婚約
王宮での行儀作法の学びが始まったのはそれからすぐのことだった。
まずはドリオレント陛下とプリシア王妃様へのご挨拶。
その時初めてヨシュア様の面差しが王妃様に似ていることを知る。その美しさが抜きん出ていた事で有名だった王妃様は、確かに格別な美しさだ。
モリーは両陛下の前に居るという緊張も忘れて、すっかり見惚れてしまった。
「…モリーだなぁ」
隣でヨシュア様が呟く。
陛下も王妃も、モリーを暖かく迎えてくれた。実は同じ部屋の隅の方に立っていた宰相である父が、安心したように息をついた。
ヨシュア様の隣に立ち、王宮の使用人たちの代表としてお辞儀をした侍従長の挨拶を受ける。
「私どもは使用人ではありますが、これから王子妃となる貴女様を見守る立場ともなります。婚姻までの間に、時に不適切と思われる立ち振る舞いについては助言させていただく事もございます。不躾と感じられることもあるかもしれませんが、どうぞご容赦くださいませ」
侍従長は父と同じくらいの年齢の紳士であった。
ノーマンと名乗った彼は伯爵位を叙爵されており、よく聞くとレダ侯爵の次男だと言う。妃候補にレダ侯爵令嬢がいた事に思い至る。
ノーマンは人の心の内を読み取る能力があるのだろうか。
「モリー様が王宮にいらっしゃる度、ヨシュア様がお庭に出られるので、我々の中では随分前から王子妃はモリー様だと思っておりました」
その言葉に少し驚いてヨシュア様を見ると、にっこりと笑って頷いている。
「生涯を共にする人だもの。自然に一緒にいられるほうがよいでしょう?僕といて、モリーは緊張しないよね」
学校で、キャアキャア騒いでいた自分を思い起こすが、確かに今、ヨシュア様の横にいてモリーに緊張はない。寧ろそばにいてくれると安心するくらいだ。
作法の授業は王妃さまと、モード公爵夫人が行う。そこには、王太子セヴァリウス様の婚約者リーフェリア様と、魔法学校に通うヨシュア様の妹王女エスティア様が参加される。
ディバレイド王国の貴族の歴史についてや、制度の成り立ち、その立ち振舞いや作法の意味をひとつづつ丁寧に教わり、王家だからこその話し方や所作、社交のルールに至るまで、事細やかに説明してもらえる。
それと同時に、各領地の特徴や特産、周辺諸国との関係や妖魔の動向、表には知らされていない歴史についてなどの座学に関しては、宰相が自ら時間を割いて王子達に説明をしていて、そこに王子妃候補が参加したりもする。
なるほどとモリーは納得する。
王宮に通い学ぶと言う事は公爵の屋敷に家庭教師を呼ぶこととは全く別の話だ。
婚約者として指名された時点から、王族と同じ扱いとなった、と自覚させられる。
ヨシュア様はモリーが魔法学校を辞めた後も通い続け、飛び級して16歳で卒業する。その後は宰相や王太子と共に各地に視察に行ったり、王国将軍の庇護下で訓練に参加したりしていたが、成人を目の前にした頃から、将軍に付いて隣国フェンスベリアとの戦いの場へ従軍するようになった。
大公将軍が元王族である事もあり、いずれは自分も公爵位を受けて将軍という立場に立つ可能性を、ヨシュア様は見据えているようだった。
ヨシュア様が王族としてしっかりと未来を見据えている事は理解していたが、戦場へ送り出すモリーは不安で堪らなかった。
ヨシュア様は素晴らしい魔法騎士だというのは分かっていても、そして王子としての自覚があって、将軍の庇護下にあるということも分かっていても、モリーは心配で仕方がなかった。
それは、王妃プリシア様も同じだったようで、モリーは何度となく、王妃様に抱きしめてもらい、王妃様を抱きしめた。
モリーはヨシュア様が戦場から戻るたびに、その無事を確認せずにはいられなかった。
「大丈夫だよ、必ず戻るから」
戻ってきたヨシュア様は、モリーを抱きしめてくれた。そしてモリーの頭に口付けて少しだけ魔力をくれる。
ああ、ヨシュアさまだ。
モリーは少し震えながら、ヨシュア様の頬に口付けて魔力を返した。




