第15話
朝、アルを待っているとそれより先にマリエさんが大きな荷物を持った人を従えて現れた。
「久しぶりね、エリアちゃん。
どれも素敵な服に仕上がったわよ」
ばちんとウィンクをするマリエさんは、物語に出てくる魔法使いのようだなと思った。
赤毛のくるくるの髪がとてもかわいい。
部屋で広げると、本当に色とりどりの服だった。
「すごい……本当にこれ全部わたしの服ですか?」
「もちろんそうですよ」
リナさんが嬉しそうに言った。
信じられない。
しかも服の山を、魔法のようにクローゼットやタンスにしまっていった。
すごい……リナさんてこんな能力があったんだ、と思った。
「ライゼン公爵様から、自由に作ってくれと言われたので、いくつか動きやすい服も入れてみたの。遊びたい盛りでしょ」
「いいですね!魔法の勉強も動き回りますし、バルーンパンツなら魔法使いっぽいですし」
早速、リナさんが着替えさせてくれた。
今まではワンピースや、ブラウスとスカートだったが、今日はゆったりとして裾が絞られている膝丈のパンツに、ブラウスとケープ、そしてシンプルな革のブーツという組み合わせだった。
「とってもお似合いよ!小さな魔法使いさん!」
マリエさんとリナさんが褒めてくれたので、とても嬉しくなった。
「あれ~~、すっかり魔法使いじゃ~ん」
降りてきたわたしを見るなり、アルは軽薄な発言をした。
「今日、新しい服が届いたの」
「へ~かわいい、かわいい」
アルはいつもふざけているけど、嫌な感じはしない。
えへへ、と笑った。
「じゃあ今日は魔法の座学と混ぜながら説明しようかな。
リナさん、図書室に案内してもらえる?」
「わたしが案内する。鍵は持ってるんだ」
首から下げた革紐を引っ張り出して、鍵を見せた。
アルは面白そうに笑った。
その日は図書室で、魔法の成り立ちや、精霊や属性について学んだ。
精霊や属性は色で判別するらしいが、わたしの魔法の黄色は出てこなかった。
「アル。どうして黄色が出てこないの?」
「それは珍しいからだよ」
「黄色い精霊はあんまりいないってこと?」
「ん~~。精霊とはちょっと違うってこと。
俺もここは専門外になっちゃうから、曖昧なことしか言えないけど、ドラゴン達の目や魔法は金色なんだ。原初の魔法っていうんだけど――」
「わたしはドラゴンに近いってこと?」
「あはは、まあそんな感じかな」
すごい、絵本の「竜と少年」そのものじゃないか。
わたしは自分の魔法が少し好きになれそうな気がした。
「よし、今日も光の玉を出してみよう」
アルが言った。
昨日のようにゆっくりと息を吸い、吐いた。体の中を流れるものを意識した。魔力の糸を引き出すように、手のひらにまとめていく。
ぱっと光が灯った気がした。
そっと目を開いた。
やっぱりそこに光の玉がちゃんとあった。
「お、もう出来るようになっちゃったの」
やった!と思った瞬間消えてしまった。
「しまった」
「あはは、そんなもんだよ」
そこからさらに何度か光の玉を作っていると、目を開けても10秒くらいは安定するようになった。
「どんな感じがする?」
「あたたかい……かな」
「怖かったり、体が痛かったりしない?気持ち悪さは?」
「何もないよ」
「それは上出来だ、それでいい」
アルがにっこり笑った。
暴走するときの魔力はとにかく怖かったし、やっかいなものだと思った。
でも手のひらで静かに光っているこれは――。
「アル」
「なに?」
「これはわたしの魔力だよね」
「そうだよ」
「じゃあこれはわたしの一部?」
「もちろん、エリアの一部だ。ずっと君の中に眠っていたものだよ」
ずっとやっかいだと思っていたものが、なんだか愛おしく思えた。
「わたしの中のドラゴンだね」
「うまい例えだ」
アルが笑った。
今日の授業は、午前中だけで終わった。
午後は温室に行くことにした。
セバスチャンさんに会えなかった時のために、絵本と魔法書と植物図鑑を持って行った。
わたしが絵本を持ち、リナさんとハンスさんが魔法書と植物図鑑を持ってくれた。
温室には誰もいなかった。
先代の奥様、つまりヴァルナード様のお母様がよく座っていたという椅子と机を借りて、読書をした。
前より一層好きになった絵本を読んでから、今日の魔法の復習をした。
光の玉を見せるとリナさんとハンスさんが喜んだ。
しばらくすると、セバスチャンさんが現れた。
「おや、こんにちは」
「こんにちは。本当に来てしまいました」
「もちろんもちろん。ここも人がいた方が喜びまさ」
セバスチャンさんは、すぐに苺の苗を用意してくれた。
話を聞きながら、わたしとリナさんが、作業をした。
ハンスさんは見守りだそうだ。
植木鉢に土を入れて、苗を植えて、また土を被せた。
「上手、上手」
セバスチャンさんが眩しそうに目を細めて言った。
ここの人達はなんでも褒めてくれる。
このままでは、うぬぼれ屋になってしまいそうだ。
気を付けなくては。
優しい竜になろうと思った。
帰り際、セバスチャンさんがオレンジを渡してくれた。
「温室には果物も色々ありますで、自由に召し上がってください」
「いい匂いがします。ありがとうございます」
オレンジを見ていたら、ふとお菓子を作りたくなった。
リナさんに相談するとそれは良いですねと喜んでくれた。
夕方、台所でリナさんと一緒にお菓子を作った。
「エリア様、本当にお菓子作りがお上手ですね」
「よく作っていたので…」
オレンジのシロップ煮を乗せたパウンドケーキを作った。
パウンドケーキはシャルロット様のために何度も作ったものだ。
味見のために食べたけど、それ以上は食べたことがない。
鉄板に並べて、竈に入れた。
焼き上がったケーキは、オレンジがつやつやとして、いい匂いがした。
わたしとリナさんとハンスさんで試食をした。
甘い蜜とバターの香りがふわっと口に広がって、とてもおいしかった。
今まで作ったものと同じ材料のはずなのに、なぜか違う味がした。
「うまっ」
「おいしい…!」
「ヴァルナード様にも召し上がっていただきましょう」
ヴァルナード様が帰宅したのは、夕食前だった。
「おかえりなさい」
「ああ」
ヴァルナード様が外套を脱ぎながら、ちらりとこちらを見た。
「今日はどうだった」
「魔法の練習をしました。わたしの魔法は「竜と少年」の竜だったんです。それから、苺を植えて、お菓子を作りました」
「竜…?そうか」
ヴァルナ―ド様は不思議そうな顔をしながら答えた。
食堂に移動すると、テーブルの上にパウンドケーキが置いてあった。
「エリア様が作られたんですよ」
グレアムさんが言った。
ヴァルナード様がケーキを手に取って一口かじった。
「……うまいな」
そして、パクパクとあっという間に、お皿に乗せていた1本分を全部食べてしまった。
わたしは顔が熱くなるのを感じた。
「あ、ありがとうございます。また作ります」
ヴァルナードがちらりとこちらを見た。
「……楽しみにしている」
口元が、ほんのわずかに動いた気がした。
その後の夕飯はいつもより話が弾んだ。
というより、わたしが喋り過ぎたのかもしれない。
自分がドラゴンに近いこと、光の玉が一人で出せるようになったこと、優しい竜になろうと思ったこと、セバスチャンさんにもオレンジのケーキを渡そうと思ってること。
とにかく全部を伝えたかった。
夜、部屋に戻って暖炉の前に座った。
今日は、いい一日だった。
新しい服を着た。魔力が怖くなかった。苺を植えた。お菓子を作った。ヴァルナードが「うまい」と言ってくれた。
そう思ってから、気づいた。
「どうせ追い出される」と、今日は一度も思わなかった。
ノックの音がした。
ヴァルナード様だった。
「よければまた本を読もうと思ってな」
「はい!」
もちろん『竜と少年』を読んでもらった。
「今度、新しい本を買いに行くぞ」
「えっ」
「侍女たちに、8歳に絵本はおかしいと言われてな」
「わたしは『竜と少年』が好きです」
「それはありがたいが、教養のためにも文学作品を読んでいかないとな」
「教養……」
「賢くなるということだ」
「はい」
何も知らないことが恥ずかしくなった。
「お前は賢い。焦らなくていい」
頭をぽんぽんとされて、安心した。
「ヴァルナ―ド様」
「なんだ」
「わたし、ベッドで寝ます!」
ぽかんとするヴァルナード様を横目に、わたしは立ち上がった。
そして大きなベッドへ向かった。
ふかふかのベッドに登ると、前のような落ち着かなさはなかった。
むしろここで眠ったら気持ちがいいだろう、そう思えた。
それを見たヴァルナード様が、ゆっくりと近づいてきて、布団を掛けなおしてくれた。
そしてベッドの脇に座り、もう一度『竜と少年』を読んでくれた。
私は安心して眠りに落ちていった――。




