第14話
ヴァルナードは王宮騎士団の執務室に座っていた。
最近、早く帰ってるせいでもともと多い書類仕事が山積みになってしまった。
秘書のチャールズに「今日こそここだけは片づけてください!」と泣きつかれたので久しぶりに残業をしていた。
エリアが来る前は毎日のように夜中まで王宮にいたのが信じられない。
エリアのことが頭をよぎる。
公爵家に到着した日のぼろぼろの姿に比べたら、見違えるように綺麗になった。
輝く銀の髪、透き通る灰色の瞳。
おずおずと裾を握る小さな手。
青白かった顔も、赤みが差して、年相応に見えるようになってきた。
昨日のアルとエリアのやりとりを思い出す。
アルのおかげでエリアは自身の魔法への恐怖感が和らいだようだ。
だが、アルという親しげな呼び方、タメ口、そして初めて見せた笑顔――。
心がもやっとした。
嫉妬などヴァルナードらしくなかった。
だが、ミシッという音に我に返ると、ペンが折れていた。
軽い自己嫌悪にヴァルナードがため息をついていると、ノックの音と共に誘拐事件の報告が上がってきた。
「一昨日の賊についてですが——捕らえた二名、いまだ口を割りません」
部下が言った。
「素性は」
「それが……身元を示すものを一切持っておらず、服も特徴のない平民のものでした。ただ——」
「なんだ」
「手足に、古い傷が多数ありました。相当な訓練を積んでいると思われます」
ヴァルナードは黙って聞いていた。
ただの賊ではない。訓練された人間が、素性を隠して公爵家に忍び込んだ。
しかも目的は、金品ではなくエリアだった。
「エリアの能力を知っていたとなると——」
「はい。これまで引き取ったどこかの場所か、もしくは、そこから情報を得た者。そしてその能力を利用しようと考えている者がいる、ということだと思われます」
「あの賊はおそらく、誘拐のために雇われた者だろう。
引き続き調べろ。必要なら憲兵隊とも連携しろ」
「はっ」
部下が下がっていった。
ヴァルナードは椅子の背にもたれて、目を閉じた。
あの子の魔力を、誰かが知っている。
そして、狙っている。
実際、あの能力はすさまじい。
武器として使えば国ひとつを滅ぼしかねない。
国家転覆を狙うものか、いや逆に成り上がりたい没落騎士の家かもしれない。
ドラゴンを飼い馴らすことは無理だと言われているが、あの怯えた少女なら意のままに操ることも可能だ。
しっかり守らねばならない、と気を引き締めた。
夜、アルノーが執務室を訪ねてきた。
昼間の飄々とした雰囲気とは少し違った。珍しく、真剣な顔をしていた。
「エリアの魔力のことで話がある」
「聞こう」
アルノーが椅子に座って、声を潜めた。
「あの子の魔力の色、見ただろう」
「淡い黄色だったな」
「正確には、金色だ。暴走したときはたぶんもっと鮮明だったと思う」
先日の暴走している時のエリアを思い出した。
瞳が金色に光、彼女の周りも輝いていた。
「それが?」
「王宮魔法院の文献を全部調べたが、同じ色の魔力を持つ記録が一件だけあった」
ヴァルナードは目を細めた。
「どの文献だ」
「百年前の古い記録だ。ライゼリア王国がアルディア王家を滅ぼしたときの——」
「アルディア」
その名前を、ヴァルナードは静かに繰り返した。
「そうだ。アルディア王家の血筋だけが持つ魔力だという記述がある。アルカナ、と呼ばれていた――。星砕きの力とも原初の力とも呼ばれるとか――」
「アルカナ……。
あの銀髪もアルディア王家の証か」
「おそらく。
お前が王家筋の人間だから、こんな話はちょっと言いにくいが、アルディア王家は全員処刑されたと記されている」
「構わない、事実だ」
「だけど生き残りがいた。
もしかしたら遠い血筋で両親は銀髪じゃなかったのかもしれない。
それで見逃されたって可能性はある」
部屋が静まり返った。
暖炉の火だけが、ぱちぱちと鳴っていた。
「アルノー」
「なんだ」
「この話は、他言するな」
アルノーは少し間を置いてから、うなずいた。
「わかってる。だから夜中にこっそり来たんだろ」
それだけ言って、立ち上がった。
「ヴァル」
「なんだ」
「あの子、絶対に守れよ」
アルノーが出ていった。
ひとりになって、ヴァルナードはアルベルトの遺言を思い出した。
「この子を頼む。この子は、過酷な運命を背負う子だ」
たったそれだけだった。
アルベルト。
お前はすべてを知っていたのか。
アルディア王家の末裔だと知っていて、エリアを引き取ったのか。
旅というのは、王家の秘密を調べる旅だったのか。
わからないことだらけだった。
でも、ひとつだけはっきりしていることがあった。
エリアが狙われている。
そしてその理由は、あの子の出生に関わっている可能性が高い。
窓の外に目を向けた。
夜勤の者たちが、訓練に励んでいた。
アルディア王国は、100年前にヴァルナードの高祖父達の代に攻め滅ぼされた王国だ。
古代国家から続く歴史ある場所で、カリスマ的な女王が統治していた国だと聞いている。
豊かで小さな高台の土地を守り、積極的な外交も交戦もせず、ひっそりと暮らしている辺境の小国だった。
高祖父達の代のライゼリア王国は、それをあっという間に滅ぼしたと記されている。
英雄譚として酒場の吟遊詩人たちがこぞって歌う話だ。
エリアの魔力、アルカナがその頃の王家にもあったなら、そう簡単には攻め込まれないと思うのだが、いったい何があったのか――。
アルカナについて、アルノーが言っていた言葉を思い返した。
星砕きの力。原初の力。
ただの攻撃魔法ではないと、文献には記されているという。世界の根源に触れる力——あるいは世界そのものを書き換える力とも。
それほどの力が、あの小さな体に宿っている。
制御できなければ、本人が一番苦しむ。
エリアが魔力暴走のたびに床に膝をついて、必死に押さえ込もうとしていた姿を思い出した。あれは恐怖ではなく、周りを傷つけたくない一心だったのだと、今ならわかる。
それゆえに歴代の王たちは恐れていたが、簡単には触れられなかった。
だから、辺境の小国として成り立っていた――。
ヴァルナードは立ち上がって、王立図書院へ向かった。
王立図書院は、王宮の北側にある建物で、王宮魔法院の研究者たちが日夜使うことから、いつでも開いていた。
ヴァルナードは久しぶりに訪れた。
埃をかぶった古い文献を引っ張り出した。ライゼリア王国建国の歴史書、アルディア王国についての記述、百年前の外交文書——。
今夜中に調べられることは調べておかなければならない。
チャールズには悪いが、書類仕事は明日以降に回すしかなかった。
ページをめくりながら、ヴァルナードは考え続けた。
アルベルトはどこまで知っていたのか。なぜ遺言状にそれを書かなかったのか。エリアを守るために、あえて伏せたのか。
それとも、まだ調べ途中だったのか。
答えは出なかった。
ただひとつわかったのは、アルディア王家についての記述が、どの文献でも驚くほど少ないということだった。
意図的に、消されているように感じた。
ヴァルナードは本を閉じた。
調べれば調べるほど、謎が深まった。
あの子が水をやった花壇を思い出した。
春になったら、白い花が咲く。
あの子が、咲いたところを見られるように。
必ず守る。
アルベルトに誓った言葉じゃない。
自分自身が、そう思っていた。




