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第20話

 アルディア王国の末裔だと聞いてから、エリアは時折沈んだ表情を見せていた。

 それはそうだろう、やっかいものと呼ばれて蔑まれて生きてきたのに、急に王族などと言われれば、頭がついていかないのも無理はない。

 ヴァルナードが引き取った時の暗い目を思えば随分明るくなったというのに、せっかくのよい流れを一刀両断するような衝撃を与えてしまった。

 もちろんヴァルナードは、いつかは伝えるつもりだった。

 だが、もう少し情報が集まってから知らせたかった。

 それだというのに、『アルディア王国の復興を願う者』と名乗ったフードの人物、ドゥンケル宰相、アルカナの魔力、エリアを取り巻く状況は、少しも待ってはくれなかった。

 8歳が背負うにはあまりにも重すぎる真実。

 だが、ヴァルナードはどんな時でもエリアを守っていこうと思った。

 少しずつでもいい、明るさを取り戻して欲しいと願った。


 そんな時、アルベルトの実家、クルーゲ子爵家から連絡が来た。

 アルベルトの両親がエリアに会いたいのでぜひ訪ねて欲しいというのだ。

 遺品を預けてもらった手前、無下にはできない。

 エリアの気分転換になることも期待して、一緒に訪問することにした。


 クルーゲ子爵家は、王都の外れにある落ち着いた屋敷だ。

 馬車を降りると、アルベルトの兄と白髪の夫人が玄関まで出迎えてくれた。

 アルベルトの兄は、急に呼び立ててすまないと詫びてくれた。

「両親がエリアちゃんのことを聞いてから、どうしてもって会いたがって……」

 ということだった。

 白髪の婦人は、早く話したくてたまらないといった様子だった。

「よくいらしてくださいました。ヴァルナード様」

「ご無沙汰しております」

「こちらがエリアちゃんね」

 夫人がエリアを見て、目を細めた。

「まあ……アルベルトに似ている気がするわ。目元が」

 エリアは少し驚いた顔をした。

「アルベルトさんに、似ていますか」

「ええ。同じ優しい目をしているわ」


 屋敷の中は温かかった。本棚や石が壁一面にあって、魔法使いの一族という雰囲気をよく醸し出していた。アルベルトの研究室もこんな感じだったな、と懐かしい気持ちに、ヴァルナ―ドはなった。

 アルベルトの父親であるクルーゲ侯爵は穏やかな老紳士で、エリアに会うなり「よく来てくれた」と言った。

 お茶を飲みながら、アルベルトの話をした。

 子供の頃の話、寄宿学校での話、魔法院に入ってからの話。エリアが引き取られたことも、旅に出たことも、両親は何も知らなかった。

「アルベルトはいつも手紙が少なくて……」

 夫人が苦笑した。

「でも、エリアちゃんのことを伝えてくれていたら、もっと早く……」

 夫人が言葉を止めた。


 少し間があって、侯爵が口を開いた。

「ヴァルナード様」

「はい」

「厚かましいお願いとは存じますが……エリアちゃんを、私どもが引き取るわけにはいきませんでしょうか」

 予想外の申し出にヴァルナードは口を引き結んだ。

「アルベルトの形見のような子です。娘がほしかったこともあって……もちろん、エリアちゃんが嫌ならば無理にとは申しませんが……」

 夫人が優しく言った。

 騎士としてお忙しいヴァルナード様おひとりでは大変なのではないかと……。と。

 確かに、侍従達がいるとはいえ、結婚もせずいきなり子供を引き取ったことで、大変でなくはなかった。と、ヴァルナ―ドは思った。

 しかも、それまで悲惨な環境にいたために、心をなかなか開くこともなく、最初はどう接していいかわからなかった。

 だが――。

 ヴァルナードはエリアを見た。

 エリアもヴァルナードを見た。


 ヴァルナードは少し間を置いた。


「ありがたいお申し出ですが」

 静かな声だった。

「エリアの居場所は、すでに決まっております」

 クルーゲ侯爵が目を丸くした。

「ライゼン公爵家が、この子の家です」

 夫人が、ほっとしたような、少し寂しいような顔をした。

「……そうですか。それならば、よかった」


「ただ」

 ヴァルナードが続けた。

「エリアにとって、クルーゲ家はアルベルトの家族です。よければ、これからも交流をさせていただけますか」

 クルーゲ侯爵が笑った。

「もちろんです。ぜひ、また来てください」

 エリアは、侯爵と夫人を交互に見た。

「……また、来てもいいですか」

「いつでもどうぞ」

 夫人が、エリアの手をそっと握った。

「アルベルトの大切な子だもの」

 エリアは、夫人の瞳を見つめて

「ありがとうございます」

 と、伝えた。


 帰りの馬車の中で、エリアはずっと窓の外を見ていた。

「ヴァルナード様」

「なんだ」

「断ってくれて、ありがとうございます」

 ヴァルナードは何も言わなかった。

「わたし、ライゼン公爵家にいたいです」

「そうしろ」

 エリアが小さく笑った。

 窓の外に、雪解けの景色が広がっていた。


 ◆


 わたしとヴァルナ―ド様がお屋敷に着くと、セバスチャンさんが待っていて、早く花壇へ行きなされ、と言った。

 ヴァルナード様と走って花壇へ向かった。

 白くて小さな花が、月明かりの中でひっそりと輝いていた。

 植えたとき「咲いたとき、まだここにいるだろうか」と思っていた。

 でも、咲いた。わたしがいる間に、咲いた。

「咲いたな」

 隣にヴァルナード様が立っていた。

「はい」

「春になったな」

「はい」

 ふたりで、しばらく花を見ていた。

 風が吹いた。白い花びらが、揺れた。

 ここが、わたしの家だ。

 初めて、そう思えた。


 ◆


 同じ夜、王宮の一角にある執務室に灯りがともっていた。

 グリムハルト・フォン・ドゥンケルが、書類を眺めながら口元を歪めた。

「ライゼン公爵とあの子を引き離す計画は失敗か」

 部下が頭を下げた。

「アルディア復興派はどうしますか」

「放っておけ、焦ることはない。

 それに役にたつこともある。

 先日の誘拐の件とかな」

 グリムハルトが立ち上がった。窓の外を見た。

「時間はある。あのお方の邪魔にさえならなければよい」

 低く笑った。

「あの子はまだ子供だ。

 魔法が制御できる程度でも、暴走して亡くなってもよい。

 こちらから動く必要もなくなる」


 ◆


 王都から離れた場所に、古い屋敷があった。

 ローブを着た人物たちが、円卓を囲んでいた。

「街での接触はご苦労であった」

「ライゼン公爵が邪魔をした」

「だが、エリア様のお姿は確認できた」

「アルカナの力も、目覚め始めているという」

 沈黙があった。

「時が来た」

 誰かが言った。

「アルディアは、必ず復興する」


 ◆


 夜の王都の外れ。

 ひとりの青年が、丘の上に立っていた。

 遠くに、ライゼン公爵家の屋敷が見えた。

 明かりがともっている。

 青年は手の中の古い紋章を握りしめた。エリアのペンダントと同じ紋章だった。

「……会いたかったよ、エリア」

 風が吹いた。

 銀髪の青年のマントが、夜の中で揺れた。

 瞳はエリアと同じ灰色。

 顔立ちはよく似ていた。


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