん美しいのだけれど、グレイシアさまは、別次元の美貌と言えた。
困り果てたような表情をされていたグレイシアさまを連れて、アルドレット様は塔に入って行かれた。
残されたヨシュア様とモリーは、ただそれを見送った。
そして、ヨシュア様はおっしゃった。
「モリー。僕はこの衝動を抑えることはできないと思う」
「…はい」
「ならば、この衝動と真正面から向き合うしかないだろう」
ヨシュア様は、塔の方向を見たまま。きっとその目はグレイシアさまを見ているのだろう。
「ヨシュア様」
モリーが呼ぶと、ヨシュア様はようやくこちらを見てくれた。
「ご無事のお帰り、お喜び申し上げます」
震えた声で、モリーは言葉を絞り出した。
「うん、ありがとう」
ヨシュア様は微笑んで、モリーを抱きしめてくれた。
けれど、その日、魔力を分けてはくれなかった。




