第17話
舞踏会の翌日、ヴァルナードは王立図書院へ向かった。
騎士団の執務は、午前中で切り上げた。
王立図書院は王宮の北棟にある、石造りの重厚な建物だ。蔦が壁を覆い、古い紙と埃の匂いがした。普段は学者や文官が出入りするだけで、騎士が訪れることはほとんどない。
先日は詳しい文書を探せなかったので、今日は図書院の文献官に聞いてみることにした。
おそらく担当が色々あるはずだが、普段出入りしてないので、誰に聞けばいいかわからない。
とりあえず、受付の老人に話した。
アルノーを連れてくればよかったと思った。
「ライゼン騎士団長、本日はどのようなご用件で」
にこやかに対応してくれた。
「アルディア王家に関する資料を探したい」
老人の表情が一変した。
「ア…アルディア王家でございますか」
「そうだ」
「そ、それはどのような理由で……」
「ちょっと調べたいことがあってな」
老人は少し間をおいてから、深く頭を下げた。
「申し訳ございません。アルディア王家に関する資料については、閲覧制限がかかっております」
「誰の命令だ」
「それは……お答えできかねます」
答えられない、それが答えだった。
王家の命令だ、とヴァルナードは確信した。
「わかった。手間をとらせてすまなかった」
老人は申し訳なさそうにしながらも、ほっとした様子だった。
くるりと踵をかえし、図書院を出た。
そのままの足で、王宮魔法院へ向かった。
滅多に来ない場所なので、ヴァルナードの姿を見た魔法院の面々は一様に目を丸くして道をあけた。
適当な人間をつかまえて、アルノーの部屋を聞く。
「おい、アルノー・デュボワはどこだ」
「は、はいっ、3階の突き当りです!」
声をかけただけなのに、怯えさせてしまった。
アルノーの部屋の扉をノックすると、気の抜けた声がかえってきた。
「はいは~い」
「入るぞ」
「わあ、ヴァルじゃん。なにごと」
わあなどと驚いたふうに言っているが、アルノーはまったく動じていなかった。
先程の図書院のやりとりを伝えた。
「ふ~ん。あやしいねえ」
「魔法院の文献で何か調べられないか」
「探してみる。わかったら連絡するよ」
「頼む」
ヴァルナードは手短に伝えると、すぐ帰ろうとして、一瞬考え、止まった。
「……」
「まだなにか?」
「エリアはどうだ」
「うん、順調。
――ただ」
そこで言葉を飲み込んだ。
「原初の魔法は大きすぎる。あの小さいからだで支え切れるのか、成長が間に合うのかってところだね」
「どういうことだ」
「ふたをしたガラス瓶の中で水がどんどん増えていったら、割れちゃうだろ。
魔力が多すぎるっていうのも危険なんだ」
「そうか――」
「まあ、ヴァルが保護して栄養与えてるから大丈夫でしょ!」
「そんな犬猫みたいに」
「いやでも体力は大事だよ。騎士と同じでさ」
「そんなものか」
「そうそう、だからたくさん食べて、たくさん運動するのがいいと思うね」
「ならそのうち稽古をつけてやるか」
アルノーの顔がひきつった。
「お手柔らかにね」
アルノーはふと浮かんだことを口にした。
「そういえば、アルベルトは何か調べてなかったのかな」
「今思えば、調べていてもおかしくないな。
あいつの遺品はどうなったんだ?
私のところには、遺書以外、なにも届いてはいないが……」
「事務官に聞いてみるか」
アルノーが出て行って、しばらくすると戻ってきた。
「なんと!ここにあった!」
「どういうことだ」
「後続の研究に役立ててくれってことで王立魔法院に全部寄贈されたらしい、倉庫に運ばれたってさ」
「倉庫か」
今日は埃まみれになる日らしい。
はあとため息をついていると、
「俺は文献をあたってみる。がんばってね~」
アルノーがにやにやとヴァルナードを送り出した。
魔法院の倉庫は巨大だったが、これでも魔法の力でコンパクトに収納しているのだそうだ。
荷物が右から左、上から下へとあちこち忙しそうに移動させられていた。
倉庫の管理官に話して、アルベルトの遺品の場所を教えてもらった。
木箱3箱だった。
思ったより少ないと思った。
他の研究者が持って行ったのかもしれない。
残った木箱も、開けられた形跡があった。
期待を込めて中を調べたが、古代語や古代王国の資料ばかりで、アルディア王国に関係ありそうなものは何もなかった。
ヴァルナードは、肩を落とした。
しばらく本と書類を眺めていたが、アルベルトの実家を訪ねることを思いついた。
遺品全部を寄贈したなら、何もないかもしれない。
だが何もしないよりマシだと思った。
アルベルトはクルーゲ家の次男で、城下町にアパートを借りていた。
だが、それはもうとっくに解約されているだろうから、実家であるクルーゲ子爵家に行ってみることにした。
突然の訪問だったが、アルベルトの兄は快く迎え入れてくれた。
お悔みを伝え、思い出話に花を咲かせた。
エリアのことを聞いてみたが、クルーゲ家の人間は、子供を引き取っていたことを全く知らなかった。
遺品は、やはりほとんどを寄贈し、部屋は整理してしまったということだった。
進展なしか、と帰ろうとしたところ、事故にあった時の持ち物があると言われた。
かばんと外套くらいで、血もついているから辛くてほとんど見ていないという事だった。
よければこれを持って行ってくれと申し出てくれた。
それから、そのうちエリアも連れてきてくれと。
アルベルトに似て感じのいい人だった。
ヴァルナードはそのまま家に帰った。
はやる気持ちを抑え、エリアの今日一日の報告を聞き、夕飯を食べた。
詳細は伏せてアルベルトの家に行ったことを話した。
アルベルトの家族がエリアの訪問を心待ちにしていると伝えたら、目を丸くしたあと、「行きます」と答えた。
それから部屋に戻り、ようやく荷物と外套に対峙した。
預かった荷物を眺めると、悲惨な事故の様子がうかがえた。
豪雨で崖から馬車が転落した。
泥とおそらくアルベルトの血で革のかばんがどす黒くまだらに染まっていた。
よくこのかばんと外套がここまで戻ってきたと思った。
かばんの中身を取り出してみた。
手帳、ペン、ノート、本が出てきた。
ひとつひとつ慎重に取り扱う。
ノートを開くと、アルベルトの几帳面な文字がびっしりと並んでいた。
アルディア王国と王家についての記録、アルカナについての歴史、各地の証言――。
ページをめくるたびに、アルベルトがどれだけ時間をかけてこれを調べていたかがわかった。
あるページに目が留まった。
『アルカナは攻撃の力ではない。古い文献によれば、アルディア王家はアルカナを使って何かを守っていた。その詳細はまだ不明だ。
だが、ライゼリア王国がアルディア王国を滅ぼしたのは、アルカナへの恐怖だったと思われる』
ヴァルナードは、アルノーにこれを見せなくてはと思った。
そして、手帳を開いた。
日記のようなものや、メモ書きがつづられていた。
日記を読むのは気が引けるが、心の中でアルベルトに詫びて最後のほうを読んだ。
『この旅に出てから、身の危険を感じる。
気のせいならばよいが――。
早く王都に戻り、アルカナは危険な力ではないということを伝えなければ』
衝撃が走った。
身の危険を感じていたアルベルト、そして事故にあった。
まさか、エリアを誘拐しようとした者は、先にアルベルトを手にかけたのか――。
ヴァルナードは奥歯を嚙み締めた。自然と拳を握っていた。




