譲位
王太子夫妻に第2子の王女が誕生した。
祝いに湧く国民に向けて、ドリオレント陛下は譲位を宣言された。
それと同時に、ヨシュア様は公爵に叙爵されることが決定した。
正式な叙爵は、ドリオレント陛下ではなく、新王からなされるだろう。
昨年夫となったヨシュア様は、旧フェンスベリア国を走り回り、なかなか夫婦の時間を取ることは難しかった。
「モリー、こちらにいらっしゃい」
昨年、モリーとヨシュア様の結婚を見届けるようにして他界されたモード公爵夫人に代わり、モリーはプリシア様の側に呼ばれることが多くなった。
プリシア様は王妃の勤めを休まれて久しい。病を得たドリオレント陛下の元を訪ねることもしていないようだ。
譲位を宣言されたのは今であったが、この頃にはすでに、実際の王政を担っていたのはセヴァリウス殿下とリーフェリア妃殿下だったと言って良い。
ヨシュア様はセヴァリウス殿下をお助けするために、旧フェンスベリア国を整えるために、奔走されていた。
「ヨシュアはまた新地に行っているの?」
50歳になられたプリシア様は急に年齢を重ねなれたように見えた。
「はい、昨日立たれました」
「では、明日の書換えには、あの子は立ち会わないのね」
魔法陣の書換え。
王国の宝と言える、3つの魔法陣は、王が変わるたびに主人の書き換えを行う。それは筆頭魔術師が新王の魔力を持って行うものであるが、現在筆頭魔術師を担っているバーバーリイ伯爵は魔法石に強い魔術師である一方で魔法陣には詳しくない。このため、書き換えは、魔法爵グレイシア様に依頼されたという。
「はい、書き換えの瞬間を見てみたかったとはおっしゃっていましたが、旧フェンスベリアの王族に連なる一族との交渉がおありとのことです」
「良かったわ。近づかないで済んだもの。貴女も、心配でしょう?」
プリシア様の心遣いに、モリーは曖昧に微笑んだ。
ヨシュア様とは、婚姻の魔法陣を交換した。ヨシュア様の魔力は、今はもう当たり前のようにモリーの中に在る。婚姻の魔法陣の交換をすると、より相手が近く感じられるのは、この魔法陣に相手の魔力を保つ力があるからだろう。
ヨシュア様は夫として当たり前のようにモリーを抱く。
魔力の交換は夫婦の日常であり、都度魔法陣に魔力が補填されてゆく。
ヨシュア様の魔力はモリーを守り、安心を与えてくれる。
それはとても幸せなことである。
しかし、プリシア様の目には、モリーが気の毒な妻として映っていて、プリシア様はそれに救われている気配があった。
だから、幸せです、と言うことができない。
その言葉は、プリシア様を苦しめるだろう。




