翳り
王妃様の記憶に空白が生まれた。
あの日の記憶が抜け落ちてしまったと言うが、それは王妃様の心を守る上で必要な事だったのだろう。
けれど、その責任を取って、グレイシア様は王宮筆頭魔術師の職を辞退される。
そうして今まで以上に表に出ない存在となられた。
ヨシュア様は何度となくグレイシア様にお会いしようとなさった。
褒賞は済んだとばかりに陛下がとりつぐことはなかったが、グレイシア様のご実家のパリス伯爵家を巻き込んだようだ。
夫人から知らされたその事実に、王妃様が半狂乱になって現場に踏み込まれたそうで、またしても王妃様は空白を得た。
モリーはその場に居合わせることはなかったが、記憶を奪われた王妃様が少しづつ壊れていく。激しい感情の起伏による心臓への負担は軽減されても、確実に精神を病んでいる。
ヨシュア様は魔法陣について語ることを名目に、何度もグレイシアの研究室に足を運んだ。都度、パリス伯爵夫人が王妃様へ報告に来る。そうして王妃様のお心に寄り添おうとされているのだろうが、王妃様の心労は増してゆき、狂ったようにヨシュア様を糾弾される。そうして、何度か心臓を抑えて倒れられた。
モリーはグレイシア様の弟子をされているレオンハルト様に私信を送り、例えヨシュア様が現れてもパリス伯爵夫人には知らせぬようにとお願いをした。また、父である宰相の方からも、グレイシアの兄であるパリス伯爵へさりげなく夫人がグレイシアを探るのを止めるように促してもらう。
ヨシュア様がその衝動を抑えることができない、確かめないといけないというならば、モリーにはそうするしか術がないと思っていた。
陛下はあの日以来、王妃様と距離を置かれるようになったようだ。モリーには、それが1番悲しかった。
王妃様を救うのは、陛下であるべきなのに、陛下は王妃様から目を逸らされた。
美しい王妃様を望んだ陛下は、王妃様を美しいままにしておきたかったのかもしれない。
筆頭魔術師ではなくなったグレイシア様には、王兄ヴィンセント様の爵位、つまりはベント魔法爵を叙爵された。
元より王家はこの爵位をグレイシアに与える予定でいたようだが、祝勝会に参加しなかったグレイシアに、遅れて褒賞を与えた形になる。
これにより、グレイシア様は実質的に王家に準じる立場となり、他家に嫁ぐことはなくなった。
そして、グレイシア様への執着が消えないヨシュア様に陛下は引導を渡される。
モリーとの婚姻日が決定した。
ヨシュア様は素直に従われる。
ヨシュア様と並んで謁見した陛下の姿は、病を得て小さくなられたように見えた。




