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第19話

 宰相様はとても怖かった。

 にこやかに笑っているのに、ちっとも安心できない。

 でもヴァルナード様も行きたくないとわかって嬉しかった。

「用は終わった。街へ行くぞ」

「はい!」


 馬車を降りると、賑やかな音と匂いが一気に押し寄せてきた。

 人の声、馬の蹄の音、どこかから漂ってくる焼き菓子の甘い匂い。

 すべてに圧倒されてしまい、わたしは思わず足を止めた。

「どうした」

「……にぎやか、で……」

「そうだな」

 ヴァルナード様が歩き出した。わたしは慌ててついていった。


 石畳の通りに、色とりどりの店が並んでいた。布屋、薬屋、陶器屋、花屋。どこを見ても知らないものばかりだった。

 男爵家にいた頃、街に出たのは使い走りのときだけだった。きょろきょろすると怒られたから、いつも下を向いて歩いていた。


 でも今日は、ヴァルナード様がいる。

 ハンスさんもリナさんもいる。

 きょろきょろしてもいい気がした。

 そして少し、わくわくしていた。


 ヴァルナード様がとてもゆっくり歩いていたので、わたしはそんなに急がずに歩けた。

 花屋の前で少し立ち止まった。

「どうした」

「あのお花はなんですか」

「なんだろうな」

 ヴァルナード様が花屋の店主に何か話しかけて、小さな花束を受け取った。

 わたしは両手で受け取った。濃い青の花びらの多い花で、甘くてやわらかい匂いがした。

「ブラーエという花だそうだ」

「ありがとうございます」

 ヴァルナ―ド様はまた、ゆっくりと歩き出した。


 宝石屋に入ると、店主やお店の人たちが目を丸くした。

「ライゼン公爵様!」

 お店の中があわただしくなった。

「まさか騎士団長様がこんなところに…」とか、「あの小さい子は誰……」とか言っているのが聞こえた。

「ネックレスのチェーンを見せてくれ。細くて軽くて丈夫なもの」

「は、はい!」

 店主が丁寧にガラスケースから取り出してくれた。

 わたしはカウンターに並んだチェーンをじっと見た。金色、銀色、白金色。どれもきれいだった。

「どれがいい」

「……えっと」

 迷った。ペンダントトップを出して、並べて見比べた。

「これ、かな」

 白金のシンプルなチェーンを指差した。

「ではこれを」

 店主がチェーンをつけてくれた。エリアの首にペンダントがかかった。

 鏡を見せてもらうと、白金のチェーンに青白い石が光っていた。

 ヴァルナード様から預かっている、革紐に下げた図書室の鍵と並んでいる。

 二つのお守りを持ってるようで誇らしくなった。

「お似合いですよ、お嬢さん」

 店主が笑った。

「……ありがとうございます」

 ペンダントを手をあてると、胸がじんわりした。


 書店に着くと、天井までの本棚にびっしりと本が並んでいた。

 好きなものを選べと言われたので、絵本を見に行った。

 そして、もう少し長い物語も読んでみたくなった。

 色々見比べて、絵本と物語で最終的に悩んだ。

 眉間にしわを寄せて悩んでいると、両方買ってもいいと言われ、さらに「もっと選べ」と言われて驚いてしまった。

 まだ、こういうことに慣れない。

 でも絵本より長い物語なら、ヴァルナ―ド様が長く読んでくれると思ったので、ヴァルナ―ド様が読むところを想像して、一生懸命選んだ。


 わたしは本を決めると、ヴァルナ―ド様のところへ行った。

 ヴァルナード様は真剣な顔で本棚を眺めていた。

「これと、これと……」

 次々と本を抜き出していた。

「ヴァルナード様、これは何ですか」

「植物図鑑の新版だ。セバスチャンへの土産にするといい」

「これは?」

「ライゼリア王国の歴史書だ。読んでおいて損はない」

 気づいたら、本が5冊積まれていた。

「教養、ですか」

「そうだ。励めよ」

「こんなにたくさん……」

「勉強の教師もつけなくてはな」

「……やることがたくさんありますね」

「貴族の令嬢っぽくなってきたな」

 ヴァルナード様は、にやりとした。

 わたしは本をなでた。


 帰り道、屋台の前でエリアが立ち止まった。

「どうした」

「……いい匂いがします」

 屋台では、こんがりと焼けたパイが並んでいた。

「食べるか」

「いいんですか」

「ああ」

「……食べたいです」

 リンゴのパイを買ってもらった。温かくて、甘くて、さくさくしていた。

「おいしい……」

 思わず声が出た。

 ハンスさんとリナさんが嬉しそうに笑った。

 ヴァルナード様は何も言わなかったが、口元がわずかに動いた気がした。

 そしてわたしの頭をぽんぽんとした。


 帰り道の路地に差し掛かったとき、声がして、手を引かれた。

「エリア様」

 女性の声だった。

 全員が足を止めた。

 フードを深くかぶった人物が現れた。


 ハンスさんが、わたしの手首を握った女性の手を素早く払い、わたしの前に立った。

「我々はあなたの敵ではございません」

 フードを被った女性が両手を上げた。

「アルディアの末裔よ、我々はずっとあなたを探しておりました。

 あなたを守りたいのです」

 わたしは、言葉の意味がわからなかった。


「何者だ」

 ヴァルナード様が冷たく言った。


「我々はアルディア王国の復興を願う者。エリア様こそが、我々の希望――」

「人違いだろう、それ以上この子に近づくと容赦はしない」

 ヴァルナード様の声が、一段低くなり、剣を抜いた。

 フードの女性が一瞬ひるんだ。それから深々と頭を下げて、路地の奥へ消えていった。


 しばらく、誰も動かなかった。

「ヴァルナード様」

「なんだ」

「アルディアって、何ですか」

 ヴァルナードは少し間を置いた。

「……屋敷に戻ってから話す」

「はい」


 帰りの馬車の中は静かだった。

 わたしは、ペンダントをそっと握りしめていた。

 青白い石が、かすかに光った気がした。

 せっかくの楽しい気持ちが、ざわざわとした不安へと変わっていった。


 お屋敷に帰り、アルディア王国と王家について教えてもらった。

 100年前に滅んだ国だということ、王家が処刑されてしまったこと。

 王家の人々はわたしのような銀髪で、強力な魔法を使えたということ。

 わたしがその子孫なのではないかということ。

 この間の誘拐はそのせいだった可能性があること。

 わたしを引き取ったアルベルトさんも、アルディア王国について調べていて命を狙われてしまったかもしれないということ。

 わたしの強力な魔法は「アルカナ」ということ。


 あまりにもたくさんのことを聞いたので、頭がついていかなかった。

 しばらく、黙っていた。

 頭の中でいろんな言葉がぐるぐるしていた。

 アルディア王国。処刑された王家。銀髪。アルカナ。誘拐。アルベルト様。

 ひとつひとつは理解できた。でも全部をつなげると、よくわからなくなった。


「……質問してもいいですか」

「ああ」

「わたしは、王族ということですか」

「血筋としてはそうなる」

「でも王国はもうない」

「そうだ」


「アルベルトさんは、そのことを調べていたから……」

 わたしは膝の上で手を握りしめた。

 アルベルト様が死んだのは、わたしのせいかもしれない。

 そう思ったら、胸が痛くなった。

「わたしのせいで、アルベルトさんは……」

「違う」

 ヴァルナード様が、きっぱりと言った。

「お前のせいじゃない。悪いのは手を下した者だ」

「でも」

「違うと言った」

 わたしは顔を上げた。ヴァルナード様が、真剣な目でこちらを見ていた。

 いつもの無愛想な顔だった。でも目が、違った。

「……はい」


 しばらくまた、黙っていた。

 暖炉の火がぱちぱちと鳴っていた。


「ヴァルナード様」

「なんだ」

「わたしは、危険ですか」

 ヴァルナード様が少し間を置いた。

「お前が危険なんじゃない。お前の力を狙う者が危険なんだ」

「……わたしがいなければ、ヴァルナード様も危ない目に遭わないですか」


「エリア」

 低い声だった。

「お前がいなければという話をするな」

「でも――」

「するなと言った」

 わたしは黙った。


 ヴァルナード様が立ち上がった。エリアの頭に、大きな手が乗った。

「お前は家族だ。ここにいていい」

 今まで聞いた言葉の中で、一番重かった。

 わたしは、うつむいた。

 涙が、ひとつ落ちた。

「……ありがとうございます」

 ヴァルナード様は何も言わなかった。

 ただ、頭の上の手が、もう少しだけ温かくなった気がした。


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